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葛飾北斎「鳥越の不二」

 葛飾北斎というと「富獄三十六景」や「北斎漫画」が有名だが 天保5年(1834年)75歳のときに手がけた「富嶽百景」がある。この中の一景に「鳥越の不二」を見ることができる。江戸幕府が天明2年(1782年)に作った天文台は江戸通りと蔵前橋通りが交わる場所にあった。北斎はこのあたりから天文台を前景に据え、遠景に不二を描いている。天文台の由来は台東区教育委員会が立てた「浅草天文台跡」の看板に記されている。嘉永2年4月18日に北斎は卒寿(90歳)にて臨終を迎えた。そのときの様子はこんな具合だ。

翁 死に臨み大息し 天我をして十年の命を長らわしめば といい 暫くして更に言いて曰く
天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得(う)べし と言吃りて死す
 辞世の句は
人魂で 行く気散(きさん)じや 夏野原

 人の魂にでもなって夏の原っぱにでも気晴らしに出かけようかという趣旨で 画狂人北斎らしい一句である。生涯に二度結婚して娘が一人いた。この娘が父に似てまた画に狂っていたので、家の中はゴミ邸同然の散らかし放題。実にその暮らしぶりは乱雑を極めていたらしい。親子そろっての自由奔放さ加減は半端ではなかった。厭になるとその家を去り新しい家へ移るという生活を繰り返し、遂に生涯に93回もの転居をしたというのである。
 いや語りたいことはこの「鳥越の不二」の「鳥越」という場所柄についてであった。ちょうどこの6月11と12日に「鳥越神社」の祭礼が終わったところだ。この鳥越神社については「鳥越神社略史」につぎのように記されている。
「景行天皇の御時に、王子の日本武尊が東夷御征伐の折り、この地に、しばし御駐在遊ばされその御徳を尊び奉り、白鳥神社をお祀り申し上げたという。また、永承の頃、八幡太郎義家公が奥州征伐のとき、白い鳥に浅瀬を教えられ、群勢をやすやす渡すことができたという。義家公これ白鳥大明神のご加護と称え、御社号を奉られてより鳥越の地名が起こった。
 昔は社の境内も頗る広く、小島、下谷、竹町の境にあった三味線堀は、姫が池という御手洗の池だったというが、この池も社の境内にあった。
 ー暮れにけり やどりいずくと いそぐ日に なれも寝に行く鳥越の里(「回國雑記」)」

 この鳥越を舞台にした小説が二つある。一つは井上ひさし氏の「浅草鳥越あずま床」で解説は小沢昭一。もう一篇が「鳥越綺譚」というのがあるが、残念ながらこちらはまだ本になっていない。歌集では「鳥越―現身の存在論」(野本研一)なる自費出版の本がある。この歌集にある一首をつぎにかかげる。

蔵前の奥処ひそやかひとすぢの小径に依りし生活(たつき)人あり

歌人の三枝昴之氏が解説を寄せている。
「これらの作品は何の身構えもなしに読者を楽しませてくれる。こころは自由に動いて自身を語り出しているし、言葉は柔軟に調べを奏でながら心を支えている。壮年の奥行きある精神がそこからひろがってくる。まぎれもない歌の豊かさがここにはある」
 歌人の野本研一氏はしばらくこの鳥越に住んでいた。先述の「鳥越綺譚」にこの人をモデルにしたと覚しき人物が登場するが、たつきに窮したのか、あるいはまた漂白の熱に浮かされたのか、杳として姿を見失なった。豪放と繊細そして無頼の匂いを放っている人物であった。ともあれ三枝氏の解説が快い。
  写真集では「下町残照」(村岡秀男)というプロの写真家の1冊がある。今この一冊の写真集は古本屋では失われた昭和の面影を映し撮った貴重な本となっている。この写真集の裏表紙に「浅草鳥越あずま床」に出てくる古い床屋で、主人と遊んでいる二人の娘が見えるが、一人はフランス人と一緒になって一歳の男の子とパリに住んでいるとのことだ。NHKの大河ドラマ「八重の桜」では八重の最初の夫の臨終の地としてこの鳥越がテレビで紹介されたことがあった。池波正太郎の時代小説にはときおりこの鳥越が顔をだす。谷崎潤一郎の「秘密」という短編には目隠しをされた男が人力車に乗せられてこの鳥越の周辺をグルグルと回されるくだりがでてくる。浅草の映画観で見かけた謎めいた美女に逢うには、男にとって女の家への道順は秘密でなけらばならぬ約束となっていた。谷崎に出てくる男の多くは女に平服しているのが通例だから、こんな七面倒臭い逢瀬に従うことが男の至上の喜びだったにちがいない。またこの鳥越はかの樋口一葉女史が竜泉寺に小さな店を構える前に下見した処だが 「いぶせき」という一語で一葉は素通りをした。元は武士の娘で五千札に治まっている気位の高い一葉らしさである。この鳥越という町は一丁目と二丁目に分かれ今は昔の面影もない「おかず横町」というのが一丁目で、鳥越神社は二丁目にある。お祭りになるとこの狭い横町に大勢の下町っ子が寄り集まってくる。通称「お化け神輿」と呼ばれる大きな千貫神輿を担ぎに肩に瘤をつくった漢(おとこ)たちがやってくるのだ。この大神輿が横町を地元の半纏を着て練り歩くのは壮観の一語に尽きるといえよう。荒ぶる熱気に男も女も爺さんも婆さんも、誰もが興奮してしまうのである。湿った線香花火のようにパットしない現今の日本にも、 この下町の粋でいなせな溌剌たる元気が欲しいものだ。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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