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パリ訪問記 ( 2014.9.26~10.4)

 30代後半からフランスへ数度訪れた。これが最後のフランスへの訪問となるのかもしれないと、なにやら妙な予感がする。
 今回はフランスへ移り住み、フランス人と一緒になった次女に赤ちゃんが生まれ、そのテオ(「テオドール」の愛称)という男の赤ん坊に家人と会いに行った。住居はパリの10区、歩いてサン・マルタン運河へ散歩もでき、共和国記念館のそばのレヴィブリック広場に近い。「北ホテル」というマルセル・カルネ監督の往年の映画を見た人なら懐かしいところだろう。この辺りはサン・マルタンの運河もあり、物価もそう高くはなくパリの中心部より暮らしやすいらしいため近年人気があるらしい。パリの地図では、バスチューユ広場と東駅の真ん中に位置している。
 娘夫婦の住むアパルトマンは広い中庭のある静かな場所にあった。暗証番号で鉄の門扉が開けると、二棟の4階建ての住居が平行して建っている敷地に、緑の中庭が広がり花の植え込みがみえ、秋の日が明るく差し込んでいる。建物の玄関口でフォーンを押すと、内から鍵が開けられる。狭いエレベーターで上がると三階にある。広い白壁のリビングルームにはソファが横たわり、日本の祖父の遺品として贈られた円空の菩薩像がなぜか富岡八幡宮のお札と共に壁に祀られている。手前の一室がキッチン、その隣にリビングルームが広がり、奥が廊下で二部屋がならんでいる。廊下の反対側にバスルームがあるようだ。奥の二部屋は窓に蔦が生い茂っている。娘はこの手前のリビングルームに、わざわざフランスで買い入れた畳をひき、その上に日本から取り寄せた一枚板の卓袱台を設えている。その脇に空気ベッドで寝起きしながら、旦那がつけたテオという名前の赤ん坊の育児にかかりつけで寝不足な様子である。お腹が大きかったときから較べるとスリムになったのは、テオが乳から栄養を吸い取っているせいだろう。父親もパリの中心街の会社の仕事。それに育児の手助けで3キロも痩せたそうだ。世界経済のグローバルゼーションでフランスも昔ほどゆるやかな働き方ができなくなっているのだろか。朝一番から海外とのテレビ会議があるらしい。テオが生まれたのが8月21日、まだ一ヶ月ほどが経ったばかりだ。きっかり3時間ごとにテオ(「帝王」と私は日本の漢字を悪戯に振ったのだがあまり人気がない)が泣き出すと、ミルクと母乳を吸わせている。顔は娘に似ているようだが、二重まぶたと瞳の色はどうやら父親に似ているようだ。まだ耳も目も利かないが、オムツが汚れると真っ赤な顔をして泣き出すのである。赤ん坊の子育てをした記憶のうすい日本から来たお爺さんは、可愛いい孫を胸に抱きしめご満悦の様子だが、またすぐに泣き出す赤ん坊に困惑してしまう。泣くのが赤ちゃんの仕事とはいえ、これはほんとに馴れないお爺さんには一苦労というものだ。両腕は痺れてくるようで、腰は疲れズボンは出っ腹の下へずり落ち、もうへとへとのご様子。これで三人の子供を母国で育てたとはとても想われない。育児の記憶がないのは、夜中には自分の部屋でグーグーと眠り、他方、細君の方はろくに寝ずに三人の子を産み育てせいである。その母親の苦労をいまさら悔やんでも詮方ないのだが、子供をあやしたことなどあったかどうか。二人の娘を公園へ連れて行ってブランコを揺らしたりしたことは幾度かあった。夏と冬には家族連れの旅行もした。しかし、一緒に遊んでやったという記憶が淡いのであった。息子のほうは一度だけこの次女に悪戯をされ、ワーワーと泣き喚いていたのを自分の部屋へ連れきて、オーディオのヘッドフォンを耳にかぶせて聞かせてやったことがあるぐらいだろうか。母の愛は山よりも高く、海より深いものではあるが、いまでは古女房の尻に敷かれているのは、これはお天道さまの道理かとしきりと頭を垂れざる得ないのであった。
 娘のアパルトマンに女房と二人で居られたのだが、娘の家から歩いて3分ほど近距離のホテルを予約してもらった。ホテルの宿泊代は先払いで、追加で朝食だけをつけてもらったのは正解だった。部屋は四階で、ちょっとしたバルコニーがついている。ダブルベッドが部屋のど真ん中を占領していて、なにやら物寂しい。シャワーで朝晩、ふんだんにでるお湯で身体を洗うことができたのはよかった。テレビはたまさかに見るだけで、時間のゆとりはないのである。このホテルに8日間滞在したが、着いてしばらくしてエレベーターが故障してしまった。私はステッキ(杖)を持って行ったが、上がり折りに難儀をしたのだ。「いつ直るのでしょうか?」という下手なフランス語に、無愛想な黒人のフロントは「今日」という返事。これには信用するわけにはいかなかったが、案の定、チェックアウトの朝までエレベーターは故障のままであった。娘の家とホテルは近距離なのだが、似たような建物が多いせいか、頻りに道に迷うのである。これには我ながら認知症かと疑る始末であった。毎日、午前中に娘の家に行き、私の希望どおりに娘がすべての手続きをして予約してくれた「ムーランルージュ」とか「オペラ座」でのバレー鑑賞、それに「フォリー・ベルジェール」を一目見たいと当方の希望を赤ん坊の世話をしながら完璧に叶えてくれていた。それに水漏れやらの修繕に疲れ切りながらも、私の夕暮れからのパリ観光の送り迎えをしてくれた旦那様には、ほんとうに感謝感激なのであった。「フォリー・ベルジェール」へ行きたかったのは、ここが画家のマネの描いた一枚の絵を私が個人的に好んでいたからであったが、残念ながらもうその時代の面影はどこにも見ることはできなかったのだ。「ムーランルージュ」は外国人客でご盛況のありさま、特に、涎をたらしそうな中国人とアメリカ人が大勢押しかけていたのである。私の隣の女性はカルフォルニアから来たと言っていた。舞台は華やかな女と男の歌と踊り、犬を連れた腹話術師、水中の大蛇と戯れる女、様々な曲芸、フレンチカンカンはなぜか控え気味で、わりとスマートな舞台なのに驚いたくらいだ。「美女の乳房や してどれが尻やら足とやら」という狂歌がうかんだぐらい。それに較べ、オペラ座の古典的なバレーは私を典雅な夢の世界へ拉致してくれた。正面の小部屋から、私は右側の二階の席に画家のドガがジッと舞台のバレリーナの姿態へ注ぐ孤独で熱い眼差しを見たのは、私の幻想にすぎない。マルロー文化相の依頼で、マルクシャガールが描いた天井画を眺めたが、写真に納めたその画想と色彩の美しさにあらためて息をのんだ。「フォリー・ベルジェール」は往年の歌と踊りを懐かしむ年配のフランス人ばかりで、全員が立ち上がり昔流行ったツイストを踊るので、仕方なくつきあった次第。なんだか高齢者の集団カラオケ大会みたいであった。しかし、ここには「ムーランルージュ」には見られない、四、五十年まえのフランス、あの「五月の春」で日本にも飛び火して学生を政治の世界へ巻き込み、当時の若きフランス人のいまは老いたる姿を、私はみたような気がしたのであった。
 ある日の夕べ、近くに会社がある娘の旦那に案内され、セーヌ川の遊覧船に家人と乗ったのは、折角パリまで来て娘の家の中でいくら可愛いとはいえ、赤ちゃんの世話ばかりでは、なんとも可愛そうに思い、家から老妻を連れ出して、黄昏に染まるセーヌを見せてあげたいとの秘かな私の願いに、娘と旦那が協力してくれたのだ。
「なんとかここまでこられたのは、ほんとうにあなたのお陰です」と私は満腔の感謝の念を老いたる妻の耳へ囁くつもりであったのだが、その機会は遂に逸してしまった。
 小春日和のサン・マルタン運河へ一人散歩にでた。青空にポッカリと雲が浮かんでいた。また、午後の一時メトロに乗りバスティーユ広場に行き、フランス革命のシンボルの「自由の天使像」が青い空に黄金色に輝いているのを私は見た。この広場の敷石が血にまみれ、フランスが正式に共和国になるにはほぼ一世紀がかかったことを思い、歴史が変わるにはそれなりの時間を必要としたことに、グラスのワインを傾けながら思い半場に過ぎるものがあった。思想が現実を変革するというよりは、多くの人民が窮乏の果てに立ち上がったとき、現実は変わらざる得なくなるのであろう。歴史が変わるには多くの民衆の血と時間が流れていかなければならないのだ。「人間になにができるのだ」というヴァレリーのつぶやきが耳に聞こえてきた。娘は赤ん坊をだっこして、運河の畔のレストランや中国人経営のレストラン、「オペラ座」近辺の中華ソバ屋「北海道」などへ、家人と食事へ連れていってくれた。リパブリック公園ちかくのレストランでのムール貝とワインのご馳走は、最後の夜の料理として印象に残った。
 パリがある限り、セーヌは流れているだろう。フランスの母であるノートルダム寺院はいつまでもセーヌの傍らに聳え立っているにちがいない。私の娘と親切で心優しい良人よ、ありがとう。生まれたばかしの孫のテオよ。いつまでも達者で平和な一日一日を大事にして暮らしていておくれ。この世紀の世界は、すでにある「限界」に来ていて、多くの国では紛争がおき、ユーロ圏にしてもどうなるかわからないのだからね。
 セーヌは流れ、流れて、日も暮れよ、鐘は鳴れ、パリへの私の恋は、もう二度と帰ってはこないだろう。
 思い出は狩りの角笛、風のなかに音(ね)は消えてゆくのがさだめだなのだから・・・・・・。



ムーランルージュ オペラ座天井

北ホテル バレー


2ヴァスティーユ天使 夜のセーヌ
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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