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トーマス・マン「幸福への意思」

 何時の頃かは忘れたが、トーマス・マン全集で幾つかの短篇小説を読んだことがあった。その中に「幸福への意思」という題名のものがあった。それは私に短いが強烈な印象を残したものだ。この作家特有の的確な形容詞による人物と情景の描写は適度に駆使されて劇的な効果を盛り上げ、芸術的な熱情と冷静な配慮がこの短篇に雅致ある雰囲気を醸し出していた。
 情景とはローマという街でありベルニーニの彫刻であり彼が創造したトレビの泉での友人との別れの前日にしたちょっとしたおまじないの描写である。
 少年時代にぼくが親交を結んだパーオロは最初から虚弱で芸術的な資質にめぐまれている繊細な神経の持ち主の少年として登場する。この少年は実は心臓を病んでいて医者からも生きているのが信じられないとまでいわれ、本人もそれを自覚している。やがて青年となりぼくと共にある富豪の邸へ招待される。そこでパーオロは一人の女性と運命的に出会い激しい愛情にうたれる。しかし、女性の父親から青年へ娘への愛を諦めてほしい結婚には反対であるとの手紙をもらう。以来5年間、青年は姿を眩ませて諸国への放浪の旅へでてしまう。その間にその青年への好感と厚い友情を懐いている話し手のぼくは、女性本人から青年への確固とした愛情の告白をうけ、ぼくは女性から自分の心情をパーオロへ知らせてくれまいかとまで言われる。そして偶然ローマの街角でパーオロに再会したぼくは女性の愛を伝えてやる。

「別れは簡単だった。ぼくがパーオロの幸福を、多幸を祈ると、彼は黙ったままぼくの手を握った。
胸を張って大きな展望窓のそばに立っている彼の姿を、ぼくは長いあいだ見送っていたーそして勝利が。
ぼくにはこの上、なんの言うことがあるだろうか?・・・・彼は死んだ。婚礼の夜の翌朝。―いやほとんど婚礼の夜に死んだのである。
 それは当然そうなるはずのことだった。彼がこれほど長いあいだ死を克服してきたのは、ひとえに意思の、幸福への意思のお蔭ではなかったろうか? その幸福への意思が満たされたとき、彼は死なざるをえなかったのだ。闘争も抵抗もしないで死なざるをえなかったのだ。彼にはもはや生きるための口実がなかったのである。
 ぼくは、彼が悪いことをしたのではないか、結婚をした相手の女にたいして意識的に悪いことをしたのではないかと考えてみた。しかし彼の葬式の時に、ぼくは彼の棺の枕がみに立っている彼女を見た。そして、彼女の顔にも彼の顔に見たのと同じ表情、勝利の晴れやかな、力のこもった厳粛さを認めたのである。」

 死とそれを越える愛の情熱と意思を湛えたこの短篇は、その後、年を経て幾度となく再読したが、トーマス・マンの芸術的な魂がその幸福への意思の力と善意と気品に満ちた凝縮と洗練されたこの短篇が、褪せることのない光輝を放っていることに私は感動をおぼえてならなかったのだ。
 私はこのトーマス・マンの短篇を、「魔の山」の長編の本を私に贈ってくれた学生時代からの友人に読ませてやろうとしきりに思っていたことがあった。私の友人はそのとき癌を宣告されて闘病中だったからである。もしかしたら、この「幸福の意思」の小説が、彼の生への意思を励まし闘病に勝利するかも知れないと甘い幻想を懐いたからである。だが彼の病魔の進行は私の思案などよりはさらにさらに早かった。翌日には古稀を迎える夏の日に彼は亡くなった。最後に共に呑んだ酒場へ私の足が自然と向くことがあった。一人飲んでいると爽快な笑い声がときに聞こえるように思われたのだ。



              
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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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