FC2ブログ

お猿さんの電車

 五月の晴れた芝生に寝転んでルソーの「告白録」を読んでいた。その日はメーデー(労働者の祭典日)でぼくも狩り出されていたというわけだ。やがてルソーを読んでいたぼくの目からなみだが流れてきた。じつはぼくはこの社会へ出るときにえらい苦労をしたことがあった。ドストエフスキーの「地下生活者の手記」はほんとうに薄い文庫本だが、ここに自分の仲間がいると感動して、憐れなリーザに惚れこんでもいたのだ。だからこの主人公がつぎの科白を吐き出すとぼくはなんとも爽快な気分を味わった。
「世界が破滅するのと、このぼくが茶を飲めなくなるのと、どっちを取るかって? 聞かしてやろうか、世界なんか破滅したって、ぼくが茶を飲めれば、それでいいのさ。」
 そのぼくがまるでどしゃ降りの雨のなかを、破れたこうもり傘で出ていく気分がどんなものか。この社会の片隅で生きることを始めたぼくがどんなに惨めな状態でいたか、いまでも思い出すことがある。そのぼくがいつ社会人となり労働者となったっていうのだろう。遠くのスピーカーから聞こえてくる演説なんかぼくには糞食らえだったのだ。それなのに、芝生に横たわるぼくの肩にはメーデーのたすきがかけられ、デモ行進に参加をしなければならないのだ。ああ空は抜けるように青く、緑の芝生は太陽を浴びて光り輝いているではないか。・・・・・。そして、あれから四十年。よくぼくは結婚して家庭をもち、この社会のなかで生きてこられたものだ。誰かのことばを借りるなら、「ぼくは鼻をつまんでぼくの社会生活を通り過ぎた」のだろうと思う。およそ人生の大半を過ごした事実からすれば、それはたしかに不遜なことにちがいなかろう。いきるためにはそうしなければならなかったのだ。そんなぼくには実におもしろくかかれた小論を読んだ。加藤典洋の「矛盾と明るさ」(「もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために」所収)、副題に「文学、このわけのわからないもの」とある。「なぜ子供たちはお猿さんの電車が好きなのか」と問うて、「小説を読むときの面白さも、これと似ていると」し、「ですから、お猿さんの電車、などというものが現れると、社会との関係が逆転する、とたんに小さな子どもたちはわくわくするのです。」ときた。こうして著者は、芥川の「蜜柑」(この短編が芥川では一番素直で明るい)から説き起こして、ホッブス、ルソー、そしてドストエフスキーの「大審問官」までを語るのである。「可誤性」なんて加藤さん、わざわざ言わなくたってよかったのです。お猿のお尻は真っ赤だなんてことは、誰だった分かっていることなんですから。ただただ、加藤さんが文学に社会を相対化する「社会化しえない私」という極点を、初期から現在まで保持していてくれたことを大いに喜んでいたのです。
 ただこの小論は2004年に刊行された「小説の未来」に既にその端緒が出ているものでした。この本は90年代以降の現代の日本の小説を読む試みの一環として、いつまでも変わらない小説の「力」の源泉がどこにあるかを本気で探ろうとしたものです。それは現状の肯定でも理想(超越的なもの)への志向でもない。なぜなら95年の「オーム地下鉄サリン事件」で後者の腰は折られてしまったからだと加藤さんは言っています。だが小説家はやはり、子供たちが好きなお猿の電車、大人の運転するのではない、危なっかしいお猿の電車を好むところにしか、「小説の未来」はないのだというのです。ここに小説の「可誤性」が関連してくるのですが・・・・。
 さてここでまた本題に戻りますが、詩人という人間はこの「社会化しえない私」という一点に命を燃焼させます。中原中也が知性で武装した小林秀雄を批判したのはここからでした。私がルソーの「告白録」に感応したものはルソーにあるこの「極点」から来るものでした。「孤独な散歩者の夢想」の烈しく暗い孤独感は、なにものにも解消しえない内部にあるこの極点が己自身とさえとも対立するエネルギーを持っていることを証しています。これはボードレールに至って「私は私に対立する権利がある」となる。詩人のランボーは余に芸術的なボードレールの批判者でしたが、その見者の眼には「私とは一個の他者であります」という明言となるものでした。加藤さんは「社会契約論」の「破れ目」にこそドストエフスキーのような文学が生れる源泉をみていますが、ここからは各自が考えることでしょう。
 話しは変わりますが、加藤さんは1948年の生れで、ちょうど大学紛争の時期がぼくと重なっています。彼は活動にコミットしたようですが、ぼくはほとんどノンポリの学生でした。偶々、学級委員をしていたのでなんとなく渦中に巻き込まれた。機動隊が大学の要請で学内へ入って来ようとしたとき、学生たちは一斉に機動隊へ向かって石を投げ始めました。そのとき、石を拾い投げている一人の学生をまざまざとぼくは見てしまった。そこである種のショックを受けました。なんとも嫌らしい表情でした。群集心理に紛れ酔い痴れて狂った一匹の獣の貌をそこに見たのでした。その夢遊状態の人間の表情は、ぼくの内面に実に生々しい反応を起こしたのです。それから50年程が経った最近のこと、ぼくはある会場で開かれたパネルディスカッションに聴衆の一人として参加してみました。パネラーは昔の一高から東大を卒業し欧州で恵まれた研究生活を送った八十代の古色蒼然たるインテリの学識者でした。そこで意外な反応が新たにぼくの中に甦る思いを味わったのです。ぼくは真面目な質問をしました。司会者には時間はまだ充分に残っていたのですが、パネルディスカッションは閉会となってしまった。代わりに壇上にあったものは、鼻持ちならないエリート臭を芬々とさせた貧相な光景でしかありませんでした。彼等の議論は既に賞味期限ぎれの定食のようなものでした。会場からの夜道を歩きながら、ぼくの中にに湧き起こった感情は、あの大学紛争当時に研究生活を送っていた、所謂、象牙の塔にいた学者たちへの活動家の破壊運動への、遅ればせの共感ともいうべきものでありました。ぼくはコミットさえしなかったが、そのぶんだけあの当時の「反抗」的な時代精神を、一生を支配するほどふかく内面化していたことに気づき、いたく驚かせられたのです。加藤さんの 「もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために」に話しを繋げるなら、こうした一握りの古びた「知識人」の復古的な考えが大衆の怨恨と結びつくときにやってくる社会の変化と関係のあるものにちがいありません。誤解をおそれて急いで付け加えますが、加藤さんが提起したい思想は、「尊皇攘夷」という言葉に新たな日本の未来を、大胆にきり拓こうという思考がそこに加味されたものなのです。




関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード