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 読みさしの本とパソコンをもって家をでた。行き先は西伊豆の海沿いのホテルであった。
日が暮れた頃、ホテルを出てバス通りを下り、セブンエレブンの奥にある粗末なレストランで夕食を摂った。夕食といっても白いカップに入った焼きそばに熱湯を注ぐだけのものである。
 カウンターでそれを食べていると、隣りにいる男が携帯で交信中の会話の声が聞こえた。
「・・・・他人の口に戸は立てられないからな。なに言われてもおれの知ったこっちゃないんだ。・・・・携帯はいいよ。友達とこうして話すことができる。いのち綱だ」
 もうすぐ退職まじかとおもわれる男が大声で話をしている。男が友達という相手が男の話しに親切に応じていたとも思われなかった。どこか白々しい電話で交信の男の「一人芝居」を見せられているようにも思われた。
「いのち綱」ということばが耳に残った。荒んだ男のこころから発せられたことばだが、みょうに生々しいひびきがあった。人生に追い詰められてきた男の仮想の友人への一人語りの携帯電話なのかもしれない。誰でもいいから人と話しがしたい。自分は独りぼっちなんかではない。まだ話し相手がこの世にいることを自分にも他人にも知ってほしかったのかもしれない。こうした荒涼たる孤独が人生には時折あるものだ。深夜に目が覚めて空しく手を闇に伸ばすように・・・・。
 ああ、とうとうおれも人生というやつに、追いつかれてしまった。いずれそんなときがくるとは予想してはいたのだが、逃げ切ることなどできはしなかった。なにもありはしなかった。私もこの男とおなじ姿をさらしているのだ。だましだましこの年齢まで生きてきたが・・・・。あとすこしの辛抱、やがてさいごの眠りがやってくる。その最後まで生きていくしかないのだ。生れた以上は死ぬまで生きることだ。それが人生の旅というものだろう。働いて妻をめとりこの世間にごしながら子供たちを育てていく。子供達が巣立っていけば万々歳というものだろう。それ以上になにをのぞむものがあろうか。
 私はホテルのまえに広がる海をみて空を仰いだ。
 ホテルのラウンジで珈琲を一杯飲み、会計を済まして早めにこの旅を切り上げて家路についた。
旅をしているといろんな人物に出会うものだ。孤独なこころは自然と人間に渇いて、いつもなら無関心な他人へ目が行くらしい。
 電車の後部座席から女の声が聞こえてきた。
「この電車じゃないわ。横に並んで海を眺める電車に乗りたかったのよ」
 まだ若い細君がそんな不平を鳴らしつづけていた。
はげ頭の老人の夫はおっとりとそれに応じている。
「海が見える時間はほんのわずかなんだよ」
 やがて窓に海が広がったがすぐに消えた。
 夫の言うとおりだったが、やがて夫婦は熱海で新幹線に乗り換えた。これも若い細君が主張していたことだった。老いた夫は細君の言うとおりの行動をしたのである。
 女の騒がしい小言がなくなり静かになった。
老いて年齢差のある女なんかと暮らすもんじゃないなという感慨がわいた。
 途中でなんの土産も家にいる妻に買っていないことに気づき、横浜のシュウマイを車中の売店に行って買った。
 旅で疲れたせいか、席に座ると私はふかい眠りに落ちた。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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