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老年の戯言

A)私は、自分の青春を、愚昧と迷妄の靄を走るように過ごしてしまった。気がついたら老年をむかえ、いまだ五里霧中とはなんという人生かと、慨嘆を禁じ得ない。ところが君ときたら、若いときから早く歳をとって、老人になりたいなんぞと嘯いていたね。
B)そんなことだったかねぇー、はて、よく覚えていない。
A)「大器は晩成なんだ」とか言ってなかったかい。
B)まさか、それは君の記憶の改竄ではないか。私はただ「青春」の過剰から、精神の老熟を夢想していたに過ぎないのだ。君はその過剰に身体をのせて、サファーのように楽しんでいたのと違うのかな。
A)そんなふうに見えたかい。私は「燃えなければ苦しむ炎なのだ」というスタンダールの情熱的な名句を好むけれど、爽快な大空を飛翔しようとして、暗愚の竜巻に身を揉んでいたのだ。私が青春に訣別の礼をつくしたのは、28歳の昭和55年(1975年)だった。この年の5月に、ヴェトナム戦争が終わり、昭和天皇が初めてアメリカの土を踏んだ。8月に私は数十人のグループに紛れて、南太平洋のパラオ諸島の海へ潜りに行った。毎朝、旧日本軍がパラオ松島と賞嘆した景勝地、大小無数のマングローブの島をぬい、エンジン音を響かせて、エメラルドグリーンの海の沖へ潜りにいっていたのだ。あの亜熱帯の美しい海で、私は青春の残滓をどうやら洗い流すことができたようだ。真っ黒に灼けて帰国後、爽快な精神的な空白を迎えた。第一詩集を自費出版して、私がやることはもうなにもなかった。11月下旬の国鉄のスト権ストライキの最中に、私は独身生活を止めた。土に帰って、百姓の生活を始めたのだ。
B)私は田舎へ帰り、家業を継いだ。「鴎外 闘う家長」(山崎正和)は私の背中を押してくれた。私は「大家族」を営み、君は「核家族」から、新たな出発を図ったわけだ。
A)爾来、茫々30余年が過ぎたのだ。壮年時代というものはたしかにあるね。それはこの社会で否応なく他人と交わりながら人生を過ごす長い期間だ。昔なら「成熟の年齢」なのだろうが、戦後のそれは「喪失の年齢」でもあったわけだ。経済成長による産業の隆盛により、世界中で「自然」の破壊が進み、平行して人間の内なる「自然」も荒廃させられたのだ。そこに「母」の崩壊をみて「治者」たることにより、「成熟」を図ろうとした評論家もいたが、1980年に「なんとなく、クリスタル」(田中康夫)が世にでた頃から、時代の潮流が変わり始めた。この80年代になると軍事と核反応の計算技術から発展した電子計算機が、いまのコンピューターに発展して、第三次産業の拡大で産業構造が変化して、消費化社会が情報化社会とが手を携えてやってくる。80年秋に神奈川県で起きた「金属バッド両親殺人事件」は、「コミュニケーション不全症候群」(中島梓)として取り上げられるように、その後の社会の精神状況を予兆する象徴的な事件として、藤原新一の「東京漂流」に写真が載り、1991年に発行された中島の本の「はじめに」で書かかれているように、「一体いつの間にか世の中がこんなに狂ってしまったのだろう」という述懐として、80年代から続く日本社会の爛熟のうねりとなり、遂に、戦後50年にあたる1995年2月の淡路神戸大地震に踵を接するように、オーム真理教の地下鉄サリン事件でそれまでにたまってきたマグマが噴出する。
B)まさに「終焉」の季節の到来だ。「歴史」や「悲劇」や「青春」の終焉として。私が帰った田舎では、拉致だとか監禁だとかの奇怪な事件が頻発し、それに大地震があったりした。「マネー敗戦」による「失われた10年」からの復興は果たせないまま、ずるずると経済は低迷をつづけ、冷戦構造の世界は2001年のアメリカを襲った同時多発テロとアメリカ発の「金融恐慌」により、世界は多極化の様相を濃くして資本主義経済は危機を迎えているようだ。
A)我々に残された人生の時間はそうないと思うが、せいぜい未読の日本や世界の古典をじっくりと読んで、精神には年齢などはなく、あるのは年輪だけだと、胸を張っていたいものだな。
B)私は今度「社交ダンス」をはじめたんだ。「社交」と「ダンス」については、むかしから考えてきたことがあったから、妙な想像はしないでほしいな。前者は山崎正和の「演技する精神」、後者は「バレエ」からきているのだよ。
「バレエ」といえば草刈民代のヌードの写真が新聞に出ていたけど、筋肉と筋の彫塑のような身体にはあまり魅力を感じなかった。感性が老化したためだろうか?
A)君は川柳もやっていたね。君の地方の川柳は長い経験を積んでレベルが高いとおもう。俳句だとか、短歌なんか地方の人のほうが盛んだね。芭蕉のむかしから、インターネットはないのに、すごい緊密な人間の交流があった証拠だ。ことばが人間とともに別のことばを呼ぶのだ。ブログのあの垂れ流しの文章を君が厭がるのも分かる気がする。昨年物故した中島梓は「パソコン」オタクを自認し、既述の本もパソコンで叩いて書かれている。文章は打撃のリズムに乗っている。彼女は文芸雑誌「群像」の評論部門の最初の受賞者で、「文学の輪郭」を書いたのだ。社会的病理の分析は自分を視野に入れて始められるのがいい。彼女の問題意識は、女性男性を問わず、「オタク」と呼ばれる社会現象を「死に至る病」(キルケゴール)として広い角度から照明を与えて、「現代」の精神の症状を分析のメスを入れようとしている。別名、栗本薫での小説でも1年に200冊なんて、よく書いたものだが、オタク的精神は限度を知らず無理をしてしまうものだ。53歳という若さで亡くなってしまった。余りに多才な能力がありすぎたね。可哀想な感じがする。
B)我々の老年の戯言もこのへんにしておこうか。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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