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出さざりし手紙

 社会と言われるこの世の中に入っていく青年の、その内心に分け入ることほど興味深いことはない。多くの小説家や思想家がこの時期に一生涯を決定する発見なり、創造的な作品を誕生させたのは不思議ではないのだ。そこに彼の処女作となるかもしれない何物かを見いだすがためだ。それを作品として完成することなく、その初期の問題を飛び越えてしまうこともあるだろう。そのほうが精神の健康にいいからである。自己との戦いに心労することほど、精神を消耗させることはないが、逆に言えば、それほど充実した人生の精神上の時期はない。これはぼくの経験でもあった。たぶん二十代の中半までに逢着する問題は、それを直視するにあまりに危険であり困難だと感じるものの総体だ。だがその時代はあまり速やかに過ぎてしまう。やがて三十代以降になる頃にはもうふり返らなくて済むか、再び見たくもない事項となっているにちがいない。しかし、大成するほどの作家の多くは、このアドレッセンスの壁に向き合い、なんらかの形を残しているのが常である。後年、彼がこの初期の問題に、立ち戻る必要を認めるのは、その揺籃期にこそその人間をその人間たらしめた精神上の宝庫があると感じるからだ。小林秀雄という日本における文芸評論のジャンルの開拓者が、なぜランボーについて戦前から、戦争を経た戦後においてまで、そのあまりに個人的な精神的な体験を記したのか。そうした反省の延長にこそ「ドストエフスキーの『罪と罰』」へ流れ込む軌跡が描かれ、「ゴッホの手紙」が出現する。作家は処女作に向かって成熟すると言われるが、「本居宣長」にはこの言い古された表現を援用する識者はいない。だが小林秀雄のこの作品に「この本をこれだけ読む熟せるのは私だけではないかといふ、これは自惚れとはまったく異なる、一種の喜びに絶えず浸ってゐた」との感想を記した福田恆存という人間に私は瞠目したことがある。君が私の「花の賦」にあの本は読者を選ぶと評したことについては、そこに若干のイロニーがまじっていたように思う。この本を送った多くの人は読まずに売り飛ばしたにちがいない。あれが中古品で高額の値がついているのは単にマーケットにおける愚劣な営業以外のものをみることはできないのだが、・・・・・・。
 さて、若い頃の恋愛を語るのは赤面の至りだ。なぜならそこでぼくは多くの躓きを経験したからだ。恋愛をして失恋をしたことがない青年を考えることはできるか。たぶんできない。恥ずかしい話しではあるが、ぼくの恋愛はそれが真剣なものであればあるほど、殆ど失恋として跳ね返ってきたからである。私にはなにかが欠如しているのではと反省してみた。それはおそらく〈他人〉というものだと思う。
 ぼくはなにものとも関係を持ちたくない時期があった。〈関係〉に関係したくなかった。当時、ぼくはポケットに一人の詩人の本を忍ばせていた。その訳詞の一行たりと理解できないことばはないという自負と骨が裂けるほどの孤独のただ中にいた。ぼくは思想関係の本のすべて古本屋へ投げ捨てた。土砂降りの雨のなかへ、骨の突き出た破れ蝙蝠傘で出ていくように、私はこの社会なるものへ足を踏み出した。あらゆる他人へ私は私の〈仮面〉をかぶり、背中をみせてこの〈社会〉に対面した。やがて詩集を自費で出版した。題は「弧塔」。誤植だらけの本になったが、大阪にいた友人がほとんど手を貸してくれたものだ。友人は早熟の読書家であったが、その種の話しを交わしたことがなかった。ぼくは酒に弱く、彼は酒豪であった。一昨年、彼は太く短い人生を終えた。誰とでも別れは拙いものだろう。これ以上ぼくの〈人生〉を逆方向にたどることができない。
 ひとつだけ思い出したを記そう。神田の古本屋で一冊だけ買い戻した本があった。その本の中にあった一篇の論文がまだ惜しかったからである。「ラムボオ若しくはカール・マルクスの方法についての諸註」というのであった。それは「犠牲の終焉」(1962年)に収められていた。若き日、そこに「方法的思想の一問題―反ヴァレリー論」を読んだ。そして、そこに玉砕精神の凄まじい姿をみて驚嘆し、秘かにヴァレリーの「テスト氏」に敬礼しながら、「ぼくはおまえの手が見えすぎる」と哀しいその日本の一青年へ、後ろ向きでつぶやいていたことがあった。
 



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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