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「孤島」ジャン・グルニエ

 夜、床に着こうとふと目に止まった本を一冊、書棚から抜き出した。それはジャン・グルニエの「孤島」であった。アルベルト・カミユの本を数冊机上に置いていたのは、若い時代に読んだカミユの本をもう一度再読しようと思ったからだ。だが、私は忘れていたのだった。それはあたまを掠めることもなかったのだ。

「アルジェで、はじめてこの本を読んだとき、私は二十歳だった。」
 床のあたまに据え付けたライトを点け、疲れた目をこらして仰向けになり痛む手を押さえながら「孤島」をぱらぱらとめくった。カミユのこの本へ序文は師への敬愛にあふれたものであった。ジッドの「地の糧」は16歳のカミユを興奮させたが当惑させもしたのである。だが「『孤島』の啓示は、私たちにぴったりだった。・・・私たちは道徳の靱帯からの解放される必要も地上の果実をうたう必要もなかった。果実は私たちの手近に、光のなかに、たれさがっていた。私たちはそえにかぶりつくだけで十分だった」とカミユは序文に記している。私はもう寝ることはできなかった。起き出して「孤島」を机上におき読み出したのだ。「空白の魔力」から私は一挙に「見れば一目で・・・」へ飛び移った。副題にはなんと「プロヴァンスへの開眼」とあるではないか。
一時の青春の記憶が甦った。

「どこかほかのところへ! それは若者の誰ものが真先に発する叫びである」
「認識とは交霊にほかならない・・・・」
「心に感じられる形象の布置、これこそ地中海精神をつくりあげているものである。空間とは? ある肩の曲線、ある顔の楕円形である。時間とは? 一人の青年が浜辺の端から端をめぐることである」
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 ジャン・グルニエの「日本語訳『孤島』のための跋」の原文を移しておこう。

      Postface

Peut-étre ne sommes-nous pas toujous nés dans le pays où nous avions cru naitre.
Notre enfance a pu connaitre la brume et c’est au soleul que nous aspirions.
Nous vivons dans un monde fermé et c’est le vide qui nous attirrait.
Une grande lumière qui n’éclaire ’’Rien’’ nous appelait vers l’Extréme-Orient.
Nous mettons bien du temps à connitre prédestination.
Nous en mettons encore manque plus à en reconnaitre les limites. Dieu nous manque et rien ne peut le remplacer jusqu’à ce que nous le retrouvions.
Mais un certain sentiment mystique de la Nature peut, en dehors de nos fatalités intérieures, nous faire communier dans un absolu.
                      J.G.



IMG00392_HDR (2) ルールマランのカミユの家と墓
IMG00391_(2)_convert_20190421140403.jpg ジャン・グルニエ



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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