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歌劇「フェドーラ」

 歌劇「フェドーラ」を観たのはオーストリアの首都ウィーンの国立劇場であった。結婚30周年記念での「東欧4カ国」のツアーへ参加の途次であった。まるで駆け足の旅行のゆえ、ゆっくりと歌劇の全曲を堪能する余裕はなかったのである。
 最近、眼の手術をうけ、読書もパソコンも難儀となり、ふと思い立って謡曲「熊野」をCDで視聴できる施設へ、ステッキをついて久しぶりに家を出た。謡曲の「熊野」を聞きたくなったのは、一友人からの賀状に、この謡曲のシテを日本画で描いた写真が載っていて、その日本画が印象に残っていたからだ。この日本画から、突然、私ののなかにこの謡曲の仕舞を習ったむかしがよみがえってきた。耳の奥で「熊野」の謡曲が聞こえだした。かすかなこの舞曲の記憶をたよりにして、この詞章と謡いを聞きたい思いが募ってきたのである。だがCDはあっても、それを舞った仕舞と謡いを聞くことはできなかった。折角の機会だからと、なにか他の歌劇はないかとさらにリストのカードをめくっていたところ、ぼんやりとした目に「フェドーラ」という名前が映った。まさにあの慌ただしい旅行で、ウィーンの国立劇場でみた歌劇ではないか。その劇場で私達が座らされた席は最悪で、まるで舞台が視野におさまらず、仕方なく音楽に耳を傾けテロップに流れる英語の科白を読むしかなかったのだ。そこで早速DVDで全曲を視聴することにした。
 途中から入ったウィーンで観た歌劇は、三幕の最終場面であることがわかった。これだけでも知りたいことだったのだ。ジョルダーノの歌劇「フェドーラ」はみごとなものだった。あまり知られた演目ではないが、当時の人気はたいしたもので「 “Fedora” fé d’oro(《フェドーラ》は金を産む)」という名文句があったそうだ。
 第一幕からフレー二が演ずるフェドーラの館に結婚を明日に控えた伯爵が暗殺されて運び込まれる刺激的な場面で始まり、フェドーラは復讐を誓う。第二幕はフェドーラの結婚相手を殺した男(ロリス)を演ずるドミンゴがフェドーラへ愛の告白、このドミンゴのテノールへ拍手が鳴り止まない。フェドーラとロリスの腹の探り合いが面白いところだ。第三幕はロシア皇女フェドーラが終幕に歌うソプラノ〈懺悔の祈り〉は、愛と復讐との葛藤に苦しんだフェドーラが毒を飲み、その凄絶な愛と痛苦が私の胸を打ったのである。もつれ合う人間関係、それをたった三幕に凝縮して愛を朗唱するにいたる水際立った名作を、私達はヴィーンの国立劇場で見逃してしまっていたのである。だがやはり、天は偶然にもこの空白を埋めてくれることを忘れはしなかったのだ。それにしてもあのヴィーンまで行きながら、私達はなんという無駄な時間を過ごしてしまったことだろう。一軒でもいいからウィーンのカフェへ入るべきだったのである。私は秘かに映画「第三の男」の回覧車を見たいと思っていたが、それもできなかったのだ。モーツアルトの銅像も見たかった。家人が行きの飛行機で親しくなったどこやらの奥さんの買い物につき合い、私もそれに同行せざる得なくなりウィーンまで来て、つまらぬ時間を費やしてしまったのであった。そしてつい最近のこと、映画「第三の男」をテレビの録画でみたのである。むかし、二十代でこの映画を渋谷にあった映画観で見たことがあった。第二次世界大戦の直後のウィーン。ハリー・ライムを演ずるオーソン・ウェルズのあの顔が闇から光りを浴びて浮かびあがり、あの巨大な地下水道の影の中の追撃シーン。そして、最後、墓地からの帰途、枯れ葉散る閑散とした並木道。アリダ・バリ演ずるライムの恋人とアメリカ人作家との別れ際に交わされる数語のことば。背後に鳴る切ない音楽(アントン・カラス作曲)が堪らないが、この音楽はNHKの「名曲百選」で流れていたものだ。
「いま何時だ?」 「二時半」。この科白を私は、男と女で交わされる会話とばかり思い込んでいた。だが、これは刑事と作家とのやりとりであることを知った。記憶とはなんというデタラメなものだろう。荒廃したウィーンの街を回覧車から見下ろしてのハリー・ライムの台詞「ボルジア家支配のイタリアでの30年間は戦争、テロ、殺人、流血に満ちていたが、結局はミケランジェロ、ダヴィンチ、ルネサンスを生んだ。スイスの同胞愛、そして500年の平和と民主主義はいったい何をもたらした? 鳩時計だよ」。この科白は、ライム役を演じたオーソン・ウェルズの提案によるものだそうだ。この名作映画はカンヌでグランプリを受賞した。ライムの恋人役のアミダ・バリは、忘れもしないルキノ・ヴィスコンティ監督の「夏の嵐」の悲劇の美人女優だ。
 はてさて、謡曲「熊野」の仕舞を私はいつ習っていたのだろうか。その詞章もかすかにしか覚えていない。この謡曲も「松風」同様に人気があり 「熊野松風は米の飯」といわれたらしいのは歌劇「フェドーラ」に通じる。

 ~立ち出でて峯の雲 花やあらぬ初桜の 祇園囃子下河原 南を遙かに眺むれば 遙かに大悲権現うす霞み~
 と右足を前へそろへ、左足から数歩まえへ出して扇を前にかざす所作も、いったい幾度繰り返したことだろう。ああ、すべては遠いむかしの影のようにぼんやりとしてしている。まるで心の目までがかすんだかのように。
 最後に謡曲「熊野」から 熊野の口ずさむ歌を一首

  いかにせん都の春も惜しけれど馴れし東(あずま)の花や散るらん 

 熊野の遠江(とうとうみ:駿河)に居る老母はいましも儚い最期を迎えている。それを気遣う熊野の心は、この一首の歌により熊野を花見に連れ出した平宗盛にようやく伝わったようだ。ここにも、男と女の心模様の違いは、散る花に寄せる念いを映して、作者不詳の謡曲「熊野」の花衣は生々しいほどに美しいのである。
 さても、ここに当ブログに記した「恵比寿にて」の友人が描いた日本画の秀作、「熊野」「小春」「尖笄の舞子」の三幅を掲載させて戴くことにしたい。三十代の前半に知り合い、それ以来の交友である。彼の雄弁は洋画、日本画を問わず、その博識は古今東西の文学に及んだ。遙か昔、荻窪の喫茶店でみた青年期に描いた数点の画布に瞠目させられて以来、三十数年の歳月が流れ去ったが、依然、画筆はよく俗塵を払って美の別乾坤を屹立して異彩を放っている。余談だが、この荻窪の茶店のマダムは偶然にも上野の居酒屋「北畔」のみちのく料理研究家の女将さんの旦那、画家の安倍合成の二度目の奥さんであった。また、時々、詩人荻原朔太郎の娘の葉子さんがモダンバレエを踊っていたところだ。
 そして、音楽の都ウィーンは友人の一人息子さんが暫く、留学をしていたところでもあった。



熊野 熊野のシテ  DSC05642 (2) 小春 
DSC05640 (2)  尖笄の舞子


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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