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夢の中で

 夜更けに透明な覚醒がきて、様々な考えごとに耽ることがある。あることの記憶の襞をめくり、遠いむかしの出来事の角を回る。そんなことをしていると、子供のころの遊び友達に再会した。それは小高い線路の上で、昭和30年代の町の景色が一望された。ひとしきり戯れると、そのまま、中学校の校舎が高々と聳えている風景を目にした。それは既に立派な鉄筋コンクリートの建物となって昭和の復興期が急ぎ足で来ていることを教えてくれた。その中学校を背景に、私は吉本隆明の顔に似た職人ふうの中学生の一人と一言二言の話しをかわした。そして、どうして夢の中に、吉本が中学生になって現れてきたのかと考えていた。たぶんその原因は、どうせ眠ることができないならばと、机に座り加藤典洋の「戦後入門」を読みだしたからであろう。「従軍慰安婦問題」で、加藤は吉本から次ぎのような引用をしていた。長い孫引きになるが、ここに吉本隆明の戦後における思想の立場をみることができる。

「これ(従軍慰安婦問題―加藤)は厚生大臣の権限ででもいいから、日本は永世無期限責任を持って、きちんと補償しますとはっきり言って、予算がなければ、少額ずつでも納得してもらえるまでやるべきですよ。親の内閣がつぶれても、次の内閣できちんと責任を引き継いで、何代かかっても補償しますよと約束して、実行すべきです。(中略)そうすると次は、一般の(自国のー加藤)戦争被害者はどうなるのか、うちの父は南方で戦死した、おじいさんは空襲で焼け死んだ、それも補償してくれということになったら、それもやった方がいいです。それぞれの国家が国民大衆を戦争に引き入れ死なせた責任は、それくらい重いと認識し、この補償がきちんとできるというのが革命ですよ。」

 戦前には烈しい皇国少年・青年を過ごした吉本は、日本の敗戦のショックがひどく応えたらしい。初歩から経済学を勉強し、マルクス等を読みこんで世界認識を深め、戦後に現れた進歩的文化人の惨状に「転向論」をもって批判を開始した。他方、国文学の申し子と言われた三島由紀夫は「仮面の告白」で文壇にデビューした。これは太宰治の文学の逆措定であり、継いで「金閣寺」を書いて戦後文学をアイロニーに満ちた美学で切り拓かんとしたものであろう。
 私は青年期にこの吉本と三島という左と右の時代思想の旗手をどちらという区別もなく読み耽ったことがあった。立場は真逆であったがその思想の根底には同質のものが光り、それが私の魂を魅了していた時期があったのだ。
 加藤はこの二人が戦後をいかに生きざるを得なかったか、その原点と形成とを明敏に把握している批評家の一人である。戦後に生をうけた者とし、この「戦後入門」は書かれている。私は加藤の第一作の「批評へ」の出発から、その思考の軌跡をたどってきていたが、1995年に刊行された「敗戦後論」から20年が経った現在、この受験参考書と本人が「あとがき」でいう著書が書かれたことを衷心より良としたい。この著書の第二部「世界戦争とは何か」、そして、第三部「原子爆弾と戦後の起源」には、加藤の鋭利な探求と認識が浸透し、看過できない示唆をふくんで、「敗戦後論」をさらに広闊な視座から補強していることは明らかだろう。
 この一週間にパリに起きたテロへの、主要国の対応は2015年の今日、21世紀の性格を予兆する影を見るかと思われる私の予断ここに記し、たわいもない、もしくは、悪夢にも似た惨たらしい不眠に堪え、この同じように戦後に生をうけた者として、戦争をくぐってきた多くの既に物故した文学者の声に耳を傾け、映画「野火」の敗残兵が「普通に生活している人」に遇いたいと、闇夜の戦場に「野火」のあかりを目指すように、私もとぼとぼと残された一生を歩き通すであろう・・・・。
 こんなことを、夢の中で考えていたらしいのである。

(後日記)
 加藤の提言に、果敢な論という感想と現実性に欠けるという批判の書評があった。どちらもうなずけないことはないが、両方とも一歩腰がひけているさびしい論評だろう。いまこの日本に欠けているものは、希望なのではないか。加藤の提言から私たちはしっかりとした軸足をもった矜持につながる一歩を踏み出せるか否かが、原爆の惨禍を体験した国が世界へ呼びかける未来の創造への一躍になるのだろうと私は思う。
 12月12日夜、第四部「戦後日本の構造」と第五部「ではどうしたらよいのかー私の九条強化案」を読了した。初期の「批評へー新旧論」から、加藤の思考の足跡をたどってきたものとしては、思想と文学と政治を一体として、その新しいものが旧いものとの角逐と交渉から歩き出す機微を、この批評家は仔細に観る眼と脚力を持っているものと思われた。同世代の一人として、この一書が、私の「教科書」とならんことを喜びとしたい。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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