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フランシーヌ

 すこし先輩の同僚が耳元で囁くその科白がなんだか分からず、じぶんへの軽いあてこすりとも思われましたが、「あまりにもおばかさん」であった私はそれが歌の科白であることも知らず、一年もいなかった会社を辞めてしまってからは、お金はありませんでしたが、ほんとうに毎日気楽に過ごすことができました。
 その後、ぶらぶら(当時の俗語では「チンタラ」と表現)していろいろな本をよみ、ふと入った有楽町駅前の路地裏にあった喫茶店「白鳥」で、四十代で死んでしまった友人Kが学生時代に暮らしていた下宿先で親しくなった映画監督志望のOとめぐり合った。そのOも最初に入った会社の上司とソリが合わずに、私と同様にチンタラしたようでしたが、その後、ある大手新聞社の写真記者となった、とその若死にしたKから聞いたことがありました。
 Oはその下宿で自分が創った映画をよく見せてくれたことがありました。出演者は友人のKだとか、ほんどが下宿にいた学生の男ばかりでしたが、端役で下宿の娘さんが出たことがありました。ストーリーはなくて、やたらにトイレの白い便器が映されるのには閉口してしまいました。
 それでもOは撮影技術を買われて、新聞社の写真技師になれたのですから、なにが幸いするか分かりません。その頃は大学を卒業し会社に入ってもすぐに辞め、別の会社をさがすのにはそれほど苦労することはありませんでした。景気が上向きで世の中に活気がみなぎり始めてきた時期だったのでしょう。
 その頃とは、西暦1969年(グレゴリオ暦)、1388年10月11日~1389年10月21日(イスラム暦)、昭和44年(皇紀2629年、明治102年、大正58年)のことで、団塊の世代と言われた私たちが、大挙して世の中に跳び出した「モーレツ」(流行語)な年なのでありますが、ぼんやりとした記憶の彼方の出来事を時系列で、ここに少しばかり列挙しておきましょう。
 1月にソ連の宇宙船ソユーズ4、5号の有人宇宙船同士が初のドッキングに成功、東大安田講堂事件・神田解放区闘争があり、2月に東京駅八重洲口に八重洲地下街が開場、「夕刊フジ」創刊され、3月には珍宝島事件。中国・ソ連国境の珍宝島(ダマンスキー島)の領有をめぐり中ソ両軍が衝突、航空自衛隊で半自動防空警戒管制組織(バッジ・システム)が始動、フジテレビの人気ドラマ『男はつらいよ』が終了しました。
 4月に大雪が降り、連続ピストル射殺事件の容疑者永山則夫(19歳)が逮捕、5月には東名高速道路が全面開通し、6月にはベトナム解放戦線が南ベトナム臨時革命政府を樹立、日本初の原子力船「むつ」の進水、新宿駅西口広場で7000人を集めた反戦フォーク集会が暴動化し64名逮捕され、7月にアメリカの宇宙船アポロ11 号が月面に着陸、ニクソン米大統領がアジア諸国の自主防衛努力強化方針(ニクソン・ドクトリン)が発表されました。
 8月に『週刊ポスト』創刊、映画『男はつらいよ』第一作が公開された。9月にはリビアでカダフィ大佐が国王の外遊中に無血クーデター、王制を倒し共和国を宣言。NASAが月の石を分析、生物の痕跡なしと発表した。10月にドリフターズの「8時だヨ!全員集合」の放送開始、千葉県松戸市役所が、市民の苦情にすぐ対応する「すぐやる課」を設置、日産自動車が「フェアレディZ」の発表をしました。
 11月に山梨県大菩薩峠で武闘訓練合宿中の赤軍派53名を警視庁が逮捕、12月には東京都が70歳以上の老人医療を無料に、初の日本人同士によるボクシング世界タイトル戦で、小林弘がWBA世界ジュニアライト級王者・沼田義明にKO勝ち、イギリス上院が「死刑廃止時限法」の無期限延長を決定。死刑廃止が確定。諏訪精工社が初の水晶発振クォーツ時計を発売したのも、この昭和44年でありました。

 私の耳元でへんな歌を囁いていた先輩も、そのうち会社から居なくなり、どこか大手の証券会社へ入りこんだようでした。すべてのことにおくての私は、Oのつぶやいた科白が「フランシーヌの場合」という歌であったことを知ったのは、その後、だいぶ後のことでした。フランシーヌとはフランス人の女性の名前で、彼女は1969年3月30日の日曜、パリの凱旋門で、反戦平和を訴えて、焼身自殺をしてしまったらしいのです。私はOが私に話してくれたこんなエピソードをながいあいだ、信じておりました。フランシーヌは焼身自殺をしてしまったが、彼女の魂は凱旋門に燃えている火に棲みついて、フランシーヌ・ルコント(Franceine Leconto)の魂は永遠に不滅だというのです。ここでその歌の科白の数行ほどを、つぶやいてみることにいたしましょう。

フランシーヌの場合は あまりにもおばかさん
フランシーヌの場合は あまりにも悲しい
3月30日の日曜日、パリの朝に燃えたいのちひとつ、フランシーヌ

(作詞家:いまいずみ あきら 作曲家:郷伍郎 歌手:新谷のり子)

 

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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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