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イヤ~ナ冬至

 上野にある朝湯で裸のからだを泳がせていたら、なにやら手榴弾のような玉が幾つか入った白い布袋がぷかりぷかりと浮かんでいた。まさか湯船に機雷かと、テロのニュースを連想して、ビックリポンをしてしまったが、湯船の中の男たちの会話がおもしろかった。
「そうか、今日は冬至だったね。さすがは女だねえ。柚を袋に入れてやんだ。昔は三助という男がやっていたから、柚の実をそのまま投げ込んで、それがばらけてさみっともなかったよ」
「ちげいねェ。女はやはり利口だね」
「この柚に似た黄色いものが浮かんでいたこともあったな」
「なんだいそれは?」
「知らねいのかい。赤ちゃんのウンチさ」
「この柚の袋をギュっともむと、いい香りがするよ。やってみなよ」
「ああ、ほんとうだなんだかいい香りがするね」
「冬至といやー、昼と夜が同じになるんだってね。時計もないのによくそんなことをむかしの人は気がついたもんだね」
「樹の陰や陽の沈みぐあいなんかできっと判断したんだろうよ」
「四つ時なんていまの何時ごろなんだろう?」
「一時間が半時で二時間がひとつ時だから、一日は12時でその四番目じゃないのかね・・・・」
「ああ、なんだか熱くなってしまったな、おれはもう出ることにしようと」
 歳の頃は七十前後のその三人が湯船から居なくなったのを幸いに、白い袋をそっと引きよせ、そいつをグッとつぶしてみた。ほんのかすかに柚らしい香りがするものの、なにさほどのことはない。もうみんな絞りだされてしまったのである。まるでここのお客は税務署関係の人が多いのか、絞ることにかけては誰にも負けないようだ。
「冬至サービスとして、ヤグルトを一個、ご自由にお持ち下さい」との貼り紙をみかけたので、一個を取り出して番台のおばさんへ「これ貰います」と言った。その番台のおばさんの顔がいやーな顔つきをしたね。後から男の声がしてそれはヤグルトじゃなくてヨーグルトだよと怒っている。やだねー。これだから下町の事情に疎いあたしは不審がられるんだろうねー。ヤグルトもヨーグルトもどっちも同じようなものじゃないかと、内心は忸怩たるものを覚えながら、風呂屋の下駄の鍵をポケットから出そうとしたところ、それがどこへ隠れてしまったのか見つからない。カルピスじゃない、そのヤグルト騒ぎであたまがカッカとしてしまったのがいけないのだ。こういうときは冷静に粛々、泰然自若としてなくちゃならないとつぶやきながら、そこらじゅうを探した果てにようやく発見した。ヤグルトの空き缶を捨てようとして、無意識にその近くに置いていたのだ。これもヤグルト一個のせいだと思うと、ヤグルトが憎くて仕方がなくなった。柚の香りはろくすっぽ嗅げずに、四つ時が何時だかもとうとうわからずじまいじゃないか。これだから庶民の生活へ溶け込もうなんてどだい無理なんだと、まるで芥川龍之介が下町から山の手の田端へ逃げ出したような心境である。風呂屋をでたところに、ヴェローチェなる洒落たふうの茶店があった。それからがまた、難儀つづきでまったく厭になったね。列に並んで一杯180円の珈琲を飲もうと、小銭の80円を出したのはいいが、こんどは内ポケットから札入れ出そうとしたがこれがない。このあいだも友達と忘年会をやろうと、渋谷まで出たのはいいが、財布を忘れて小銭しかなかったお陰で、忘年会が流れてしまった苦い思い出がよみがえった。憮然とした若い店員に平身低頭して、茶店を脱兎のごとく飛び出したまではいいが、入るとすぐにテーブルに置いたリュックを忘れる始末で、家から引き返してリュックを取り戻したという、なんともイヤーナ冬至となってしまったのである。

   気をつけて 冬至には 甘いことばと 下駄の鍵



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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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