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プロバンス紀行(3) アヴィニオン

 早朝に着いたアヴィニオンは閑散としていた。ソルグの出発のバスの時刻をまちがえ民家を早朝に出てバスに乗ってしまった。家主の扉を幾度もノックしたが応答がない。仕方なく鍵は家主の扉の前に置いて、停留所から電話で失礼を侘びて別れとなった。気さくな地方の家主であった。
 アヴィニオン駅は補修中であった。迂回して町へ入る。土地になれてきたのか余裕が生れたようだ。店で煙草を買ったり珈琲を飲んだりして、誰彼となく会話を交わした。アヴィニオンは1週間いる予定であった。町の中央に大通りが走りホテルはその中央にあったので、通りを下れば駅へ上がれば法王庁の広場に出られる便利さだ。朝はゆっくり起きて、毎日、町中を散策する。美術館やローマ法王庁の城砦、アヴィニオンの橋を眺めて歩く。ホテルの裏通りに多くの店が点在し博物館や教会がある。大通りにはスーパーもあるので買い物にも便利だった。中華ものをここで買ったがスパイスに馴染めずあらかた捨ててしまった。ただローヌ地方のワインのマコン(1本700円)だけは、ホテルで一人飲んだが美味しいワインであった。
 フランス王の権力が強大であった30年間、法王はローマからこのアヴィニオンへ居を移されていたらしい。そこが法王庁の巨大な世界最古のゴシック建築となっている。杖をついて建物を見学した。首からタブレットを下げて、各広間でそれを翳すと建築当初の内装が綺麗なデジタル写真で見ることができる。最上階までのぼり、小さなレストランでワインを飲む。レストランには主人が一人いて、中国人か日本人かと訊かれたが、微笑して反応をみていると、中国と日本はどこが違うのかと、おもしろい質問をうけた。これが西欧の一般大衆の東洋理解なのだと思われる。
 アビニオンのMusée Angladon は一見の価値がある作品が実に多くあるのに驚いてしまった。別名ジャック・ドゥーセ・コレクションという名前の通り民間人が継承した美術品が陳列してあるのだが、ドガ、ピカソ、モディリアーニ、ヴァン・ゴッホ、セザンヌといった作品を目前にして、予想もしていなかった感動に襲われてしまったのだ。むかし、この地中海沿岸の地方に文芸都市の構想があったらしい。そのせいかこの町にはその香りが厳然と残っているのである。芸術はその土地から生れ、その土地の空気で養われて生きる。それはワインと同じで、生れた土地で飲まれてこそその本来の味わいが堪能されるのだろう。玄関の脇にルイ4世の彫塑をみて、こうした目立たない建物に伝統文化のふかい底力が存在していることを知らされた気がしたのである。
 ラウル・ディフィーは法王庁まえのプティーミュゼーで幾枚かをみたが、音楽好きな絵には喜びが満ちている。法王庁の庭からアヴィニオンの橋と川むこうにひろがる風景を眺めてしばし休息する。長い階段を降りて法王庁の広場に戻ると、多くの子供達がゲームをして遊んでいた。メリーゴーランドが楽しそうに廻っていた。そのそばに手回しオルガンのお爺さんが、可愛い寝むり猫を連れて佇んでいた。そうかと思うと、じっと不動の芸人が立ち、目が合うとチップを望んでチラリと目配せをする。映画「天井桟敷の人々」が思い出された。この広場には、夢の世界へ誘いこむものにあふれている。ハンバーガーにグラスワインで喉を潤し、ホテルへ帰る。
 バスタブに浸かって疲れをとり、ダブルベッドに横たわっ一眠りする。そして目覚めると、一冊だけ持参した本を読む。これは友人から推挽されたもので、「昭和の怪物七つの謎」(保坂正康)とある。日本で読んでいるので二度目だ。東条英機、石原莞爾、犬飼毅、瀬島龍三、吉田茂等を丁寧かつ実直に調査したと思われる内容で、なかなか面白い見解が披瀝されている。中でも最も興味を引いたのは「吉田茂はなぜ護憲にこだわったか」という章だ。新憲法は昭和21年11月9日に公布されたのは、この日が明治天皇が生れた日であった。吉田は日本の再生をこの日まで、歴史の時間を戻すことを願ったのは、「日本の民主主義は明治天皇の発せられた『五箇条のご誓文』にみられる」との昭和天皇の人間宣言に関わりを持たせようとの配慮からで、吉田はマッカーサーを説得してこれを認めさせたというくだりであった。戦争に負けても外交で勝つこともあると言った吉田らしい。まさかフランスのプロバンスのホテルのベッドで、この本を二度まで読むことになるとは夢想だにしなかったが、外国で自国の歴史について思いを馳せることは精神衛生上いいことではないか。訳が分らずに日本の外へ出たいとの衝動も、現今の日本を距離をおいて見たいというやむにやまれぬ切迫が私の無意識を突いたからにちがいない。
 夕方、ホテルのフロントに声をかけて外出する。ホテルの後に路地が迷路のように走っているのだ。その路地の突き当たりにある中華店へ行くのだ。ここの中華料理はまずまずのものであったが、なにか胡散臭い雰囲気があった。たぶん断定はできないが闇の金融活動に一役買っているのかも知れない。昼間、この路地をぬけるとすこし広い公園があった。日影は小寒いが南仏の陽ざしをうけたベンチは温かいので、赤ん坊を連れた母親が集まるところだ。乳離れをした赤ん坊に母親が、スプーンで子供の口になにかを食べさせている。おなじような親が集まって井戸端会議がはじまるのは、いずこの国も同じ光景である。これが平和というものだが、いつまでこうした平和がつづいてくれるのであろう。母親がいなくなったベンチに、いつのまにか顔色のよくない年とった男がひとり座っていた。きっと故国を離れてきたのに相違ないと、話しかけ「どこから?」と訊くと、トルコだと言った。男が欲しいのは「仕事」であった。先進国に来れば「仕事」があるだろうと、リスクを覚悟で故国を離れる「難民」が、EUの国々に押寄せているのである。国と国、国内での格差もひらくばかりである。冒険にちかい無謀さで国をでた私はなんだろうか。精神的な「難民」といえば贅沢なかぎりだが、EUを産みだしたのはこの種の精神上の欲求が底流にあるのではあるまいか。もちろん政治的、経済的な必要が大きいのには違いないのであろうが・・・。
 セットで生れたボール・ヴァレリーは一詩人であった。しかし、この詩人の頭の中に「世界」は発酵され、蒸溜され、濾過され、先の先まで腑分けされ、嚥下されていた。グラスに沈んだ一杯のワインさながらに。私の旅の杖は地中海の海辺へとむかっていた。さようなら、アヴィニオンよ。


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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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