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プロバンス紀行(2) イル・シュル・ラ・ソルグ

 老人の運転するタクシーは一路イル・シュル・ラ・ソルグを目指して走った。ソルグはアルベール・カミユの墓地を訪ねたルールマランよりさらに奥地にある。タクシー以外に有効に移動する交通手段はないらしい。地理・交通・生活の事情に疎く、身体の自由に限界があるいじょう、いざというときのためにスマホなるものを買い求めた。だが扱い方に習熟する間もないこともあって、現地に着いて数日後にインターネットへの接続が不具合となった。ラインで日本の家族と繋がり、緊急に必要時にはパリにいる娘との連絡が可能との甘い期待は断たれてしまった。ラインばかりではなかった。グーグルも翻訳機能もそして最後には電話さえも不通となったのだ。広い海の上で一人漂う案配である。片言の会話力ではいざというとき必要な単語が出て来ない。発音が悪ければ都会の人なら聞き取ってもらえる言葉も、プロバンスの地方でそれを期待することは無理であった。おまけにプロバンス人は母国語を愛して英語を話してくれないのだ。私の窮状を察してくれたのか、ホテルの電話を介してパリの娘から連絡が入った。育児をしながらの娘からの長距離電話がときにより刺々しくなるのも無理からぬことで、その助け船がこなければ旅路は難渋を極めたことであろう。まさに感謝に堪えない救い主であった。やがて手配してくれたタクシーがホテルの玄関に到着したのだ。なんという気転を働かしての便宜であったことだろう。ルールマランへ来るのでさえ電車とバスを乗り継ぎ、見知らぬ人たちに助けられて、雨と風の中をようやくたどり着いたのである。その上、外国の食生活に馴染むのはなかなか難しく、食事はやがて喉を通らなくなった。体力維持と栄養補給のために生野菜をちぎり、果物を囓って食べることでしのいだ。そして背中と腹の皮がくっつきそうな空腹に突かれる日々がくる。心身の疲労と不調は判断力を鈍らせ、その日が何日目であったかさえ忘れかねない懼れがあった。片目も不自由であれば拡大鏡でスケジュール表を幾度も確認する。年寄りの一人旅は苦境の連続になるだろうとぼんやりと予想はしていたが、思えばよくぞ無事に帰還できたものであった。それもこれも家族や見知らぬ人のお蔭であったのだ。

 宿泊予定の民家はソルグ川の近くにあった。川べりには様々な店が軒を並べ、川は静かに透明な水を湛えて潸々と流れ、川面には水鳥が戯れていた。ガイドブックには詩人はこの町で生れたとの記載をみたが、民家の主人はこの詩人の名前を知らなかった。それも不思議ではなくて、町中の観光案内所で詩人の名を告げ墓地の場所を尋ねても、職員の要領を得ない返答に戸惑わされるばかりである。とにかく墓地を訪ねてみるしかないのであった。路地の両側に並ぶとりどりの店を横目に、町を抜けると広い道路をただまっすぐに進んだ。すれ違う人に問い尋ね、行きつ戻りつしてようやく墓地を見つけることができた。だがこのとき一抹の不安が胸を過ぎった。ルールマランのカミユの墓地の荒蕪な一景が思い出されたからだ。そこで拾った石ころをポケットに、私は杖で地面を蹴るように歩きつづけた。墓地の女管理人の早口と身振から、おおよその見当はつけた。2時間ほどのあいだ無数の墓石から墓石へと眼はさまよい、暑い日差しが顔を灼き、心臓は呻き喉は渇くばかりであった。数字とアルファベで仕切られその位地は明解なのに、太り肉の女性はただ両手を激しく動かし方向を示してくれただけなのだ。大きな墓石の陰に熱い日差しを避けるように身を寄せ目をこらしたが、遂に詩人の墓を発見することはできい。汗をぬぐいベンチに仰向けに横たわって息をついだ。明るい青空を眺めやり詩人の言葉を想うよりほかに術はなかったのである。

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「ぼくたちは人間存在を、あらしの青さがいちばん適当な、大空の観点から、眺めるすべを学んだ」(「愛の手紙」)

「牢獄の執念にとらわれたこの世界で、けっして破壊されることのないこころを宿す川よ、ぼくたちを、あらあらしいまま、見はるかす地平の蜜蜂たちの友でいられるよう、守っておくれ。」(「ソルグ川」)

 1969年に刊行された本は、多くの詩と散文が収められていて、そこで、「ねむりの月」(1945年) 「エフェソスのヘラクレイトス」(1948年) 「アルチュール・ランボー」(1956年)を読んだ。特にシャールの「ランボー論」は短い文に特異な見解が披瀝されて難解ではあったが、ランボーの核心を射貫いていると思われた。これらの数編が「太陽にもっとも近い傷口」のように私の中に残っていたものだ。

 墓場からの帰路、古本屋で見つけた「Les Matinaux,1950」1947~1949(早起きの人たち)の一冊の詩集を買った。この詩集は戦後のもので、シャールでは穏やかな安らぎをみせる。「Rougeur des Matinaux」(早起き人たちの赤さ)は冒頭から「La vérité est
personnelle」と短いアフォリズムからはじまるが、「Entre ton plus grand bien et leur moindre mal rougeoie la poésie」(おまえの最も大きな善と、彼らの最も小さな悪の間で、詩は赤々と燃える)と、シャールの本質は変わることはない。
 1996年に日本で刊行された白水社の「フランス詩の散歩道」(安藤元雄)と「ミラボー橋の下をセーヌが流れ」(窪田般彌)の両方に、ルネ・シャールの詩が載っている。この二冊にはカセットテープ付きで原詩の朗読が聞くことができるのだ。
 上記の二冊とも抵抗の詩人としてシャールがとりあげられている。ドイツ占領下の抵抗運動が死と隣接したいかに過酷なものであったかは、映画「アルジェの戦い」を見たものならその一端を想像することできるだろうか。シャールの詩は拷問をうける肉体のごとく、言葉は簡素で生々しい。切り詰められた語句はまるで虚空へと投げられたかの趣きである。同志であり友人であったカミユは「ドイツ人の友への手紙」の中で「人間の偉大さは一極において現れるものではなく、同時に両極に触れることによって現れる」とパスカルの言葉をプロローグとしていたが、ヨーロッパ人への違和感はすでにこの手紙にその錯綜した心情が現れている。カミユはフランス人であると同時にそうではなく、その植民地の地中海を隔てたアルジェリアで生れて育った作家であった。
 ギロチンの刃の落下を直視するため、顔を上向きにすることを願う抵抗者の不屈の反抗心が、落下する鉄の刃と青空に浮ぶ雲との同等な軽さを持つこと。詩語は中空に浮んだ雲のごとく爽やかだが孤独の翳りをみせている。詩人がカミユに捧げた「激情と神秘」(Feuillets d'Hypnos,1946)の中から、つぎの一篇だけを取り上げてみよう。

LES POINGS SERRES      

Les poings serrés                             
Les dents brisées                             
Les larmes aux yeux                           
La vie
M'apostrophant me bousculant et ricanant              
Moi épi avancé des moissons d'aoùt                  
Je distingue dans la corolle du soleil                  
Une jument                                  
Je m'abreuve de son urine.                         

   にぎりしめた拳

にぎりしめた拳
歯はかけ
眼にはなみだ 
人生は
僕に呼びかけ 僕をつきとばし 冷笑する
八月の収穫(とりいれ)にうれすぎた麦の僕は
はっきりと見きわめる 太陽の花冠(はなわ)のなかに
一匹の雌馬を
僕はその尿をのむ。       
             (窪田般彌訳) 

 ソルグの町に川は静かに幾筋かの細流をつくって流れ、ところどころに古びた水車の姿を目にした。のんびりとした田舎の日曜には、骨董市が開かれ小さな町の賑わいは旅の傷心を癒やしてくれた。だがこんな地方にあっても、今では現代生活の荒廃に無疵ではいられない兆候を見ずにはいられないのだ。哲学者のハイデッカーがシャールの詩に関心を寄せ、二人の親交があることを知ったが、ヘルダーリンやトラークル等の詩に深く鋭い解明を示した哲学者がこの詩人へいかなる興味を懐いたのであろうか。対独に激烈な抵抗を行ったこの詩人とハイデッカーは、ギリシャ以前以降の形而上学の批判から生れた存在論の哲学の根本において、強く共振するものがあったのにちがいないと、勝手に想像を廻らせるばかりであった。
 なお余計な駄弁を弄するが、この露店で使われているストローはいま見直されようとしているプラスティックであった。スキューバダイビングの経験から海の環境がどれだけ荒廃しているかに気がかりの私には、マクロン大統領が原子力を将来半減したいとしながら、田舎では海を汚染し魚に害になる物質がへいきで使用されていることに敏感にならざる得ないのだ。こうした事実は足で地方を歩く旅行をしてみないとわからないことだろう。

 

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s_DSC06727 (1) ルネ・シャールとアルべール・カミユ DSC06726_convert_20181118182636.jpg



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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