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メロンと友人

 北海道からメロン「フラノ君」が二個送られてきた。かの地は暑かったり寒かったりでたいへんなのだそうだ。我が家のアメリカン・ショートのトランプ君、早速、その甘い香りに引き寄せられてやってきた。進出きぼつで、ロケットマンも散髪したての頭に、いまではファットマンの躯つきで、トランプ君のあとをついて回っている。南から北。北から南へ。だがこれは喜劇ではない。国際政治の外交取引の現場の一風景なのだ。
 
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 フランスから来たばかりの娘によれば、パリでは35度の気温で、老人が倒れているらしい。タクシーの運転手の話だとドイツでは40度の暑さと言っていた。そしてエールフランスで帰国した友人はパリでおもてなしをうけ、パリ2週間とその近郊を旅したそうだ。転載の許可を得たので、友人のこの楽しそうなメールを写してしまおう。

<ブルゴーニュで5ヘクタールの葡萄畑を管理していて、今年引退した長女の旦那の父親と移民関係の仕事をしている公務員の母親、このご両親の居宅を新幹線と義理の息子の運転するレンタルの自動車を乗り継いで訪問した。フランスのご両親も、前に日本の我が家を訪問してくれたときの写真や自分の子どもたちの少年時代の写真などをあちらこちらに飾り、広い家のあちこちを案内して見せてくれた。地下のワイン蔵にはワインが山ほど保管されていた。その中で一番上等のワインもご馳走になり、赤と白とどちらが好きかと聞かれて赤だと答えたらお土産にこれも最高級の赤ワインをもらった。(ガイドブックにワインの等級の見分け方が載っていて、高級ワインはAOCと分類され、記載される地域が細かいほど高級。したがって畑名であるロマネ・コンティは最高級品というわけ。僕が飲んだのは違う畑)。4日後に彼らとパリで再開し五日間を民泊で共に過ごし娘夫婦の先導でいっしょにパリを巡った。フランス人のご夫婦とは朝から晩までずっと一緒だったので和仏電子辞書で単語を確認しながら、片言でかなり話した。僕のフランス語の実力不足はいかんともしがたく、書に頼る時間が多かったが、彼らは、特にお父さんのエルブさんはもうとてもとても良い人で辛抱強く僕の片言のフランス語に耳をむけてくれた。少し英語も話した。それにお皿を洗ったり食事代をみんな奢ってくれようとしたり巨体だから歩くのが早いのにこちらのペースに合わせてしょっちゅう後ろを気遣って歩いたり頗る付きの良い人。
(中略)パリやパリ近郊はずいぶん回りました。(付録の短歌に少し記録を書いた)娘夫婦∔孫+犬の彼ら一行のあとをついていけばいいだけだから楽なんだけど娘は街歩きが好きだから、1日2万歩くらい歩いたかな。僕は歩きなれてるから大丈夫だったけど、女房とエルブさんの奥さんのマリアンヌさんがへばっていたね。それで娘もさすがに懲りて早めにスケジュールを切りあげたりメトロを多く利用したり。おかげでパリの地図も頭に入ったし新幹線やメトロの乗り方も覚えたし、安い宿さえ見つければ気軽にパリには行けるね。日仏両国の祖父祖母が初めての孫の璃奈(LINA)に会うのが今回の旅の目的の大半だったけれどこれも良かった。
 ホテルではなくて民泊でマンションの広い一室を借りて過ごしたので孫を囲んで交流がしやすかった。ソファベッドがあるので僕らの寝室にもなるリビングダイニングに全員集合できるから。付録でぼくらの冊子に提出した短歌をつけるね。文学作品ではなく。旅の記録として記したものです。>

 こういう家族旅行の愉しそうな一齣を読んでいると、不運つづきのぼくのこの半年は悪夢としか思われない。
 ここに別の友人のグループ展を横浜みなとみらいへ見に行った記録と日本画の力作3点を掲載し、地方の友人が書いた短篇小説の感想とその友人が数学の勉強をはじめたことを録すれば、この国の晩年を生きる人生の風景がみえてくるだろうか。
 毎年開催される「緑青会日本画展」へ今年も行った。日程上調整がうまくいかず、初日に顔をだしたが忙しい中を時間をさいて案内をしてくれた友人は元気そうでなによりであった。今回は「椿姫」「静御前」「シルクロード幻想」の日本画をみた。やはり「椿姫」が出色のできだろう。椿の花を背景に横顔の日本美人が白い肌をさらし半裸で佇んでいる。上半身の着物をさらりと脱いだ日本美人のどこか翳りのある切れ長の目に意図せざるエロスを感じる。ふと男の色気さえ匂うが西欧のあの迷宮のエロスではない、紛れもない日本女性の放つ鮮麗な艶だ。「静御前」の能面にもほどよい艶が滲み上品な微笑がうかび生々しくさえある。「シルクロード幻想」の半眼に鎖した男の顔を領する厳しい面立ちにもかかわらず、頭部に捲かれたターバンの色彩はまさに幻想的で夢の世界へ舞うがごとく淡い配色に飾られている。背景の茶褐色はシルクロードの土の色と香りを想わせる。画家は正面からなにかに向き合おうとしているのか、それとも、この世にない美的世界を憧憬しているのか、その両者のあわいに佇んで瞑想しているようである。換言すれば何事かを待っている静的な趣きが共通したトーンをつくっている。だがこれ以上個人のかってな想像をかさねるのはやめておこう。パスカルがパンセの中で絵画を否定しようとした淵源には旧約聖書の神の声が響いていただろう。だが現代の画家はタブローに自由を創造する。マティスは「神がいなければ私が神である」とまで記したのだ。マーク・ロスコの色彩の抽象の平面をみて涙が流れるのを誰もわらうことはできない。

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 そして、地方の友人が書いた「交差点」という短篇小説は、老年のタクシードライバーと横断中のこれもまた老年が乗った自転車との不如意なアクシデントから、二人の老年の生活の実相が確かな筆致で描きだされている。老後の夫婦はお互いの皺のごとくにはっきりとその関係がうかびあがらせ、親子の愛情も積もった根雪ごとく容易に溶け合おうとはしない日常を露わにする。このぎこちない家族関係はどこからきたものであろうか。これは現在の各人の不甲斐ない人生の末路にぼんやりとうかびあがる交差点の情景だ。互いの自我や思い込みが長いあいだに作り上げた澱のようなものだ。ふと見た黄色いコートに過去の女の幻影を追いもとめる男は、路上に流れ出したワインを舐めてでも、夢のような人生に確かめられるものがあるかとの思いに駈られもするのだが、詮無いことを知らされる。これが人生の晩年の当てもない風景なのである。最後の一行がこの短篇に生きてくるのはそのためであろう。
「三角巾の中で、右腕がずきりと疼いた。その痛みは本物だった。」
日常の現実が仮想化してくる時代ではあるが、本物のものなどこの世になにもないと思って誰も生きているわけではない。だが、本物にであう契機がこうした「痛み」を伴ってくるのなら仕方がないとうけいれざるえない。お釈迦様はこうした人生の四苦八苦に仏さまに出合う機縁を説いておられるのだから。
 とまれ、作者が文学から数学へ傾斜していくのは自然の成り行きなのだろう。先日亡くなった文芸評論家の加藤典洋氏が80年代に柄谷行人の「畏怖と不能」―「隠喩としての建築」で、柄谷が文学から哲学と数学へと方向転換をしたことを論じ、「比喩の名人」であった氏はさいごにこんなことばを残していた。これは柄谷の計算機のような世界認識に対する批判がこめられているのだが、隠喩にたいしては隠喩で応じようとする氏の人間らしい意地がうかがえて微笑ましい風景であった。
 「網は魚をつかまえるが、一尾の魚のもつ世界が網より大きくなければ、もともとその網が存在しない」



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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