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ボルダリング式人生処世法

  なぜ人は自分が関心を懐いた事柄・知識を他人へ知らせたいという欲求に捉えられるのだろう。学問(科学、哲学)、いわゆる芸術全般は、この欲求から発している。
 右目は徐々に視力を失い、右手はお箸も握れなくなった。だが読書や花や風景や絵画を見ることを止められない。かつて、海に魅惑されているうちに、ダイビングをおぼえて内外の海へ潜りはじめていた。高い山脈を縦走して下山するやいなや、亜熱帯のミクロネシア諸島へ飛行機で飛び、コカの葉を噛んで真っ赤な口をあけゼロ戦闘機、赤錆びた戦車が朽ち捨てられたパラオ諸島やペリリュー島の青く透きとおった深い海へ潜っていたこともあった。家の中での本から本への渉猟は速度は落ちたとはいえ以前と変らないけれど、昔も今も変らないこの人生にはもううんざりするね。人生そのものもっとひろくいえば生物の進化そのものが波線をえがいて少しでも高い処へ手を伸ばしより高い地平を眺められたらどんなにいいだろうか。
 先夜、むかし徹夜で読んだ「風と共に去りぬ」の4時間の映画を録画したはずがわずか18分で、どこやら風とともに飛んでいってしまったのには呆れてしまった。南北戦争のアメリカこそアメリカらしく、明日は明日の風が吹くと跳ね返りのお姉さんはスカーレット、インディアンと幌馬車と騎兵隊が広野をかけずりまわり、二丁拳銃の早回しに酒場のカウンターをウィスキーグラスがすべり、早撃ち同士の銃口が火を吹いていた。フロンティアを求めての砂埃のまう西部劇の本場こそアメリカはアメリカらしい国であった。バートランカスターやジョンウエンが決闘も辞さず悪者は悪者らしく戦い死んでいった。トランプにはジョーカーもあったけれどハートはちゃんと揃っていたのだ。それなのにいまやアメリカはイーストウッドの映画「許されざるもの」の様相となったようだ。一枚のハートもない保安官は酒場のまえになぶり殺した黒人をさらし者にして平気の平太。逆説は好きではないがいまの保安官は立派に西部劇時代さながらの度胸と腕力のある人物としてこのゴミだらけの退屈な世界を適度に面白がらせてくれている。いまや世界中に西部劇映画さながらの舞台が生れ手に汗を握るシーンでハートをドキドキハラハラさせてくれているといってもいい。まことに人生花嫁御寮テンポ正しく握手をしましょう。みなさん今夜は春の宵なまあったかい風がふくと詩人じゃなくとも歌いたくなる。
 さてボルダリング式読書の一冊に涙なしには読めないと帯に記した小冊子をみた。暇にあまして一読すれば会津の明治人芝五郎の艱難忍苦のその半生にムダなニュースを詰め込んだ空虚なあたまとこころの底に熱き泪もながれてきましょう。明治33年義和団の乱を実地にみた芝五郎はさきの大戦ののっけからその敗北を断言した。この人の遺言から少々古くはあるがつぎの二つだけをここに引き写しておくとしようか。
 中国は決して鉄砲で片付くような国ではないこと。中国とは友人となるとも決して敵にまわしてはならないこと。下手をすると「魯迅」を書いた竹内好の予言を思い出すからだ。
 そして最後にたった数行でその著者と作品を紹介するにはあまりに失礼であることをお断りしておかねばならない故人がいる。
そのむかし、私はこの人の作品論や「作家の態度」を含む数冊の本を読み、また翻訳を通して相応なる敬意を払わざるえないことを痛感してきたが、それを語るべき相手が皆無であることに淋しい思いを味わってきた。今回あらためて読んだ福田恆存の「ロレンス『アポカリプス論』覚書き」は聖書一冊から西欧の根底への透徹した洞察が窺われて見事としかいいようがない。いつの日かといっても残りすくないのであるが、この人の書物へ正対してみたいとだけ述べて筆をおきたい。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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