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エミリ・ディキンソン

 いつ、どこで、その映画を観たのか。ともかく、私は手ひどい衝撃をうけて、夢遊病者のように映画館を出たが、その後の記憶はない。
 映画の題名は「ソフィの選択」。それからピューリッツァー賞受賞小説を読んだ。作者はアメリカのウイリアム・スタイロン。1982年に公開された映画は、アカデミー賞の5部門でノミネートされ、主演女優賞にメリル・ストリープが選ばれた。監督はアラン・J・パクラ、ネイサンをケビン・クライン、スティンゴをピーター・マクニコルが演じた。
 この映画のメリル・ストリープは恐いほどに美しい女性であった。私が覚えているのは、ソフィが大学の図書館である詩人の名前を図書館員に言うところだ。「エミリ・ディキンソン(Emily Dickinson)」という女性詩人の名前なのだが、それを図書館員が知らないので通じない。青白い顔をしたソフィはそのうちに床に昏倒してしまう場面である。それから、ひととき、この詩人の名前は、私の心臓の鼓動とともにあった。南北戦争時代のアメリカで生涯に20篇ほどの詩を残して死んだが、その後、多くの詩が発見され、高い評価をえて甦るのである。映画の中でも、この詩人の句が数語、ソフィの口にのぼることがあった。一つだけその詩を紹介してみよう。

Ample make this bed.

Ample make this bed.
Make this bed with awe;
In it wait till judgment break
Excellent and fair.

Be its mattress straight,
Be its pillow round;
Let no sunrise' yellow noise
Interrupt this ground.

広く創れこの床を
畏れをもって整えよ
その中で素晴らしく晴れやかな
裁きの日を待て

マットレスは真っ直ぐに
枕はふっくらと
昇る陽の黄色いざわめきに
掻き乱させるなこの土地を

 床に倒れたソフィはネイサンという男とここで、運命的に出会うことになる。そして、作家志望の若いスティンゴとの三人の親密な生活が始まる。スティンゴはあるときソフィの腕に刻印された囚人番号をみてしまう。アウシュヴィッツで生き延びたソフィの悲劇の「選択」がいかなるものであったかを、ソフィの告白から知ることになるのだ。二人の子供のうちの一人だけ生かしてやるから選べとナチに迫られたソフィは、兄の息子を選び、娘のほうはガス室に送られる。そのときの母親のソフィを見る娘の目がいまも私の胸に焼きついている。学者の父を持ったソフィは数カ国語に堪能であったことから、ソフィは収容所でドイツ語のタイピストとして生き延びる。もう一人の兄も生きてはいなかったのだ。映画の最後にやってくるソフィの選択は、予感されていたことだったが、妄想性分裂病のネイサンと青酸カリの飲んでベッドで自殺してしまう。傍らに、エミリ・ディキンソンの詩集がベッドの上に残されていた。
 マットレスは真っ直ぐに
 枕はふっくらと・・・・・
  
 八月の午後、岩波ホールへこの詩人の映画を観に行った。そして、私は肺炎に罹って息もできないくるしい数日を過ごした。




 
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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