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アンネの声

(公園の椅子に座った旧知の老人二人が、杖の柄に手をのせてなにやら親しく話しあっている。)
A:いいねえ、ここはよく日の当たる場所だ。ちょっと昔の映画を思いだした。「陽のあたる場所」っていうのだ。

B:そうだな、英語の原題は「アメリカン・トラジディー」だったかな。あれは暗い映画だった。それで変なことを思いだしてしまったよ。むかし、ある女が多少軽蔑をこめて、こう私に言ったことがあるんだ。
  ―あなたの教養って、映画がほとんどなのね!

A:そいつはたしかだ。女だって小難しい本の話しなんかしたって、楽しそうな顔をしないから、手頃な映画館で隣り合わせに座り、ハッピーエンドの映画のスクリーンを眺めているのが一番いいに決まっている。

B:そうだよ、映画は20世紀が生んだ娯楽だけど、映画のない20世紀は考えられないからね。ずいぶん観たな。映画館から映画館へ梯子までしてね。でもほとんど忘れてしまったな。まるで忘れるように観たものだ。

A:人生みたいなものだな。この歳になると、忘れることが頻繁な代わり、へんなことを思いだす。昨日の深夜のテレビで観た映画があったけど、なかなか面白かった。「トルー・クライム」という題名、監督はクリント・イーストウッドだ。俳優として監督として、彼は観客を面白がらせるツボを知っているね。難しいことは言わない、ただ楽しませる。

B:無罪の黒人が死刑になる寸前で、助けられる映画だろう。アメリカの死刑が電気椅子から、注射に変わっていた。「グリーン・マイルズ」は電気椅子の残酷さがよくわかったね。あれもそうだが、関係者が死刑執行場面を見るのは、開拓時代のリンチの伝統だろうか。私は死刑廃止論者なんだけど、罰として人が人を殺す法制度にはどこか納得がいかないんだ。カミユの「ギロチン」は死刑廃止を論じていたが、私はジョージ・オーエルの短編「絞首刑」でガツンとやられた。絞死刑の現場へ連れられていかれる男が、小さな水溜まりをヒョイと飛び越える。オーエルはそれだけの描写で、生きている人間を人為的に抹殺する死刑を告発して、深いところで説得力がある凄い作家だと思った。「1984」が一番いいけどね。

A:トルストイは「イワン・イリッチの死」で、誰もがいずれまじかにする「死」の運命を描いて核心に迫っている。生まれたとたんに、人間は「死刑」を宣告されているようなものだが、最近は「死刑願望」から犯罪に走る、逆転した人間が出ている。そのうち、70歳過ぎの老人から、恐ろしい犯罪者が出てくる予想をした哲学者がいた。「地球を壊す」と言ったどこかの独裁者はヒットラーも形無しだね。単なる言葉だけれど、その初発の戦端を開くことはできなくもない。アウシュビッツでは実際に数百万人のユダヤ人が虐殺されたが。

B:おいおい、もうお互いに殺伐とした話しはこのくらいにしておきたいね。普通に生きていることだけでも、どんなに大変はことだか、そして無事に一日が終わることがいかに幸運で幸福なことかを、みんなが覚る日が来るといいね。それにはどうすればいいのだろうか・・・・。

A:若い頃にみた「アンネの日記」の映画の最終場面で、アンネの声が聞こえてくるんだ。あの短いフレーズは英語だったけど、いまでも覚えている。

  (空を仰ぎながら、老人は慎重な声で一人朗唱する)
 ーIn spite of evrything, I still belieive people are reaily good at heart.
(いろんなことがあったけれど、私は人間はほんとうはみんな良い心を持っていると、信じているわ)





 
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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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