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森鴎外「山椒太夫」

 先夜、溝口健二の映画「山椒太夫」をテレビの録画で見た。これまでも数回は見ているが、最後のシーンに私は落涙してしまうのだ。遊女として売られ、いまは年老いて盲目となった母が唄う声に惹かれた厨子王が、母に再会するところである。早朝4時に目がさめてしまったので、改めて鴎外の原作を読んでみた。読んで初めて気がついたのだが、不覚にも味読であることを知ったのである。筋も登場人物も映画と所々が異なる。今まで読んだばかりと思い込んでいたわけであった。早起き三文の得とはよく言ったものだ。こんな鴎外の歴史小説の名文を危うく読み落とすところであった。
 解説には鴎外の自説「歴史其の儘と歴史離れ」を実践した最初の作品だそうである。鴎外は史料のなかにある「自然」を尊重して創作をすることを基本とした。この鴎外作品は「説話集」の「さんせう太夫」を種本としているらしい。そちらはまだ読んでいないので、この種本をいかに鴎外が一編の歴史小説に成したかわからない。司馬遼太郎は「歴史と文学」という書の中で、萩原延寿氏と対談をしている。萩原氏も歴史から想を得た「アーネスト・サトウー遠い崖」を新聞に連載していた人なので、この対談がなかなか面白い。先日読んだ「激闘の日本史」(井沢元彦)によると、日本の歴史学者は実証主義に多大の責務を負うらしい。歴史資料の裏づけがなければ、歴史を説くことは出来ないというのである。学者はそれでいいが、小説家はそれでは手足を縛って水の中を泳ぐようなものとなるだろう。それは兎も角として、映画は映画として良かったが、鴎外が書いた小説「山椒太夫」も一品であった。
 山椒太夫伝説は古くから安寿と厨子王の受難物語として、佐渡島の口碑にあったらしい。これを小説作品として児童文学からさらに格調あるものにしたのは、森鴎外の史料から「自然」を掬いとる秀でた技量の才にあることは、解説の文章にあるのでこれをここに引用しよう。
「『山椒太夫』が我々に与える感動は半ばはその文章の格調の高さによるものと言えようが、なほそこには現実の自分の非力にも拘わらず己を超えた何ものかを信じて生きる人間の持つ不思議な強さといったものが美しく造形されてゐた。運命への従順さがやがて強靱な生きる意思に転化してゐる、かうした逆説的な人生の帰趨を、より現実的な歴史の位相の下に置いて眺めてみた実験のごときものが『じいさんばあさん』である。」
 私が着目したのは原作にある次ぎなる一節であった。
「其年の秋の除目に正道は丹後の国守にせられた。これは遙授の官で、任国には自分で往かずに、椽を置いて治めさせるのである。併し国守は最初の政として、丹後一国で人の売買を禁じた。そこで山椒太夫も悉くの奴婢を解放して、給料を払うことにした。太夫の家では一時それを大きな損失のやうに思ったが、此時から農作も工匠の業も前にまして盛んになって、一族はいよいよ富み栄えた。」という箇所であった。
  井沢氏によれば、兵士は半農の生活者であったのを、賃金をはらって傭兵にしたのは織田信長が最初であったそうだ。これにより一年を通じて軍事に従事することが可能となった。この物語は平安時代であるにも拘わらず、遙か後の貨幣経済の伸張、織田信長によって革新された自由経済の楽市楽座の先魁が、一国守の政により成功を見ることが、簡潔にここに描出されているのだと思われた。この国守の政は、地方から政治を変えることの可能性を示している。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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