FC2ブログ

「浮草」小津安二郎

 ほんの二三日ほど前に、「浮草」という小津安二郎の映画を家の録画でみた。なんとも言えないほどに感動した。ここに日本人が戦後に得た代わりに喪ったすべてがあるとまで、大袈裟にも思ったぐらいだ。では何を得て、何を喪ったかを明言できないのが残念でもどかしい。
 誰の映画かわからずに見だして、会話とその間合い、カメラのアングル、映像の流れ方などから、小津安二郎いがいに思い浮かばなかったが、全編が終わって監督名をみてやっぱりと納得した。その一週間ほどまえ、私は渋谷で溝口監督のDVDを四本借りて、駅のエスカレーターを登っていると、上から映画評論家の佐藤忠男氏が降りくるのをみた。この人は溝口健二を論じた本を書いている。こうした偶然は、私にはめずらしくもないことなので、またかという感じがしたぐらいだが、「祇園の姉妹」もなかなかのものだった。だが一番いいのは「残菊物語」だ。ただ小津の「浮草」に比べたら、ぶばったような溝口の映画には、彼一流の美学はある。切れ味は鋭いが、ほんわかと包んでくれる暖かみに欠けるように思われる。昭和34年に作られた「浮草」は時代錯誤で絵空事にしか見えないと、佐藤忠男氏は批判したらしい。だが、この映画をよく見てもらえばわかるだろうが、既に小津監督はこの作品のなかでそれに答えているのではないか。あとで実父であることが分かるおじさんと海辺で釣りをする場面の対話にその解がさらりと示されている。おじさんの歌舞伎は古すぎて、社会性がないいう息子に対する、おじさんの返事の中にそれはあるだろう。戦前であろうが戦後であろうが、そうした時代性にリアリティーをもとめる必要はまるでないのだ。映画として良ければそれでいいのではないかと。むしろ、戦後に喪われていくものを、小津はひしひしと感じていればこそ、戦前に色濃くあったものを強調したかったのかも知れないのだ。
 しかし、世の中は広いもので、ネットにはつぎのような文章「壺齋散人の映画探検」を発見して、その壺を心得たしなやかな語り口でこの映画のストーリーが紹介されている。映画の感想には不可欠な筋の紹介には、感心してばかりではいられない。ここに長くなってしまうがこのブロガーの文章を拝借させて頂いてお茶を濁すこととしたい。どうかご無礼の段、ご海容のほどを。

「「浮草」稼業とか「大根役者」とかいう題名が暗示しているように、この映画はしがない旅芸人の物語である。老境にさしかかった一座の親方(中村鴈治郎)が、昔興行先で女(杉村春子)に産ませた息子(川口浩)に会いたくて、一座を率いてはるばるやってくる。息子はこの男が実の父親とは知らない。しかし親父の方はそれでよいと思っている。浮草稼業のヤクザ者に子を持つ資格などない、そう割り切っているのだ。そこへ、親方の愛人(京マチ子)が気配を察して嫉妬を焼き、あれこれと浅知恵を働かせる。それがもとでとんだ騒ぎが持ち上がる。その挙句に、一座はつぶれて解散してしまうが、一座の若い女役者(若尾文子)と息子とが結ばれ、中村鴈治郎と京マチ子も仲直りして、新しい天地を求めて旅立っていく。そんな物語なのである。」
「こんなストーリーから伺われるように、この映画は古い時代の日本人の義理人情をテーマにしたものだ。それは、まだまだ古い時代の面影が色濃く残っていた昭和の初め頃なら自然な話であったかもしれない。しかし、リメイク版が作られた昭和34年には、いささか時代錯誤の感を呈するのはやむを得ないところだ。佐藤忠男はそこをついて、純粋な歌舞伎を上演するドサ廻りの一座という設定も、息子が郵便局でアルバイトをしながら独学し、いずれどこかの大学に入って出世するつもりだなどという設定も、昭和9年ならリアリティを持ち得たかもしれないが、昭和34年の時点では絵空事のように見えると批判している。にもかかわらずこの映画は、21世紀の今日の目で見ても、それなりに面白い。時代劇を見るような感覚でみれば、佐藤のいうようなアナクロニズムを気にしなくてもよい。そうすれば、純粋な人情劇として、それなりに面白く感じさせるところがある。」
「映画はまず、旅芸人の一座を載せた船が港に入ってくるところを写す。前作の「浮草物語」では一座を載せた列車が駅に到着する場面から始まっていたという。小津の列車好きはそんな古い時代から画面に表れていたわけだ。一座は宿舎を兼ねた芝居小屋に落ち着くと早速チンドン屋を仕立てて町の中を練り歩く。あの昔懐かしい浮かれた歩き方だ。それと同じような浮かれた足取りで、親方の中村鴈治郎が昔の女の家を訪ねる。杉村春子演じるこの女は、男が自分たち親子を捨てたことにあまりこだわっていない。その日その日をしのいでいければそれでよいと考えている。だから男が訪ねて来るとうれしいのである。とにかくお人よしの女なのである。
 息子は実の父親をおじさんと呼んでいる。それは父親自身がそう仕向けたからだ。自分のようなヤクザ者を父親にもったらさぞ肩身が狭いだろう、そんな配慮から父親であることを遠慮しているのだ。しかし親子の情は何物にも代えがたい。父親はその情を息子と一緒にいる時間をより多く過ごすことで満足させようとするのだ。興行のほうは思わしくない。客の入りが良くないのだ。なにしろ出し物と言えば野暮ったい歌舞伎だ。京マチ子が国定忠治に扮して例の赤城山の別れの場面を演じる。当時流行っていた女剣劇を参考にしたのかもしれない。京マチ子には十分な魅力があるが、それは観客にはなかなかとどかない。いくら地方の小さな漁村とはいっても、古臭い歌舞伎劇が観客を引きつけることはできないのだ。
 興行がうまくいかないこともあって、一座の空気は重苦しくなる。そこへもって来て、親方は女の家に入りびたりだ。そんな空気に気づいた京マチ子が、親方の動向を調べ、ついに女の家に殴りこみをかける。女だてらに勇ましい限りと言った場面だ。杉村春子につっかかっていく京マチ子を中村鴈治郎が取り押さえ、したたかに打ち据える。男が女を相手に暴力を振るうというのは、あまり感心しないシーンだが、昔の男たちはこのように平気で女を殴っていたのかもしれない。鴈治郎と京マチ子の二人は、さらに土砂降りの雨の中で、通りを挟んで両側の軒先に立ちながら、互いに罵り合う。二人の罵り騒ぐ顔が、交互にアップで映し出される。クローズアップされた京マチ子の顔は、迫力が溢れていて、まるで魔性につかれたように見える。
 情人の仕打ちに憤った京マチ子は復讐を企む。妹分の若尾文子をそそのかして、息子を誘惑させようというのだ。誘惑劇はうまく進む。しかし最初はただの遊びに過ぎなかったものが、本物の恋に変っていく。息子の恋を知った鴈治郎は、若尾文子を捉えてまたもや暴力を加える。腕を後ろ手にして絞り上げるのだ。お前のようなあばずれに、俺の息子をとられるわけにはいかないというわけだ。この男には、女は暴力によって飼いならすものだという考えが沁みついているかのようだ。そこで若尾文子から、黒幕が京マチ子であることを知った鴈治郎は、京マチ子を一座から追放しようとする。しかしその一座にも終わりの時が迫っていた。結局興行の失敗でにっちもさっちもいかなくなった一座は解散を迫られる。解散式の場で親方の鴈治郎は、座員ひとりひとりの身の振り方を聞いていく。聞いたからといってどうなるものでもないのだが。いずれにせよこの場面は、かつての日本人が強い個人的な絆によって結ばれていたことを、改めて感じさせる。その絆とは、打算ではなく信頼の上に成り立っている。信頼関係は恩義の感覚によって裏打ちされている。だから恩義を忘れて個人的な利害で行動しようとする人間は犬畜生にも劣ると、映画の中で何度もメッセージが発せられるのだ。
 クライマックスは、若尾文子との結婚を求める息子に父親が暴力を振るおうとして、逆に息子から突き倒されるシーンだ。鴈治郎が叩き伏せられるのを見て、杉村春子が息子を諌める。実の父親に何ていうことをするのだと。すると息子は、そんなことを言って欲しくない、こんな男は父親ではない、だから帰ってくれと叫ぶ。その言葉を聞いた父親はすっかり意気消沈して、黙って去ろうとする。そこで息子が再び現れて自分のしたことに許しを乞う。そこで父親は初めて息子たちの恋を認める気持になり、若尾文子を預かってもらえないかと杉村春子に頼むのである。
 最後の場面はまたまた鉄道駅と動く列車だ。駅で顔を合わせた鴈治郎と京マチ子は、なんとなく会話するうちに、よりを戻す。そして二人で一緒に新天地に赴き、そこで一旗揚げようということになる。こうして二人は夜行列車に乗って、新天地たる桑名に向けて旅立っていくというわけなのだ。
 見方によれば、時代錯誤で荒唐無稽と見えるかもしれないが、それでもなんだか、見る者をして懐かしい思いを抱かしむる。そんな不思議な映画だ。筆者も、なんだかわけもわからず、懐かしい気分にさせられた一人だ。」

 最後に野暮な蛇足で失礼だが、この「懐かしい気分」というものが、この映画の筋を細部まで、すらすらと書いた壺齋散人と私に共通した感慨なのであった。そして、両人ともこれを「なんだかわからない」と言わざる得ないというところがまた興味深いところだ。日本人にすり込まれた歴史的な心性とでもいうしかないのかも知れない。だが、壺齋散人が「時代劇」と思えばいいと言っているこうした「心性」も、時が経つにつれすこしづつ薄れていくのだろうか。「時代劇」「人情劇」。言い得て妙だと思いながらも、こうした便利すぎる言葉に寄りかかってばかりにはいられない。それを明解に語り得ないのが、いまはもどかしいばかりだ。ただ、この不思議な「懐かしい気分」を感じるかどうかが、この映画の賞味期限なのだろう。
 映像で一言。赤い鶏頭の花に象徴される「赤」の色彩が、この映画のいたる場面に現れる。赤い帯、赤い襦袢、赤いキャンディ-等々である。この色彩の乱舞に小津安二郎はなにを暗示しようとしたのだろうか。ちょっと気になるところだ。

つらつら考えていたら、小津安治郎にあるのは「形式美」の尊重というものではないかと、思うに至った。この映画はどさ回りの人間たちと、田舎のかつかつの生活者しかでて来ない。にもかかわらず、風景もそうだが、すべてがこざっぱりと美しいことがある。カメラアングルも構図も、こうした観点から整頓されている。そもそも「時代劇」に見えるというのはそうした結果で、決して「現代劇」には見えないのだ。女を殴る喧嘩のシーンも、きれいである。さもしい暴力という感じがしない。三角関係での確執場面も、どしゃぶりの雨がふる路地で、男と女の二人の対峙するところも、美的に整っている。けっして厭な感じを与えない。金がなくなって、ドロンをしようとする二人の役者に対し、「おれはいやだね。おまえたちのことは親方に黙ってやるが、恩義になった親方を裏切るようなことは、おれにはできない」ともう一人の役者が言う台詞は、古いモラルに縛られているのではなく、そうした行為が美しいとは思われないからだろう。話しはとぶが、黒沢の「七人の侍」に出てくる人物の中で、誰が一番好きかと、英国人の三人に尋ねたところ、夜黙って砦を抜けだし、敵を一人、二人と斬って、また、て帰ってきて黙っている侍だという答えが返ってきたという。映画はこうした「形式美」が尊ばれるジャンルで、溝口も黒沢もそれを知り尽くしていたのだ。この「形式美」というものが、どれだけ日本人の精神に浸透しているかは驚くべきものと言わざるえないのだ。



関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード