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蘭の花

 むかし銀座のデパートで蘭ばかりのコーナーを見た。その艶やかな容姿に魅せられて思わず近づいた。普通の草花にくらべると、その形状には異様ともいえる魅惑があった。それ以来、毎年気になっていたのだが、後楽園のドームで開催される蘭展を冬の風にあらがって見に行った。25周年だそうである。邪念のない素朴な花の美しさを愛でる人には、この花はあまりに己を主張しているようにみえるであろう。人の手の技巧を受けすぎているきらいはなくはない。自然の花というより、どちらかというと人工の精華を誇るところがあり、洒落臭くにもみえる。ところ狭しと咲き誇る花をみているうちに、くらくらとしてきて、私は両手に持っていた写真機と杖を歩いているうちに、床に落としたらしい。誰かが見かねて杖を拾い上げてくれた。自分の身体が自分のものでなくなっていき、私はむしゃくしゃしていた。腰が容易に曲がらなくなっているのに気づいたのは最近になってのことだ。花を撮っていた写真機だけは自分で拾い上げた。ここ数ヶ月の無理が祟って、からだが疲労し固まってしまったようだ。ついでにあたまもと言っておいたほうがいいだろう。この蘭展に来たのも、招待券を一枚貰ったからであった。上野公園で陶器市があり、その端っこで偶然に目にした木製の椅子が欲しくなり現金をはたいて買った職人さんが、招待券を一枚送ってくれたのだ。毎年、誕生日が近づいくと、私の身体が調子をくずす癖がぬけない。椅子を買ったのも、物干し台に座って足早に過ぎ去る冬の太陽で日光浴をしたかったからだ。これまで座っていた椅子はもう四十年ほども経ていて、そこらじゅうにガタがきていたので、思い切って新しい椅子を買い入れたのだが、家の周囲に次々と聳え立つビルのせいで、冬の光はほんのちょっとした時間しかあたることなくなった。あまつさえ、その光を遮るように洗濯物でも干されようものなら、もう私が日光浴などする余地はほとんどないに等しいのである。静岡の小高い丘の上で生まれ育ったせいで、私は寒さが苦手なほうだ。燦々とした陽光と晴れた空、それに雲を眺めるのを好む達なのである。陰影礼賛などという美意識は理解できないわけではない。しかし、私の肉体は太陽を好み、光にあこがれている。海に潜っていた時期にも、明るい海を好んだ。夜の真っ暗な海に飛び込み、海中遊泳をしたこともあったが、はやく舟の上にあがりたかった。海の風をうけて颯爽と波をきりしぶきを浴びて進む舟ほど、私のこころとからだを爽快にしてくれたものはない。遠くまで透き通った海と無重力状態の心地よさが、私が潜水に憧させたものだ。海に沈む紅の太陽、黄金色に染まった夕暮れの海こそが、永遠の私の恋人であった。素潜りのダイバーは自分のからだと海の境を感じなくなる一瞬のために、幾度も潜水を繰り返す。イタリアの映画「グランブルー」はそうした世界を表現した最高の作品だ。海の自然と蘭の花の美しさは相拮抗するが、蘭の花は最高の時を境にやがて凋んでいくにちがいない。その絶頂に見せる蘭の花の美しさには妖艶なものがある。疲れたからだを休めようと座ったバーのカウンターでスタウトのビールを傾け、なぜだか私はあるスペイン映画の修道院で暮らす少年のことを思い浮かべていた。すると聞こえてきたのはあの映画の主題歌であった。人が思い描いていたことが、現実の世界と符合する。それが不思議なことなのであるのか、私にはもうわからない。わかりようがないが、たぶんそれが夢想の真実というものなのであろう。蘭の花からとんでもない話しとなった。


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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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