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北海道―50回忌へ行く

 なにもない平原が、360度、広々と見わたせる。道がまっすぐにどこまでも続き、幾台かの車とすれ違うだけで、人の影はおよそ見えない。失礼な言い方だが、広い大きな過疎の国へ来たみたいなのだ。遠くに低い山脈が望め、すこしばかり高い山の峰に帽子を被ったように雪が白く光っている。
「ちょっとばかりのところだに」と言われた。
 だが空港から車に乗ってもう1時間以上も走っているのだ。その声の大きいなんのって耳元で怒鳴られたら、鼓膜はやぶけてしまうほどだ。そういえば家人も家へかかってくる電話器は耳から遠く離して聞いていた。
 家人の従兄弟が、自分の母親の50回忌をやりたいので、北海道へ来てくれと言われてから一年があっという間に過ぎて、私たちは羽田から搭乗した機内でうとうとしているうちに、早くも、小雨ふる帯広の空港に着陸した。さすがにちと寒い。
私たちが新婚旅行で北海道へ行ってからちょうど40年が経ていた。
あの時は国鉄が一週間のスト権ストライキをぶち、そのために東京での結婚式に来られない人もあったのだ。現地に着いてから動きはじめた電車に乗ることができたが、他の客は誰もいないので、私たちだけの貸し切りの車両となった。11月の下旬の寒い北海道であったが、あまり寒いという記憶がないのは、新婚旅行であったためだろうか。初夜に私は飲み過ぎて、ばったりとベッドに横になるや、大いびきをかいて寝てしまったらしい。結婚生活の最初からダメ男だったわけである。
「どこの家も老人ばかりで、若い人はどこにもいないでなー」
五六頭の牛が見えた。足の太い馬が一頭、平原に建てられた小屋のそばで、頭を上下に揺すっている。
家人の従兄弟は結婚していない。とうとう独身の生涯を張り通したわけである。むかしふさふさの髪の毛は、すっかりなくなり、みごとな禿げあたまを晒している。陽に焼けた顔は赤く、やはり家人とその父に似ている。家人と同じ年齢だが、そうとうな年輪を刻んだ顔が、空港に迎えにきて、出口のガラス越しに見えた。五年まえに新築した白い家が広い敷地に建っていた。奥の部屋に、自分の両親の写真と、92歳の天寿を全うした家人の父の、その両親の写真が並んでいる。男親は破傷風に罹り34歳で突然に亡くなり、お爺さんに引き取られて、家人の父は15歳ほどのときに、見ず知らない親戚を頼って東京へでてきたのだ。結婚するとすぐに、召集令状がきて北海道へ戻り、そこから軍隊へ入り、千島へ渡ったところで戦争は終わったはずなのに、ソ連の船に乗せられ厳寒の地へ連れて行かれた。それから数年、ロ助に尻を叩かれての強制労働での、ひどい抑留生活を余儀なくされたわけだ。
「こんなにだだっぴろいところに家を建てて住んでいると、いろんな人が訪ねてくるんだわ。ちょっとトイレを貸してくれと来る人もあるんだ。そんなんで外に掘っ立て小屋のトイレを造ってあるんだが、いちど来た中国人はトイレに置いてあった紙をみんな持っていってしまったわ。また、あるときには、あなたと結婚するとやってきた女がいたんだ。玄関に立ったまま動かんでなあ。どうして知ったものか。おれはおまえの顔なんぞ、二度とみる気がしないから、帰ってくれと言ってやったわ」
「独り者で金があるらしいと誰かに、教えられたのじゃないかしら」と家人が口を添えた。誰もやり手がいないので、従兄弟はこの地域の村長を引き受けさせられたとも、ぼやいていたがその地域というのがまたばかでかいらしいのである。この従兄弟も若い時に家人の父を頼って東京に出てきた。そして、働きながら専門の学校で国家資格を幾つも取って、一時、日航の飛行機整備士をしていたはずだが、どうしたわけか突然に北海道へ帰り、今は測量士のような仕事をして暮らしているらしい。
 その日すぐに、小雨の降るなかを、お墓参りをした。だだっ広い敷地に、大きな墓石がそこここに立っている。ほとんどが南無阿弥陀仏と刻まれていた。そこに50回忌をやる御先祖の墓石があるのだ。小雨が降っているので、お線香になかなか火がつかない。それからまた車に乗ってお寺さんへ行った。住職は留守なので、勝手に骨壺が並んだ部屋へ入り、そこでも床に座り込んでお参りをした。
「小さいときに、ここに来たことがある」と家人はうっすらとした記憶の糸を手繰っていた。
「みんなでこのまえに座りこんで分骨をしたんだわ」
「でもなんだかおかしいわね。あんな立派なお墓があるんだから骨壺を別のところに持つ必要はないじゃないかしら?」
 従兄弟は自分の兄弟の一人が近くにいると、車でその家を訪ねた。夫婦で待っていて、早速茶を出してくれた。広い部屋の壁のそこここに子供の写真やらが一面に貼られている。窓際に年を取った白い猫が一匹、背を丸めて座っていた。拾い猫だが子猫のときから触ると噛むそうである。青い透き通ったきつい目をしている。
 翌日は青い空がひろがる晴天になった。住職が従兄弟の家にやって来た。この住職も独身らしく、ふらりと従兄弟の家に寄り、喉が渇いたとビールを一本飲んで帰るらしい。みんなが座敷に寄せ集まると、住職は長い長いお経を読みだした。お経を読み終わると向き直り、なにやらきげんのいい顔つきでくだけた挨拶をした。そのあと、どこかの料亭から運ばれた高御膳の料理が、ずらりと二部屋に並べられ、それを食べながらの賑やかな法事が終わった。だがそれだけでは済まなかった。私たちが泊めてもらった温泉ホテルで、夕食会が開かれた。田舎の宴会である。60代の夫婦、妻に先立たれた80代の男やらが集まり、気の置けない者どうしの、熊が出てきた時の右往左往やら、出された料理の数品へのけちやらで笑いがはぜ、ウヰスキーの「竹鶴」をさっきどこかで見たようだが、あれはどうしただとかと憚りのない冗談やらで、そうした宴会の後、また一室へ集まっての一杯がつづいたのだ。翌朝はどっさりと土産を貰って、廊下にでてきたものから、エレベーターに消えてゆき、それが法事に呼ばれて集まった親類縁者のお別れとなった。
 家人の従兄弟はこの50回忌に、親しい者達を自分の家に集めて、なにをやりたかったのだろうか。自分の両親と家人の両親の写真を掲げた自分の家で、もしかしたら、自分の一生のけじめをつけて、それを自分だけの記念日にしたかったのかもしれない。
「お父さん、お母さん、早いもので50年が経ちました。でも、ほら、こんなにたくさんの近親者たちが、この法事のために集まってくれました・・・・・」と。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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