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「秘密」について

A)正宗白鳥という明治の作家がいます。
B)なんだね。冒頭から馬鹿に畏まっているね。おれはすぐに清酒の「菊正宗」のことかと喉が鳴ったんだけどな。そんなに偉い人なのかい?
A)偉いかどうかとは別に、なにか底光りのする怖ろしい目を持っている人だと、ぼくは想像しているのだ。それはともかく、あの人の「ひとつの秘密」という随筆を読んで、ちょっとそう感じた。
B)人に言えない「秘密」なんかだれでも持っているんじゃないかい。
A)そうかも知れない。だが白鳥先生の「秘密」というのは、それを言うなら、むしろ死を撰ぶというほどの覚悟のある「秘密」のことで、次元が違うんだよ。
B)おれは家の者に、そういう類の「秘密」は、おまえにあるかいと訊いたことがある。そうしたら、あいつちょっと恐い声で、即言い放ったんだ。そんなものなら、あたしは十個ほどもあると抜かしやがった。それを聞いておれは吃驚たまげたね~、女って奴はなんていう魔者かと・・・。
A)そうかも知れない。・・・が、ぼくはおまえさんの女房に逢ったことがないので、なんとも言えない。もしかしたら、おまえさんへの憾み骨髄という、女の生のままの自己表現だったのかもなあ~。
 (A男はB男を、死顔をのぞくようにして、ジーッとみつめる)
B)おい!つまらねえ冗談は言いっこなしだぜ。
A)いや、ちょっとな。女の犯罪はしごく残酷だということを、思いだしたまでよ。別に気にすることはないんだよ。
B)気にするなたって、十個もあるなんて、言われたおれの身にもなってもみろー。一度で死にきれなくて、化けてで  てくるんじゃないかい。おれはあの「四谷怪談」の民谷伊右衛門のような悪党にはとてもなれない。
A)そうだ。その「悪」というものを「善」というものを考えるように、徹底的に考えることができる構想力と想像力がなければ、「ひとつの秘密」と「死」を引き替えることなんかできっこないのだよ。ぼくはトルストイ翁にはそれがあったように思われてならないのだ。先生は晩年にご自分の小説も含め、芸術を否定するような宗教的な改心をするのだからね。アンナ・カレーニナの自殺は、いや、彼女の「不倫の恋」はまさに命懸けのものだったと思う。幼子と愛人への愛情に引き裂かれながら、彼女は自分を轢死させる車輪の音をずっと聞いていたのだ。「悪」とは人倫の道徳律などをはるかに越えた、なにか怖ろしいものなんだろうな。ドストウェスキーの世界で路頭してくるのはそういうものだろう・・・。逆説を弄せば、悪魔になれるのは、天使だけなのかも知れない。だから詩人リルケは、「ドゥィノの悲歌」において、第一では地上的な存在の極地として天使を「なぜなら美とは恐るべきもののはじめ・・・あらゆる天使は恐しい」と歌い、さらにまた第二の悲歌では冒頭から「あらゆる天使は恐しい しかもなお禍いなるかな/私はおんみらに向かって歌うのだ・・・」書いているのだね。
  だがぼくはこのへんで筆を擱かねばならない・・・。
B)また思わせぶっちゃって、いい気なもんだぜ。おれは、カントとニーチェについての「道徳について」の講義をしようと思っていたのに、残念だな。10個もある家の者の「秘密」のひとつぐらいは、聞いてみてやろうかな。





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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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