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秋田県「角館」旅行

 秋田県の角館へ行って桜を見てきた。小雨に降られたが、満開の桜にはこころが浮かれる。旅館の温泉風呂もよかった。食事も地元でとれた素材を手造りにした蟹や鯉料理でなかなかの味覚。むかし豪農の庄屋であった邸をそのまま旅館としたもので、一見部屋数は少なくみえるが、一階の各十畳の四部屋は「かつら」「いちょう」「もみ」「からたち」の襖で仕切られている。梁をつり上げる装置をうごかすと中央の柱を取り外すことができ、四十畳の広い部屋となるそうだ。
 古い建築物はどっしりとした木造。広い廊下は天然秋田杉の一枚通しの板が敷き詰められ、長押には槍やなぎなたが掛かかり、修理しだいではいまも使える。がっしりとした木組みの階段は鹿鳴館を模し大正ロマンの趣きを湛えている。壁には切り絵が無造作に架けられていた。これほどの細密な切り絵の風景画はめずらしい。食事処には一枚板の大きな楠のテーブルが横たわっている。聞けば庭に生えていた樹木とのこと。旅館の名前を示す樅の木は樹齢380年の偉容を空に広げている。米どころの秋田県の昔の庄屋というものがその地域でどんな位にあったのか、いかに想像を逞しくしても、現代の都会人には容易に掴みがたい。パンフレットをみれば県の有形文化財となっている。
 新潟からの友人の車に東京からの二人が乗り、角館に近づくにつれて、風景のそこかしこに桜がみえだした。ソメイヨシノもあれば、しだれ桜もあり、梅の花に似た小粒な桜もあって、色も白からうすいピンクやら濃い緋もみえる。だが桜だけではない。樹齢に数百年の太い樅の木が意気揚々と生い茂って、それが武家屋敷の黒塀からその巨体を覗かせている。家邸の中へ入るとさすがみちのくの小京都と言われるだけの文物がある。佐竹藩の人が描いた蘭画もあれば、杉田玄白の解体新書の初版本やら精巧な解剖図があり、平賀源内の手による道具類ももみえる。東北のこんな遠くに京や江戸の文化がどのような経緯から花ひらいたのであろうか。疑問と驚きが交互に脳裡を駆け巡り、日本の歴史へと想像の手足がひろがるだけで、途方に暮れるしかないのである。中国やタイからの人も大勢いた。最近物故した詩人の大岡信は、「花」という一語がどれほど日本人にとって重要なものかを強調していた。この詩人を偶然みたのは大学祭の学生詩人の前にちょこんと座っている姿だ。そして、これも偶然だが、最後は八重洲ブックセンターから街路を歩いてくるところだった。この人にはめずらしい峻厳な面立ちをみて、ああ、時間がないという焦燥の顔つきが私の胸を衝いた。有楽町の朝日ホールでグレコのシャンソンを聞きに行ったとき、この詩人はグレコの傍にいて通訳と司会をしていた。国文科出身なのにフランス語がうまかった。エリュアールの詩「そして空はおまえの唇の上にある」に衝撃をうけたのは、「美の根源の火がエロスからきている」確信があったからだという辻邦夫の指摘は正鵠を射ていた。因みに、曾祖父が徳川慶喜に随行して三島に移ったのは、私の母の祖先が同じように掛川へ行ったことと共通している。「保田与重郎ノート」が三島に激賞されたらしいが、是非、読んでみたい本の一冊だ。さいごにきて横道へ逸れたが、この角館に群生して、武家屋敷の黒塀に趣きを添える桜花には、ただあんぐりと口をあけて眺めるしかなかった。土手下には緑色の河が満々と水を湛え渓流のような早瀬をみせていた。


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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