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「河岸の古本屋」(河盛好蔵)

 いまから20年ほどむかしの話しだ。ある大学に社会人向けの「フランス語」の教室があった。まだいまほど年寄りが多くない頃だ。フランス語の勉強なら、アテネフランセや日仏学院でも勉強はできた。だが程度が高いうえ費用もばかにならなかった。初級レッスンのスピードは速く、ほとんどの者が最初の数ヶ月でふるい落とされるのであった。Tの友人たちもそうして挫折した。大学のほうはそれほど費用もかからず、難しくもなかったんだ。そのせいか、相当に高齢なご婦人も混じっていた。先生の性格にもよるが、へんに真面目で堅物の先生のクラスに、そうした高齢の婦人が一人いた。会ってもみな和気藹々と話しをするのでもなく、挨拶らしい声のやりとりもない寒々しい教室であった。彼女は見るからに老婦人といっていいお年だった。Tは目が合えばその品のいい老婦人への黙礼を欠いたことはない。
 最後の授業が終わった。するとその老婦人が近づいてきた。
「あのー。失礼ですが貰ってほしいご本があるのですが・・・」
 彼女はおずおずとそういって二冊ばかりの本を差し出した。周囲の目もあるので、遠慮しようとしたが、彼女の全身には祈るような熱心なそぶりが窺えたのだ。Tはやむなく彼女からの本を受け取った。一冊は「河岸の古本屋」(河盛好蔵)という昭和47年の初版本であった。読者の手になめされた皮ばりの本は、もうそうとうくたびれてみえた。
「私はもう要りませんから・・・」
と遠慮ぶかげに、含羞をかくし、身体をまげながら、小さな声で囁くようにそう言った。
 長いあいだ、Tはその本が気にはなっていたが、これまで読む機会がなかったのだ。河盛好蔵の本は幾冊か読んでいた。そこにはパリの町の面白いエピソードがたくさんあった。パリのセーヌ河沿いの古本屋はいちどのぞいたことがあったが、Tの読みたいような本はそこにはなかった。その後、老婦人から贈られた本がいままで未読のままだったのに、Tを口惜しいおもいにさせたのだ。時はすでにあまりに遅すぎた。老婦人がその本をくれた理由が想像されたからだ。一読した。そしてはじめてその老婦人がその本を、Tに託した訳が氷解したからである。
「人間風景」と題された冒頭の「人間は一代では終わらない」という一頁半の短いエッセイの一行だけを読んでみよう。
「近頃は私と同じ世代にぞくする友人や知人が櫛の歯がこぼれるようにぽつりぽつりと死んでゆく。」
 Tは誰とも話すこともなく、その教室を出るのがつねであった。生徒どうしが気軽に親しくなるなんて機会が来そうにもなかったからだ。あまりに素っ気ない空気を破りたいと、一度だけTは先生に授業の終了後に、みんなで軽くお茶でも飲みましょうと提案したことがあったのだが。もっと早く、一言か二言でもよかったのだ。あの孤独な老婦人へ、親しい声をかけてやらなかったことを後悔した。婦人のほうでもきっと、そうして欲しかったのにちがいない。あんな授業のどん詰まりにきて、その最後の教室のおわりになって、「どうぞこの本を貰ってください」だなんて、それも遺言状のような本を、とTは悔やまれた。あの老婦人が必死の思いで、Tへみせた最後の姿がよみがえり、自分がその年齢になり、悟らされたのだ。あの老婦人の晩年の一人ぼっちの、不憫な気持ちが、いま自分にもやってきたからである。
 ただ、その本のおくつきに××図書館という印鑑が押されて、それが長い間、その本を手にとることを躊躇らわせていたことが、悔やまれてならなかった。




















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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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