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秋山駿「時代小説礼賛」

 若い頃、この気鋭の評論家の本に厄介になったことがある。例えば「内部の人間」とか「知れざる炎」というものだ。青年期というのは一種の精神の動乱状態を呈するもので、はげしい風雨に見舞われるかと思えば、酷烈な太陽に眩暈を覚えさせられ、自己の中心の振り子を常なく蠢かされて過す日々を余儀なくされるらしい。もちろんこの種の青年は少数にちがいない。多くの者は平均的な青年時代を通過し、多少の葛藤は抱えながら一人前となり、壮年期をむかえる頃には常識的な社会人の人生のただ中に浮沈する普通の人間となる。もちろんそれでいいので、それが一般的な社会人の生き方なのだから問題はないのである。
 時代によって異なるが、1960年代から70年代にかけて、青年期を過した青年の中には、戦前でいえば文芸評論家の小林秀雄のような人物から精神的な影響をうけるように、秋山駿の書いたものに自己の刻印を認める者もいたであろう。
 以前に、秋山駿というこの人物と酒の席で話しを交わしたことがあった。氏はまだ年齢では70歳前後であったろうか。「内部の人間」の話しをすると、懐かしそうに笑ったが、もう遠い昔のことでという含羞を察し、話題を当時世評の高かった「信長」に転じた。この文芸評論家が年を経て変わっというのではないだろうが、その当時江藤淳がNHKの「視点・論点」で嬉しそうにこの「信長」を紹介した。その情景を語ると氏はやはり愉しそうであった。私は随分この批評家の本につき合ってきたが、この人がこの「時代小説礼賛」を書くほどに、時代小説にのめり込むファンであるとは小知にして知らなかった。おまけにこの本は古本で1円なので早速に読んでみたのだ。最初の「時代小説について」を読んで、正直、私は驚嘆してしまった。吉川英治、柴田錬三郎、五味康祐、津本陽、藤沢周平等、実によく読んでいる。そして独自の時代小説観を持っていることに目を瞠った。日本の文化人で「武」の側面を見る眼があるのは、氏が戦時中に少年であったことから当然なのだろうが、氏が愛好する時代小説を、小林秀雄や岡潔、プルターク英雄伝やスタンダールの「ナポレオン覚書き」「恋愛論」、ドストエフスキー「罪と罰」と同列に論じる広闊かつ自在な精神の運動に賛嘆したのだ。いや広闊さだけではない。氏の筆は、その根底に「小説とは何か」「小説中の人物とはなにか」という文学の金床に触れているのである。読者はこうして、氏が吉川英治の「宮本武蔵」を批評しながら、つぎのような断言に遭遇することになるのだ。
「氏(吉川)が武蔵の中で出合ったものが、それだけ強力な動力を秘めていたのだといえるかも知れない。それは剣である。あるいは、剣をめぐる日本的情緒の深さだ。」
 あるいは「時代小説における読者の『現実的な生活感情の流れ』」を掴み出して氏は言うのである。
「剣が直接に或る人間の精神の表現であり、剣という一本の外形は、突き出されたその人間の精神の形である、いわば、それが剣の命である」と。
 「剣とは何か、日本刀が象徴する精神の行為のことである。剣をめぐっての思想、倫理、政略、そして技術の知恵と錬磨、あるいは生の態度とか心の深さといったものがある。つまり日本刀を振るって斬り合っていた頃の、日本人のさまざまの顔があらわれる」(「柳生宗矩と十兵衛」)。
「『柳生武芸帖』は単なる剣豪小説ではない。日本的な生存におけるその在り様の、精緻な報告書である。この傑作を描いたとき、彼は、戦後を生きるわれわれ日本人の弱点を射ていた。なぜなら、われわれは、戦後という混乱と、高度成長という近代による混乱との、相乗作用によって、われわれ自身の生のスタイルとか死のスタイルというものを、ほとんどまったく見失ってしまったからである」(「嗤いつつ生きた人・五味康祐」)
 秋山氏が記す時代小説からの片言隻句には、日本人の魂に直にふれあうものが実に多くあることには驚くべきものがあるのだ。
つまり凡百の日本人論や社会論などでは、夢想だにしえない思想の断面が、石ころのように地面に光って転がっている様に慄然として襟を正すことにならざる得ない。
 江藤淳の「成熟と喪失」から氏は、的確な言葉を掴んで我々の深部に直球を投げ込んでくる。
「彼ら(第三の新人)は昭和三十年代の産業化がもたらした具体的な解体現象をとらえ得ても、その先にある問題を、つまり内にも外にも『父』を喪った者がどうして生きつづけられるかという問題をとらえ得ていない」
 こうして氏は前記の「信長」という本に到達したのであったのだ。「内部の人間」や「舗石の思想」などから、氏の批評スタイルを、一個の石を凝視するものと思うのは浅見であろう。「人生の検証」は氏の精神の動力が日常の人間の諸事に及び、恋愛や友情などに独自の思想を表白していることを忘れるべきではない。
 氏に面接しているときに、私は質問をしたいことがあった。それは三島由紀夫へのインタヴューで、まだ若かった氏の質問に三島氏が色をなして怒る場面ががあったのだ。そのあたりの事情を聞きたかったが、この本の中にすこしそれに触れている箇所があった。それは三島由紀夫という作家の内面を見逃すことのなかった秋山駿という胆力のある俊敏な批評家の観察眼であろう。こうした眼の持ち主でなければ、時代小説における「剣」の一閃を凝視できるはずはないのである。
 とにかく、この類い希な批評本が中古本で一円という値段で埋もれているのは、なんとも惜しい気がしてならなかった。氏はあの小林秀雄から対談を求められたことがあったらしいが断ったという。氏と小林の間には対談で済むようなレベル以上の深い精神の
底流と確執があるに相違なく、また器用とも言えぬ氏が三島氏を怒らせてしまうと同様な羽目にもなりかねないことを危惧したことであろう。
 白井喬二「神変呉越草紙」、中里介山「大菩薩峠」、藤沢周平「蝉しぐれ」、そして、小林秀雄の弟子であった隆慶一郎。私は浅草の古本屋で「隆慶一郎短篇全集」を見つけて買ったことがあった。氏は若くして亡くなったが、小林の弟子になったエピソードが面白い。
 創元社の編集担当重役の小林があるパーティーで静かに酒を飲んでいる。そこに隆はいきなり立ってこういう。
「先生のところで働きたいんですが・・・・」
返事は簡単だった。
「いいよ。明日からおいで」
 ここで徳富蘇峰の「近代日本国民史・徳川幕府統制篇」なる本に出合うことになる。「彼我を対象してみると、隆という作家がいかに新しい視点を開拓するために、作家の想像というものを喚起したかが分かる」と記している。・・・・・。
 本題に戻せば、デカルトの「我考える故に我あり」と同様、現代を生きる人間の命が耀くその一閃にこそ、「剣」があるのだと。
 氏がこの一円の値段に貶められた良書で、言いたいことをつづめればこんなことになるのだろうか。
 この本には美しい白黒映画の写真が一枚ある。「眠狂四郎」(市川雷蔵)の円月斬りでの一閃を撮った一枚だ。対手の切り込みを躱し、ただ一刀で切り捨てている瞬間の剣筋の鮮やかさ。このとき、狂四郎の鯉口は左手で完璧に隠されている。これを見て胸がすかない者はいないだろう。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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