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 テレビで安倍総理の衆議院の解散と選挙を決めたプレゼンを聞いた。既にニュースで知っていることで、内容はともかく首相のスピーチにはその細部まで周到な整理と念慮を感じさせ政治家らしい計算を覚えさせられた。選挙で過半数を獲れなければ退陣するというに至っては、毅然とした覚悟の様子さえみえたように思われた。なかなかの役者である。今までこうした首相を見たことがない。これに対する野党の四分五裂した陣営をみるかぎり、なにを持って日本の停滞を改善するのかは見えてこないと言わざるを得ないだろう。野党である民主党の党首のスピーチなどは残念ながらまるで体を為していない。
 渡辺京二の「無名の人生」を読んだが、GDPにこだわる経済成長からの意識の変革を説いた「生きる喜び」の章が、イバン・イリイチの思想を評価・援用して一番に魅力があるところだ。「逝きし昔の面影」をもって知られた著者が、江戸時代にこそ貧乏でありながらも人生を楽しんでいた庶民の暮らしを、外国人からの目をもって実証してみせたところは、著者の売りどころだろう。「無名のままに生きたい」の章は著者の本音が語られている。ただしこの人は江戸時代を現在を相対化する鏡と見立てているのだと念押しをしていることに注意が必要だ。吉本隆明とおつきあいがあったことを初めて知り、やはりそうかと納得したところだ。 
 今日(11月18日)の朝日新聞の夕刊「文化」蘭は、それぞれみな面白く読んだことを記しておきたい。藤原帰一の「時事小言」は「安倍外交、二つの顔」というタイトルで、よく安倍政権の明暗をバランスよく説いている。また、「英ジャーナリスト『日本―喪失と再生の物語』」では、とかくに日本のジャーナリズムだけでは閉塞感だけを煽られるところに、「再生の萌芽」を紹介してくれたという感がした。さらに、「文芸賞の2作品」、「日韓の『溝』詩で埋める」では、「詩はその国の感情、思想に触れ、お互いを感じられるものだと思います」と言う韓国の文学賞を受賞した詩人を紹介した記事は、現在の日本の詩の現状から離れてしまった読者を再び詩へ呼び戻す機縁となるかも知れない。最後に、過去に「中原中也」の評伝を上梓した弁護士にして詩人の中村稔の「晩秋小景」という詩が掲載されていることに触れ、一言駄弁を弄しておきたい。
 以前のことだが、ある有力な雑誌に、これもまた有名な詩人の詩がいかにも埋め草扱いされたという体で掲載されているのを見て、驚いたことがあった。現代詩は数十年前の盛況(?)はないが、本来、詩は文芸においては一番に尊ばれるはずのものなのだが、この日本においてはなぜか昔から劣位の位置にあるようなのだ。美輪明宏ふうに言うなら、詩は文芸のなかで栄養価の特別に高いものなのだが、日本ではそうはならないのは何故なのであろうか。詩人にその責任が一番にきせられるものとも言えるが、それだけではないのだろう。たぶん日本の近代化が欧州とちがう形で為されたことと無縁ではなかろう。それはとにかく、作家のカフカは一青年との対話の中で、「詩は祈りのようなものだ」と言っている。中原中也は「詩人は魂の労働者」であると殊勝な明言をしている。このあたりの実情を友人として浅からぬ縁をもった小林秀雄が誰よりも知っていることだろう。「魂」を失った詩人がどんなに行分けの詩を書いても、それは「詩」とは言えないものであり、三島由紀夫流にいえば「魂」を顧みずに、無機質な経済国家たらんとしている日本に、「詩」などの息がつける空間はなくなっているのも知れない。ハイデッガーは「言葉は存在の家である」と言い、ヘルダーリンやリルケの詩へ思索の触手をのばしていたのが想起される。
 最後に、11月10日に亡くなった俳優の高倉健の訃報が今夕に流されたのは、まるで計算されたようであった。「任侠」の世界には少なくとも「魂」だけは流れていたからだ。高倉健という俳優は、人を思いやるこの「魂」を育むことに、寡黙に、身体を張りながら、銀幕のなかからその「逝きし面影」を演じきった骨のある役者であった。
 今後、時代は益々変わっていくだろう。日本はこの世界の荒海に帆を張ってどこへいかように進めばいいか、信を問われているのは我々の国民である。少なくとも、陋巷に生きる庶民だけは江戸の庶民のように、「生きる喜び」を味わうためにも「黄色いハンカチ」の幾枚かを手のなかに握っていなければならないだろう。


無名の人生

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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