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加藤典洋 (3)

 「さよなら、ギャングたち」に書いた加藤さんの解説は、「それってどういう意味なんだい?」という言わば加藤節ともいうタイトルで、副題に「―この小説の言葉、それからこの小説がそれでも小説であること」というやはり特有なネーミングがつけられたものです。これは高橋さんの小説「さよなら、ギャングたち」、が持つ意表をつく文体に照応しています。この解説文の最後の二行は、そのまま、加藤さん自身へと反転するものだと思われます。
「そして、さようなら、ギャングたち、であろうとするとは何か、といえば、それは、―ねえ君、世界との切断それ自体を生きる、そういう心づもりの、定言化なのだと思う。人を重力つき・富士山型、よれよれ、のスケーターにするのは、いつもこんな生の一人二役の要求である。」
「重力つき・富士山型」と「よれよれ」という形容句が、「一人二役」の人格分裂の様相が暗示されて興味が惹かれます。なぜなら加藤さんはこの「一人二役」の人格分裂を戦後の日本の根底に見いだすことになるからです。
 それは加藤さんのデビュー作「アメリカの影」(1982年)の随所に反復され、加藤さんの思考を駆動していくものです。この歩行の方法は加藤さんの評論の通奏低音となり、様々な変奏と転調をしながらも生涯にわたり続いていきます。加藤さん自身この方法による批評を自覚的に展開したからです。
「『アメリカ』の影―高度成長下の文学」は江藤淳が賞に推した田中康夫の「なんとなく、クリスタル」を手がかりに江藤淳を論じています。眼目は「成熟と喪失」(1966年)から「『ごっこ』の世界が終わったとき」(1970年)までの江藤の批評の姿勢に照準を合わせています。最後はこんな文章で終わっています。
「ぼく達は、高度成長に遅れまいと、感受性をとぎすませてきたのだった。しかし、いま必要なのは、その逆のこと、その感受性のふたしかさをこそ足場に、高度成長を見、また、「国家」を見上げることであるように思われる。」
 二番目の「崩壊と受苦―あるいは『波うつ土地』」(副題は後に「あるフロンティアの消滅」と改題)(1083年)は、磯田光一の「戦後史の空間」への違和感を表明したところに、顔をだすものです。この「顔をだす」は加藤さん印の表現のひとつです。
 ここで加藤さんは、こんな磯田の批評文をやり玉にあげます。
「戦後改革のもたらした諸制度の結果、旧時代の様式のくずれたあとに投げ出された個人は、帰属感を失った個体として何ものかに依頼心をもちつづけているようにみえる。」
 そして、つぎのようにつづけます。長い引用になりますが、ご容赦ください。
「ぼくはここに、ぼく達のおかれている状態を形容する時に現われる、この数年のさまざまな動向に特徴的な一つの問題が、顔を出していると思う。
 それは、一言でいうと、ぼく達は、いまぼく達のおかれている或るよるべない状態について、これは何であるというように、名を与え、これを解釈するが、何か、その言及そのものによって、ぼく達にそのよるべなさの実態が、見えなくなってしまうというー奇妙なー問題である。(中略)ここで指摘したいのは、その問いの成り立つ場所を奪っている事実である。
 ぼくはここに現在のぼく達に特徴的な問題を見る。(中略)何だ、みんなフィクションじゃないか、というような、投げやりともいうべき感想が生れるとすれば、それは、ぼく達がそのことを直感的に感じているからだとしかいいようがないのである。ぼく達がいま経験しているのは、どのような事態か。ぼくがここで考えてみたいのは、そのことに尽きるが、なぜぼく達自身の『経験』にたいする問いさえが、隠されてしまうか。このことが示しているのは、おそらく、この『崩壊』の、ぼく達の予想を遙かに越えたただならぬ深さ、ということなのである。」
 長く引用した「崩壊と受苦」(1983年)は「アメリカの影―高度経済成長下の文学」(1982年)と「戦後再見―天皇・原爆・無条件降伏」(1984年)のまんなかに収められた評論です。加藤さんの透徹した分析に支えられ現状認識にあることは疑問がないででしょう。そしてこれは、この二つの評論を繋げているものです。
 三番目の「戦後再見―天皇・原爆・無条件降伏」(1084年)は、江藤と本多秋五の「無条件降伏論争」から起筆し、1941年から1945年までの政治・外交を詳細に研究した論考です。この論考は加藤さんの批評の向かうべき方向を指し示す一文で締めくくられています。
「これは戦後の批判ではない。ぼくは、“戦後”に“再見”というが、しかしもういちど戦後を再見し、それを受け取る。」

 こうして「敗戦後論」(1995年1月)が雑誌に掲載され、それを読んだことから私の関心が呼び覚まされるのですが、私は加藤さんの著作の解説者になる気はありません。その血流を波打たせている心臓へ、耳を押し当て71年にわたる生の呼吸の音を聞いてみたいのです。




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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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