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孫の絵の価値は無限大

 子供の書く絵をみて驚いたのは、ある小学校で低学年、それも1年から2年位までのを見たときだった。
 なぜだか分からないが、3年生頃から、面白い魅力が失われていくように、思われた。自分の息子が描いた一枚の絵がやはりそういう魅力があったので、私はとっておこうとしているうちに、家人に問うてもどこへ行ったのか、なくなってしまった。いまのように、デジカメがあれば便利に記録しておくことができたのにと、惜しい気がする。それは雨の中を傘をさして行く母と自分の二人を描いてあるもので、その一筆書きのような線の味わいにはなんとも言えない、哀愁があったのだ。それは幼児のこころにあるイマージュの表出に違いなかった。
 下の絵は初めての孫が三歳頃に描いた、私と妻のツーショットだ。琢まざるユーモアと温かみのある絵だと感心する。自筆であることを、大きなひらがなの名前で署名しているのが、おかしさを添えている。

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 いまの家を新築したとき、元の旧い家に家人の両親が仕事をして住んでいた。ちいさな二人の娘はそこらじゅうに、いたずら描きをした窓硝子や襖をそのまま残すようにして、新しい家を設計して建てて貰った。だがそのうち一枚のガラス窓の絵は、事情を知らない大工さんによって、親切にも綺麗に消されてしまったのには、なんとも呆れてしまった。まさに覆水盆に返らずだ。
 下町の狭い木造家屋の建築に、テレビの「新築探訪」で気に入った設計士へ、わざわざ頼みこんでから完成まで一年半もかかったのだ。設計図面は50枚以上にもなっただろうか。いろいろ手の込んだ設計に、地元の大工さんにもずいぶん苦労をかけた。壁は藁を入れた土壁で、都内にはこれを塗れるしゃかんやさんは一、二軒しかいないらしかった。畳も変形のサイズだから、それ用に作ってもらわなければならない。大黒柱は山梨県まで古材を見に行き、掘りごたつ式のテーブルは、欅の一枚板を表面を細かな鉋で削る手法で凹凸を入れ、いざというときは畳と同じ平面になるように工夫してもらい、階段の一部には抽斗の収納庫を設けてもらう等、さまざまな知恵を絞りだした。そしてすったもんだの末に、町並みに見合う「町屋」ふうの、ちいさな家ができたのだ。
 2000年末の完成がのびにのびて、翌年の五月になった。滅びつつある江戸の下町情緒の残り香をすこしでもと思った、設計士さんや様々な職人さんたちの苦労の汗のたまものであるが、まわりを見渡せばいつの間にか、高層のマンションが次々と立っている。日本人には町並みを保存するという思想がないはずはないのだ。だがそれは敗戦と戦後の復興以来、前だけをみて走ってきた過程でどうやら無くしてきたようだ。と言うより、この狭い国土にそれを求めても、どだい無理なのであろう。日本は明治以来、まだ「普請中」(森鴎外)のお国がらなのである。
 最新のニュースによれば、ピカソの「マリガリータ」の絵が過去最高額で落札されたらしいが、可愛い孫の絵にはどんな値段もないのである。ただ無心で無限の価値だけがあるにちがいない。
 





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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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