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次郎長の青春

 阿佐田哲也の「麻雀放浪記」を面白く読んだ人は、この著者が直木賞作家ではあるがまた稀代のギャンブラーであることはご存じだろう。友人から是非に読めと、むかし、「怪しい来客簿」(泉鏡花賞)という文庫本を貰った。戦中派のこの人はじつに多くの人間と交わり、その生き死にと、戦後の暮らしぶりを自ら体験してきた。重い題材を軽妙に語る作家は「離婚」という小説で直木賞を受賞している。結婚から離婚までの経緯が書かれているが深刻な話しにはなっていない。この「次郎長放浪記」の原題は「清水港のギャンブラー」。家を飛び出し無宿者の青年の生き様が溌剌に描かれている。一番の舞台はやはりツボ振りの賭場の駆け引きにある。丁半の博打からはじまって、世の中が乱れはじめた江戸後期の博徒たちの、転がるサイの目に運を賭け、いのちの糸がピンと張った賭場の空気が伝わって、遊び人たちの切り詰めた丁々発止の科白のやりとりがなんとも気持がいい。「私の旧約聖書」でアブラハムにかこつけて愛した「放埒の気配」が賭場には漂っているからだ。
「この物語に手をつける前に、一応、次郎長に関する史実と称されるものに眼をとおしてみたが、おおむね興味をひかなかった。史実といったところで、事実は本人の胸の内にしかないし、又私自身、次郎長に限らず他人がどうしたこうしたということには興味はない」
 ここに「麻雀放浪記」の作者の余分なものを切り捨てた潔い度胸が座っている。だからといって、作者がこの世間を見る目には油断はない、むしろ明敏で冷徹なほどの神経が働くのであるが、その目がふと緩んだ瞬間、細やかであたたかい気配が広がる。作者の本領はここにあり、やがて清水港の次郎長という親分に治まる一青年へと投影されていくのだ。
 「色川武大」(「ちくま日本文学全集」)の解説には、人生論や人となりについて書かれている。いかにも面白いので抜き書きをしておきたい。
「人間、ツキのフクロの大きさは同じだ。勝ち過ぎれば必ずやぶける。・・・・どんな話しでもできて、優しい人だったから、友達はとても多かった。年齢も職業の範囲もやたら幅が広い。色川さんは誰の悪口も言わなかったし、色川さんを悪く言う人もまったくいない。」
 あるとき旅の托鉢僧が次郎長の人相を見て、「おまえはなかなかの顔立ちをしている」という。養父が亡くなり清水の甲田屋の若旦那であった次郎長はその翌日には無宿者の道を歩き出している。もう店の金をチョロまかして賭場で遊ぶことはできない。遊び友だちも不運から賭場で片腕を切り落とされ片端者になった。
「ああなってはおしまいだ。ああなりたくはない。無宿者は、賢く、素早く生きるだけでは不足で、目先の不運を避けて通る力を養わなければならない」
 そこへテラ銭を貸す小冨(今の闇金)が近づいていう。「世の中はだんだん新しい方向へ向かってる。新しい世の中には、新しい悪党が出てくる理屈だ。長さん、お前、ひとつ、こっそりとテラをとってみねえか」
 ここから次郎長の豊川の賭場へ足をむけ、尾張藩槍組の小頭、山本政五郎(後の大政)、保下田村の名主の倅、九六たちに出合うことになって、ストリーが動きだすのだ。
「博打に友情も何もない。強い者、ツイている者に同調することだ。素早く同調できる者が実力者なのだ」
 だがこの賭場に捕り方の侵入をうけ、次郎長は九六と共に牢屋へとぶち込まれる。これで中途半端な贅肉がとれ、次郎長は九六と一緒に牢名主の権威に屈せず、俺だって人間なんだという、ほんものの無宿者になる。博打に罪の意識が消えていく。
(ケッ、何が御定法だイ―)
 百叩きの刑にあったあと、十手持ちの武市親分に連れられ一宿一飯の恩義になるが、次郎長の自由に生きたいという青年の夢はふくらんでいく。この次郎長の若者と親分との会話はこのロマンがリアルなこの現世の掟との対比のうねりの中にあることを示す場面だ。人に関わって生きていかねばならない。関わればそれなりの報いを払わねば生きられない因果を、これからの次郎長はとくと知ることになるだろう。事を起こせば、その一家の者から付け狙われることになるが、これを救うのは次郎長の育ちのよさと愛嬌であると作者はそっといっているようだ。
「侍の世界でも、勤王、佐幕、なんとかかんとかいいやがって群れていやがるだろう。町の世界でも、いろんな群れがいても不思議じゃない」
 この裏街道の町へと長じて清水の親分となる不良少年の次郎長が、大政、小政、法印の大五郎等と徒党を組んで、悪戦苦闘の青春の日々を、博徒として生きていく幕末のロマン小説を洒脱に書ける人は、「麻雀放浪記」の阿佐田哲也以外にはいないだろう。



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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