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詩「祖母」

昭和46年 庭に鶏頭が炎える夏
祖母はついに九十二歳の生涯を終えた

人は誰も年老いて死ぬ それを嘆くのではない
ただ故人の忘却の彼方へ消えさるを悲しむ

「生きることは地獄 わたしは地獄からあの世の地獄へと去くんだわ
そんな祖母の悲痛な生の呻きと 枯野をすぎる微苦笑が
幽かな含羞をうかべて 老女の華やいだ科白のようにいま甦る

「陶酔」なる詩誌を主宰し 秀才の誉れ高き長男は二十五で夭折し
内村鑑三を師と仰いだ次男は 原典の聖書を読み耽り
路上に乞食をみれば 給金のあらかたを施し
事務所の机を厭いて 痩せた身体を苦しい労働の現場に投じた
理想肌のクリスチャンが結婚し だがその嫁にいびりだされるように
ただ一人の娘のところへ身を寄せた祖母は
わが家の部屋の隅に 背中をまるめて寝起きし
それでも書を離さぬ 明治の文学少女であったか

「おお わたしのアンナ・カレリーナを貸しておくれ
そんな本をわたしが持っていたかどうか忘れたが
冗談に私が貸し与えた「ランボー全集」を読破すると
驚くべし その老体はなんと生き生きと甦ったことか!
それならばと 戦後の家族制度を盛った新版の「親族法」を読ませると
それさえ理解したのか 「なんと変ったかえー」
となにやら淋しげであった

 「花の命は短くて 苦しみことのみ多かりき
放浪記の林芙美子は 晩年まで詩を書いていたらしいが
老醜を晒しても生きねばならぬ現実と おお
あなたのアンナ・カレリーナの なんという奇妙な同居!

猛々しい夏雲は いま襤褸の空を押し上げて
真っ赤な鶏頭は 地にくっきりと黒い影を落としている!



1995年(昭和60)に刊行した第三詩集「カモメ」に載せた詩の一篇である。詩集の「あとがき」に私はこう書いていた。

「戦後50年というらしい。敗戦小説の傑作「浮雲」のなかで、林芙美子は『みな、いきつく終点へ向かって、人間はぐんぐん押しまくられている。富岡は、だが、不幸な終点に急ぐことだけは厭だった。心を失う以上は、なるべく、気楽な世渡りをしてゆくより道はないと悟った。』
 これが過去のまた現在の日本における生活者の感慨である。これ以上なにを語る必要があろう。
 わたしには1970年(昭和45年)から今日までの、25年間のほうが大事である。わたしの人生があるとすれば、それは1970年の1年の経験よりはじまったといっても過言ではない。
 処女詩集「弧塔」を1975年(昭和50年)に、それから15年後の1990年に「海の賦」を出した。今回の「カモメ」には、できることならニコラ・ド・スタールの同名の絵で表紙を飾りたかったことだけを、最後に付記しておきたい。」

 最新の小説「花の睡」の最終頁に、庭に咲く「鶏頭の花」が出てきているのはどうした偶然だろうか。私はこの小説に「祖母」の息子の「叔父さん」を猫の名前の一つに使ったが、この真っ赤な鶏頭の花は、そのまま、祖母が風呂敷にした日の丸の旗の赤、血のにこごりのような鶏頭の鶏冠であったことが、作者自身を驚かせたことをあえて注しておくことにする。




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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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