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タオルミーナ

 あれは「太陽がいっぱい」の映画の終わりのシーンだった。明るい陽光が注ぐコートダジュールの海辺のことだ。金持ちの友人をヨットごと海に沈めた青年(アラン・ドロン)が屈託もない様子で寛いでいる。
「旦那はどこへ行く予定ですかね?」レモネードか何かのコップを持って店員がそう青年に問いかけるのだ。その直後に店に警察からの電話が入り逮捕されることになることも知らないで・・・・。
「タオルミーナ!」と青年は明るい声で応えた。
シチリア島のタオルミーナは雄大なエトナ山を望むイタリア有数の高級リゾート地であった。そしてこの海でダイバー必見の映画「グラン・ブルー」が生まれところでもある。
ナポリで「青の洞窟」を見て船でシチリアへ渡ろうとした時は雨が船の甲板を濡らしていた。だがタオルミーナに着いた頃には空は青く晴れバスの窓からはっきりとエトナ山が望めた。広場に座り一休みをしてから私たちは幾つも軒を並べたウンベルト通りでそれぞれ買い物をした。私は握手がギリシャ彫刻を施した細い竹のステッキを見つけて買った。その後、夏の夜にはコンサートなども上演される古代ギリシャ遺跡の劇場を見た。階段状に石を並べた野外劇場は舞台の俳優の声が上席まで届く構造となりその効果は明白に思われた。その周辺を亜熱帯の草花が色鮮やかに生い茂っている。月夜には幻想的な舞台が楽しめるらしい。現地案内人はいかにもギリシャ的な美人だった。その女性を写真機に収め熱い陽射しから木陰でツアー客は涼をとった。
 若い時に詩人であり、既に故人となってしまったある友人が昔、私に進めてくれたD・H・ロレンスの詩集から、最高傑作との評価のある「蛇」という題名の詩はこのタオルミーナで作られている。ロレンスは小説「チャタレー夫人の恋人」で有名だが、「黙示録(アカポリプス)論」(副題は「現代人は愛しうるか」)を、そして少々難解な「無意識の幻想」を書いている。だがつぎに引用する長い詩は彼が先ずなによりも、一人の詩人であったことを証しているだろう。

        蛇

ある暑い 暑い日に うちの水のみ場へ
一匹の蛇がきた わたしは暑さのためにパジャマのまま
そこへ水を飲みに行った。

深い 妙なにおいのする 大きなこんもり茂ったイナゴマメの樹のかげ
わたしは水さしをもって段々を降りたが
待たねばならない 待たねばならない わたしよりさきにかれが水のみ場にきていたから。 

かれは暗がりを土塀の割れ目からはい下りると
金茶まんだらの柔らかい胴をゆるゆるとひきずり 石の水のみ場のへりをこえ
咽喉を石の底にのせて
水が飲み口からしたたり落ちた 小さな水たまりで
まっすぐな口からすすった
まっすぐな歯ぐきから そのゆるやかな長い身体にしずかに飲みこむ
音もなく。

だれかがわたしよりさきに水のみ場にきていた
それでわたしは 遅れてきた者のように 待っていた。

かれは牛のように 飲むのをやめて頭を上げた。
そして水を飲む牛のように 私たちをぼんやり見つめた。
そして口から二つに裂けた舌をチラチラと出して 一瞬考えていたが
またかがんで少し飲んだ。
大地の燃える胎内から出た 土のような茶色 土のような金色のやつ
このシシリーの七月の昼 煙をはくエトナ山。

わたしの教育の声はわたしにいった
かれを殺さねばならぬ と
シシリーでは黒い 黒い蛇は無害だが 金色のやつには毒があるから。

そしてわたしの中の声はいった もしおまえが男なら
棒をとってすぐかれをたたき やっつけてしまうだろう。

ところが 白状すると わたしはかれが好きで
かれがおとなしい客のように うちの水のみ場へ水を飲みにきて
しずかに 満足して 礼もいわずに
大地の燃える胎内に帰っていくのがうれしいのだ。

かれを殺そうとしなかったのは 臆病からか?
かれに話しかけたいと願ったのは ひねくれのせいだったか?
あんなに名誉を感じたものは 卑下だったか?
わたしはたいへん名誉に感じた。

だがこんな声があった。
モシ怖クナケレバ オマエハカレオ殺シタロウー

なるほどわたしはこわかった たいそうこわかった。
それでも かれが神秘な大地の暗い扉から
わたしの歓待を求めてきたことは
なおさら名誉に思えたのだ。

かれはたっぷり飲んで
酔っぱらった男のように 夢ごごちで 頭をあげた
そして空中に 二つに裂けた夜のような まっ黒な舌をひらめかした。
舌なめずりをしているような
そして神のように 見ることもなく 空中を見まわし
ゆっくり頭をめぐらして
それから深い夢をみているように ゆっくり 非常にゆっくりと
かれのゆるやかな長い体をぐるりとひき回して
ふたたび土塀のこわれた斜面をのぼって行った。

かれがその恐ろしい穴へ頭をさし入れ
ゆっくり体をひき上げ 肩をくねくね動かし さらに深くはいっていくとき
一種の恐怖が あの恐ろしい暗い穴へひっこみ
ゆうゆうと暗黒の中にはいり ゆっくりと身をひいていることに対する一種の
 抗議が
その背が一転したときにわたしを襲った。
わたしは見まわした わたしは水さしを置き
ぶかっこうな丸太をひろいあげ
水のみ場にガラガラと投げつけた。

かれにあたらなかったようにわたしは思う
だが急にあとに残った部分がぶざまにあわててのたうち
いなずまのようにくねると 土塀の前面の大地のくちびるのような
黒い割れ目に消えてしまった
烈しい静かな真昼 わたしは魅せられて見つめていた。

すぐにわたしは後悔した。
なんとけちな なんとげすな なんと卑劣なことをしたものか-
わたしはわが身を呪うべき人間の教育の声とを軽蔑した。

わたしはあほうどりを思い出した。
わたしの蛇に もどってきてほしかった。
わたしにとってかれが王者のようにふたたび思えたからだ
地下の世界ではまだ王冠をいただかぬ 流浪の王者
いまこそふたたび冠をいただくべきときがきた。

そのように わたしは
生命の王の一人とであう機会を失った。
しかしわたしのあがなうべきもの
それはけちくささ。
                    (上田和夫訳)




ステッキ2
 上のステッキ(タオルミーナ)

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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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