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梶井基次郎「愛撫」

 人の指は繊細な感覚をもっている。若い頃、サルトルの「存在と無」で「愛撫」の哲学的な分析を読んだことがあった。人間の対自的・対他的な存在を現象学的に精密に解析したこの本の難解な執拗さに呆れるばかりで、いまではその内容はほとんど憶えがない。だが小説の「嘔吐」は繰り返し読んでいた時期があった。この哲学的な小説は読むに値したからだ。
 さて、文庫本一冊に収まる梶井基次郎全集の一篇「愛撫」はこんな冒頭ではじまっている。
「猫の耳というものはまことに可笑しなものである。」
それから作者は猫の耳についてのじつに適格な形容でその実態を描写する。つぎに猫の耳を抓る老人の具体的な叙述がはいる。これと同じ人物を子供のときにみたことがあった。その人は猫の耳をしきりにいじりまわしていた。最近、このことを思い出して自分でもやってみた。それには理由があった。私は右手と左手で指の感触を違いを確かめたかったのだ。じつは右指は手の骨折により痺れている。左手は正常である。正常な左手の感触はつぎのことを教えてくれた。それは猫という動物の生存には梶井が描写したとおりの耳が必要不可欠であるということだ。猫は家にいながらにして、家人の夜の帰宅を余人が想像もつかない遠くから聞き取ることができるのだった。その音を聞き分ける能力には驚嘆すべきものがあった。早速玄関で帰ってくる家人を迎えるべき行動をとって待機する。じつに忠犬ならぬ忠猫なのである。家人によると我が輩に対しても同じだという。たしかに帰宅する自分を玄関で嬉しそうに待っている猫の姿は愛らしい。
 猫は薄い柔らかい皮をアンテナのように機敏に動かして外界の音を聞き取ろうとしている。聞きなれない大きな音にはすぐに警戒態勢をとるが、反対に自分に好意をもって来る者にはいそいそと自分から近づいていくのだ。近隣にこの猫を玄関の隙間から見かけた子供が名前を呼びながら来訪するとそわそわと玄関へ移動していく。この猫に子犬が好意を懐いたとなると子供と変わらない動きをする。そして、短い二本の前足を揃えて澄ました顔で犬に対面するが、子犬が吠えだすとすがたを隠す。なかなかの役者なのだ。ところで、痺れた指はそうでない正常な指に比べ、猫の耳のしなやかさ、梶井の「愛撫」で切符切りで穴を空けてしまいたくなるというような奇怪な衝動などに陥る余地もない無感覚を呈して無能であった。これでは愛撫には役にたたない。痺れは指にゴワゴワした厚手の皮の手袋をはめた感じである。これではピアニストなら演奏に支障がでるだろう。指が鍵盤に触れる感度はピアニストの演奏にいかなる影響を与えるかを聞いてみたい。ここで昭和3年に書かれた「器楽的幻覚」という梶井の作品が思い出された。ホテルの会場で「私」はピアノの連続演奏を聴くのであった。やがて緊張と興奮と孤独感が「私」を石化する無感覚に襲われ、愕然として内心の声を聞く。
「なんという不思議だろうこの石化は? 今なら、あの白い手がたとえあの上で殺人を演じても、誰一人叫び出そうとはしないだろう」
 梶井基次郎の文学は昭和の初年代に集中的に書かれた、特異な日本のデカダンスを表現する詩的な散文といってもいいだろう。「桜の樹の下には」はその代表作であろう。「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた」ではじまる「檸檬」は関東大震災の翌年大正13年の作品だ。これは京都の丸善が舞台だが、谷崎潤一郎は関東大地震を箱根の山から眺めて、「燃えろ、燃えろ」と悪魔的な科白を吐いている。震災の前後から昭和のはじめの時期、日本の文化の深層にはデスペレートなマグマが伏流していたようだ。ちくま文庫の全集の解説者・高橋英夫は「透明な感性の祝祭」を梶井の文学にみているが、この「祝祭」には不吉な予感も含まれている。この時代の文学の底辺には爆発をもとめる窒息感が充満していたようである。その数年さきには2・26事件が待っていた。大正の終わりから昭和の初期の短いエアーポケットのような時代を梶井の文学は、その短い生涯と共に閃光のように時代の闇を照らして消えた。誰もその文学の軌跡をつぐ者はいなかったが、文学は猫の耳のような繊細にして柔らかなアンテナで時代の音調に耳をすましているものだ。
 現在の日本に目を転じてみよう。相継ぐ災害に見舞われ、巷に氾濫する犯罪の連鎖は正常な感覚を喪失した痺れた指のように、この現代の不吉な兆候を示すものでないことを祈りたい。少なくとも、文学だけは「透明な感性の祝祭」であって欲しいものだ。加藤典洋は遺書のような「9条入門」を残してあの世へ旅立った。この含蓄に富んだ一書から日本の「窮状」を予感し、その隘路を抜け出る示唆を得ることはできないものだろうか。梶井基次郎の「愛撫」から、とんだところへ筆が走ってしまったが、人間にある動物的な直感力は猫の耳のように、遠方からの音に敏感に反応しているのではないか。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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