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「花の賦」を出版する

 去年の7月からこの2月までかけ、一冊の本を自費出版した。初めての経験であった。しかし、こうしたことは二度としたくないものだ。これに費やした煩瑣の幾月かの後に、出来上がった自分の本をみての落胆は想像を越えるものがあった。あたかも鏡のなかに老醜をみるがごとき趣である。いったい誰がそこに半生の醜態を曝け出して喜ぶものがいるだろうか。ただ自ら添えた本のタイトルである「花の賦」と友人が描いてくれた表紙絵の清艶な裸体だけは、春のこの季節にふさわしい絵柄であった。そして、赤い下帯を巻いた裸婦像は光輝を放ってたのである。

 下帯のコピーがある。これがなかなか佳いものであった。これをここに筆写しておきたい。
 「馥郁たる詩情」と題し、流麗な筆致で描かれた創作作品、国内外の文学、美術、映画など、ジャンルを越えて自在に論じた評論など全23篇、と表に記され、裏にこうある。「35年にわたる創作活動の中から秀作を厳選。人生の儚さが漂う『貴腐ワイン』、日本の近現代史について論じた『小林秀雄の初期像』、創作の秘密に迫った『アンリ・マティス試論』などを収録。前著『海の賦』などに続く渾身の第4作」、と赤帯に白い文字で書かれている。
 なお、前著「海の賦」とあるがこれは詩集である。たしかにこれだけのジャンルをトラバースするには、40年の潜伏活動が必要であった。25年に波するスキューバダイビング、20年にわたる居合道の稽古、そして何よりも、美術と文学と映画等への広範かつ持続的な関心がなければ叶わぬものばかりであったが、いまはそのために供した犠牲を思うことはやめにしておきたい。そして、この10年のほどに費やしたブログ「隅田川夜話」の老残の月日を、つぎの一句に託してこれを忘却の彼方へ見送ることにしよう。

  隅田川 花の帯しめ 流れけり

 京都洛中に住んだ杉本秀太郎氏は、「徒然草」(「文粋2」)の最初につぎのように述べている。
 よく出来た随筆集には、赤の他人が読んでも興趣をおぼえるところが必ずなければならない、と。そして、第二十段「なにがしかとかやいひし世捨人の、『この世のほだし持たぬ身に、ただ空の名残のみぞ惜しき』と言ひしこそ、誠にさも覚えぬべけれ。」と第二百十二段の「秋の月は、限りなくめでたきものなり。いつとても月はかくこそあれとて、思ひ分かざらん人は、無下に心うかるべき事なり。」をひいて、この大きく隔て見つかるふたつの文から、大田月蓮月はつぎのような歌を詠じて『徒然草』の読者たるの証しをたてたとしている。

ながむればこれしもやがてほだしなり見じや浮世の秋の夜の月

 蓮月のこの歌にも、兼行の「剣呑な反時代的」なものの名残が反響し合っているように思われてならないが、「これしもやがてほだしなり」とは、なんという屈託の深い淵に佇む蓮如女人の雅なるお姿をみる心地がすることであろう。

 つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

 あまりに知られたこの序段に杉本氏は、七十五段の「つれづれわぶる人は、いかなる心ならん」に「呻きながら考えている人物の素顔」をみる。「生活、人事、技能、学問等の諸縁」を「つれづれ」なる心に絶てと命じても、「つれづれ」なる心は乳呑み児のようにむずかるだろう。摩訶止観を切札にして、わが心を説き伏せているこの人物を、だれが愛さずにいられようか、と。
 わが本についてはこれ以上かかわらず、京都洛中に潜んでいた杉本氏のことばをひいて、これに代えて置くことを赦されたい。昔日、この人の「洛中生息」の文庫本を持って洛中を散策中、偶然、表札をみて家に押し入ったことがあった。二階に寝ていた氏が驚いて蒲団から起きる声が聞こえたが、いかにもはんなりとした奥様を介し、文庫にサインだけを記してもらい、奥床しい京都洛中にあった町屋を辞去した、遠いむかしをはからずも懐かしく思い出したことであった。

 「俗におもねらず、僧になずまず、自由という危うい均衡をたもちつづけるには、未練をつらぬく決心を要する。『つれづれわぶる人』の迷いのごときは底が見えている。『徒然草』は迷いをたのしむ覚悟のできている人の迷いのあかし、他に類にない世迷いごとである。」
 ベートーヴェンには「六つのパガテル」という作品があると氏から教えられた。「bagatelle」とは、ピアノの小曲、取るに足りぬ、つまらぬもの、屑もの、という意味である。このピアノ曲(Wilhelm Kempff)を聴きながら、私もつれづれなる駄文を擱くとにしよう。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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