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ふたつの「戦争論」と「経済学」(吉本隆明)

 戦後70年が経ち、第一次世界大戦から100年が閲した。世界情勢は米ソの冷戦の終了の後に、ここにきてふたたび新たな「戦争」の気配が濃厚となっている。特に中近東を中心にイスラムの過激派のアメリカ、欧州の資本主義への反感がテロ行為となって起こっている。そしてこの日本も二人の民間人が人質に取られて身代金を要求されている事態に直面した。
 あまりに複雑に入り組み錯綜した世界情勢への関心から、「新・戦争論」(対談:佐藤優と池上彰)を先日に読んだ。この本の読みどころは、第2章「まず民族と宗教を勉強しよう」、第3章「歴史で読み解く欧州の国」、第4章「『イスラム国』で中東大混乱」のあたりだが、最終章の「なぜ戦争論が必要か」で佐藤は一言反省の弁を述べている。さすが情報通の佐藤優の量が池上を凌いでいる感はあるが、佐藤はこの最終章で質的にも尤もらしい感慨を吐露している。
「『近代』というのは自由、平等、博愛でしょう。自由というのはおそらく『資本』のことです。資本の自由な働き、そうすると、それがとんでもない格差を生み出すのは、当然です。(中略)。私は、これまで『二十世紀はソ連が崩壊した1991年に終わった』という見方をしてきましたが、最近、これは間違いだったと思い始めています。二十世紀は、まだ続いているのかもしれない。戦争と極端な民族対立の時代が、当面続いていくのかもしれない、と」。
 私は以前にも書いたが、世界が「戦争」の時代へ突入したのは、1980年代からで1991年の「湾岸戦争」で日本が多額の拠出金を出したときが、日本が「戦争」へ足を踏み入れたという感覚を懐いた契機となった。1970年で昭和は実質的に終わり、80年代からあらゆる分野で、それまでにない新しい兆候が見え始めた。ME機器の開発が進み、初期のコンピューターを触ったのはこの頃で、写真家の藤原新也が「金属バット殺人事件」を写真集に載せた。1995年の一月、阪神淡路大地震が、また3月には地下鉄サリン事件が起きた。雑誌「群像」の評論部門で「文学の輪郭」で受賞した中島梓の「コミュニケーション不全症候群」が同年の一月に発行され、同年に加藤典洋の「敗戦後論」が群像に掲載されている。「湾岸戦争」で米英は「パンドラの箱」を開けてしまったと言ったのは、江藤淳であったと私は記憶している。ここでイランをはじめとした中近東のイスラム国家の胎動が揺れ出したのだ。経済関係でいえば、1985年のプラザ合意によってアメリカが、金本位制からの離脱を宣言して為替介入を先進五カ国で行い、マネーゲームの経済世界が始まる端緒をつくった。
 新世紀は15年までの歴史でその特徴が決まってくると言ったのは、スペインの哲学者のオルテガ・イ・ガゼットであるが、2001年のアメリカの同時多発テロから、イラクへの派兵、リーマンショックによる世界的な金融危機、日本の東日本大地震と原発の炉心溶解の大災害、エネルギー源の問題、気候の温暖化現象、中国の台頭、北朝鮮問題等を振り返るならば、この21世紀の性格はおおよその傾向を掴むことができるだろう。逆にみれば、こうした問題の冷静な分析と反省に立って、人間の叡智がこれらの解決に向かう努力が払われたならば、近未来の世界は人間にとり、より良い方向へ変化を遂げないとも限らないのである。
 私は後者を冀い願うところだが、歴史の進歩は遅々として、希望ある未来を展望することは容易なことではないと思われる。佐藤優の述懐するように、『二十世紀はソ連が崩壊した1991年に終わった』という見方をしてきましたが、最近、これは間違いだったと思い始めています。二十世紀は、まだ続いているのかもしれない。戦争と極端な民族対立の時代が、当面続いていくのかもしれない、と」いうのは、間違った現状把握だとは思われない。「21世紀の資本」を書いたフランスの経済学者のトマ・ピケティは世界中のビッグデータを収集・分析した結果、格差の拡大が今後ますます大きくなることを予測していることは、あの分厚い本を読むまでもなく、NHKテレビが深夜に放送する「白熱教室」から知ることができるのだ。
 いづれにしても、この「新・戦争論」の二人の対談は小耳に入れておくだけで充分だが、私はふと本棚から吉本隆明の「私の『戦争論』」を引き出して再読した。比較して言えば、吉本の「戦争論」は、自分の痛切な敗戦体験の反省から、「世界認識」を本格的に学ぼうとアダムスミスからマルクスまでの経済学等を徹底的に渉猟し吸収して、自分のことばで書き語ろうとした思想家の本であった。吉本には古代から現代そして未来にいたるビジョンがあるが、情報の収集と分析に長けた対談者二人には主に耳と若干の分析力で足りようが、思想を根源的に深め極めるには頭脳での考察が必須である。
 このふたつの本を比較するのも愚かだろうが、後者の吉本の本は絶え間なく変化し、流動的な世界の表層の情報にとらわれない、思想家の書いた本でありことから、まるで次元も格も相違するという感が拭えないものであった。前者の二人が戦後生まれであり、後者の吉本は二十代で敗戦をむかえた人間であり、ふたつの本が発刊された時期も十数年も異なることから当然の違いもあろうが、やはりアプレゲール(もう「死語」であろうか)との落差を痛感せざる得ないものであった。
 私は吉本の経済関係の講演や考察を、中沢新一が編集した「吉本隆明の経済学」(2014年発行)をかかえて箱根の温泉に行った。実は体調をくずして温泉にでも行かねばどうにもならないと思いさだめた果てであった。それには「吉田健一」(長谷川郁夫)を気軽にでも読むのが良いとおもったが、家を出る段になったら、「吉本隆明の経済学」(以下「経済学」と称する)になってしまったのは、前記の吉本の「私の『戦争論』」に感心したからである。二泊して食事もコンビニで買ったパンを囓りながらの読書であったが、帰りの新宿までにようやく読了した。この本に収録されているものは、これまでも読んでないこともなかったが、「経済学」としてこうしてまとめられてみると、また違った心構えを要求された。吉本隆明の私の若き頃の印象は「擬制の終焉」が強いものであった。特にアルチュール・ランボーなる詩人にやられていた私には、この詩人とマルクスが逆立するという小論は私の胸中を射たものである。社会へ出るときには、この本もふくめおよそ思想的な書物はすべて古本屋へ売り飛ばした。そうでもしないかぎり、私はこの社会なるものに出ていくことは不可能とおもわれたのだ。
 この「経済学」の本は、中沢新一の短い「解説」もなかなか面白いものであり、特に中沢が追記した第二部「経済の詩的構造」は、マルクスから「言語芸術論」を抽きだした吉本の思想の独自の解釈というものであろう。中沢は冒頭に詩人の三好達治が毎晩に「資本論」の一節を読んでいたエピソードを紹介している。吉本の経済思想には、自身が「私は第一義的には詩人である」と言明したことに着目して、ここからこれまでにない独自の試論を展開しようとしている。
 私事を述べることをご容赦ねがえれば、吉本の講演は3回聴いたことがあったが、日比谷の商工会議所で聞いた講演が最後であった。このとき、既に吉本は車いすの状態であった。会場が狭いせいもあり私は比較的に前の席に座っていた。私は半身となり吉本のことばに耳を傾けた。そのうち、ふと私は吉本の目とこころが私を注視している気配を感じたのである。そうした人の気配には私は敏感なほうであったが、あのときの吉本の目が忘れられない。私は半身で目は吉本を見てはいなかったが、吉本のことばからふと自分の思考を紡いでいたのかも知れない。吉本はそれに反応したのかも知れなかったが、その目にはあるやさしい共感が込められていることが、私は嬉しかったのだ。やはりこの人はこころを一瞬にして読める人なのだと、私には感じるものがあったのである。
 さて、私は吉本の「経済学」を読了したが、きっとまた一から読み返すことを強いられるだろう。詩と詩人なるものに向かい立つことをふたたび強いられるように。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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