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善悪の悲願:川上未映子

 古いビデオテープの巻き戻しをしていたら、NHKの「トップ・ランナー」という番組に、この女性が映っていた。私はたまたま芥川受賞作の「乳と卵」を読んだことがあり、ある種の才気を感じさせたが、「ヘブン」ほどの底力は見せてはいなかったのだ。
 ともかく、おもろい「存在」なのである。ちょっぴりエロチックだが、それは壊れかけていて、懸命に立とうしている廃墟からのような声をだす。
 彼女は放つのは真率な問いそのもの、ことばがことばになる以前の、その存在の源泉にうつる意味という病のよりしろ、亡霊のように身を浮遊させながら、未映子は文字通り、未知の世界に対峙する陽炎であり、はかなくて、かつ、自若している性であり、そのありようが、異様でありながらばかばかしいほど、平凡なところに、もしかして彼女の「非凡さ」があるのかも知れない。
 歌手として、キャバレーのホステスとして、ブログ「純粋非性批判」の書き手として、10代、20代前半を過ごし、エッセイ「わたしの頭はでかいです、世界がスコンとはいります」から、詩集「先端で、さすわさされるわ、そらええわ」で中原中也賞、小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」の最初の小説で、芥川賞候補、坪内逍遙大賞受賞、一昨年の「乳と卵」で芥川賞に、そして、昨年刊行された「ヘブン」により、中学生の苛めを題材に、善と悪の境界を揺るがせ、次回作は恋愛を素材にした小説を、数ヶ月で書き上げる予定と、くらげの妖しさとなまこの怪異を頭と顔とからだに表現して、気丈夫に話していた。
 蒙昧と明智がたがいに入れ子状態に合体した奇形児。ソクラテスからの弁論術を習得し、哲学者のニーチェと詩人のリルケのファム・ファタールであったルー・サロメを半獣身のように装い、ぽつんと街角に游泳している彼女は、女性形の安部公房なのか、滅びゆく日本語のさきがけなのか、判定のしようがないが、日本の小説世界に、ある質量のゆらぎを与えていることはまちがいないと思われる。
 が、これは文壇的な見方で、まったく「くだらない作品」だという人もいて、こうした両義性こそが、彼女の謎めいた魅力でもあるのだろう・・・・。これは創造的な芸術の宿命なのである。
 70年代に登場して姿を消したシンガーソングライター森田童子のCD「さようなら 僕のともだち」や「僕たちの失敗」などの哀歌を、思いだすおじさんもいるらしい。

 ーこのまま 君は死ねばいい 飛べない ぼくの あげは蝶

 ともかく、10代でシェイクスピアが書いた次ぎの一文を、記憶している才媛は、ただものでないとは言えるのではなだろうか。

 ― 雪はとけて水になる。それは分かる。だが、あの雪の白さはどこへ行ってしまったのだろう。


 吉田修一の「悪人」はそれなりの作品だろうが、「ヘブン」はそれ以上に、人間の根源に肉薄する。私は彼女がただ小説の技術力を向上させることを願うより、さらに、現代の価値の紊乱者として成長することを期待したいのだ。「ヘブン」はそういう素質の一面を垣間見せているのだから・・・。


   シャガール「誕生日」 <小説「ヘブン」を暗喩すると思われる絵画>

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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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