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映画「ミリオンダラー・ベイビー」

 ボクシングとは猛烈な競技である。人間同志の殴り合いをルール化した見世物と言っていい。ボクサーのサクセス・ストーリーを映画や漫画にしたものは多い。ポール・ニューマン主演の「傷だらけの栄光」からシルベスター・スタローン監督の「ロッキーⅠ、Ⅱ、Ⅲ」や「明日のジョー」まで幾つもあるだろう。「傷だらけの栄光」はアメリカの伝説的なボクサーをモデルにしている。
 先日、偶々クリント・イーストウッド監督・出演の映画「ミリオンダラー・ベイビー」を観た。めずらしい女性ボクサーの映画であった。作家の三島由紀夫がボクシングを習おうとしたことがあった。本人が書いていることだが、一指導者がこう言って忠告してくれたという。「ボクシングは頭をやられるが、あなたはそれを承知なのか」と。作家という職業が頭を使うことだと明言し、忠告までしてくれたことに感動した氏はボクシングを習うことを諦めた。「作家の生命が頭脳である」ことを明確に指摘されることはこれまでなかったと氏は冗談まじりに書いている。異常に明晰ともいえる文学的才能を示した三島らしいがどこか孤独なエピソードである。アメリカの作家のトルーマン・カポーティが三島に会っての感想に「繊細だが傷つきやすい人間だ」と評していた。
 映画「ミリオンダラー・ベイビー」に話しを戻す。この映画は悲惨な結末で終わるが、アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演女優賞・助演男優賞をとり、それ以外に幾つかの賞にノミネートされた。むかし、テレビ番組の「ローハイド」でカーボーイの若者として記憶にあった。「ダーティーハリー」の刑事役で注目されたが、初期の映画でDJ役を演じた「恐怖のメロディー」は、一方的な女性の異常な愛情が、いまでいう「ストーカー」に始まって殺人行為に発展する凄惨なストーリーには身震いを覚えたことがある。恋愛が男女の合意にいたるなら幸福だが、それがいつストーカーという常軌を逸した行動に走らないとも限らない。ストカーという言葉がまだないころだったが、この映画はデスクジョッキーの甘い声に聞き惚れてしまった女性につけ狙われる男の恐怖を描いた恐ろしい映画であった。その後の彼のアメリカ映画界での活躍は素晴らしいものだ。しかしその道のりはそう単純な道ではなかった。カルフォルニア州の知事を1期2年間やったこともあった。この映画にアメリカン・ドリームを託したというイーストウッドにはアメリカの負の側面がよく見えていたようである。こうした目でみるとあの褒貶がある大統領もそれなりの見方ができるのだろう。
 マギーという家族の愛情を受けずに育った女性がボクサーを志願して、イーストウッドがいるボクシングジムで夜遅くまで熱心に練習に励んでいる。ジムのオーナーでもあるイーストウッドが演じるトレイナーと出合う。このトレイナーは選手の負傷を気づかいすぎて、挑戦を好むタイプにはせっかく育てても逃げられてしまうのだが、イエーツ(アイルランドの詩人でノーベル受章者)の本など読むインテリだ。やがて、二人は師弟関係となり勝利を重ねていく。そしてマギーはとうとうイギリスのチャンピョンと対戦するまでに成長するのだ。しかし、対戦相手に背中を見せたマギーの一瞬の隙をついた、ルール違反の強烈なパンチがマギーを転倒させ頸椎損傷の重傷を負い病院へ搬送される。病院で寝たきりになり、床ずれで腐った片足も切断され、失意の日々がつづけるマギーに家族が来るが、マギーの財産目当てであった。サインを拒んだことで家族からも見捨てらるマギーは、絶望から自分で舌を噛み切って自殺しようするが失敗する。「自分は充分に生きた。私のプライドを奪わないでほしい」とマギーはトレイナーに自死への幇助を哀願する。そして、遂に深夜病院へ来たトレイナーは呼吸装置をはずしアドレナリンの注射までしてジムからも姿を消してしまうのだ。
 見どころは女性同志のボクシング・シーンだが、英国のチャンピョンは平気でルール違反を度々犯し、マギーの目から血が吹き出る。止血の上手いトライナーだが血は止まらない打ち合いシーン。死を決意してまでも生きてきたプライドを守ることを願うマギーの生き様、それに手を貸して欲しいと願われて苦悩するトレイナーのラストシーンは秀逸だろう。少々重いシーンがつづくが暗いだけの映画では決してない。平凡な生活に対比されるボクサー人生がある。マギーは後者を選んだのだ。絶望の淵から「生の耀き」がマギーの人生を照らしていることが感得されるからだ。トレイナーがマギーの背中に記した”モ・クシュラ”ということばは、アイルランドのゲール語で「愛する者よ、汝は私の血」という意味であった。ある一時には英国とアイルランドは険悪な関係にあったことを思い出せば、この映画にはその余韻が反映してないこともない。
 個人的な嗜好で言えば「グラン・トリノ」のような妙味のある映画がクリント・イーストウッドの魅力でもあるのだが・・・。
 ちょうど日本では人工透析の中止が問題視されているが、ますます高齢化し寿命が長くなる人間の生命と家族を含む医療現場での葛藤を考えることに、この映画が参考となるか難しいところだが、その一端がここに顔をみせているのかも知れない。




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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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