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加藤典洋 (5)

 現在までのところ、加藤さんの追悼文等は若干のブログに見られます。そこにはこころのこもった加藤さんへの思いが綴られ、事故で亡くなられた息子さん(享年35歳)のこと、その直後の加藤さんの様子が窺え、改めてその素顔を想像することができました。生前の息子さんについて、スマホで撮った笑う猫の写真を息子さんから見せられたエピソードも面白く読ませていただきました。
「良くんがポケットから携帯を取りだして、ほらと画面を見せてくれた。そこには、目を三日月みたいに細めて笑う猫の顔が写っていた。思わず顔をあわせて大笑いした。」とブログにありました。こんなエピソードから加藤さん本人の等身の肖像画が浮び上がってくるように思われます。
 加藤さんは「アメリカの影」で江藤淳を精力的に論じることから、批評の領野を切り拓こうとしていました。その江藤淳が自死した時に、加藤さんの追悼文を読んだことがありました。「批評の金」というタイトルに加藤さんの江藤淳への尊敬を感じたものです。批評というものは論じようとする人物の素顔を知らないよりも、知っていることが大事ではないでしょうか。テキストだけから作品を判断するのは調理法だけで料理の味を分ろうとするといえば言い過ぎですが、あえていえばそんな物言いができなくもありません。
 「犬と私」という江藤のエッセイに「井伏さんのこと」を読んだことがあります。その文中に江藤が「日本は負けたのだという思いとともに涙がこみあげそうになる。17年の前のことなのに。」というくだりがありました。いま私の机上に「江藤淳は甦る」とう元編集長が書いた浩瀚な本があります。余計なことですが、戦後17年経った敗戦を思い江藤の胸にこみ上げていた心情の一片なりがこの本に窺われることが期待されます。いまのところ、「群像」9月号の高橋さんの追悼の論考が才気があり、加藤さんと同年代を作家として生きてきた慈愛と友情を感じさせるすぐれたものだと思われます。文庫の自筆年譜に書かれていましたが、加藤さんは息子の死から決定的なことを学んだのではないでしょうか。高橋さんはその論考に息子の死から「死ぬことがどういうことかを教えられた」という加藤さんの記した一文からそのタイトルをつけています。そこには加藤さんが戦後の現代日本を生きる、個人のよるべのない淋しさが反響してきます。底板さえない深淵はあの「変身」のフランツ・カフカの「私はフランツ・カフカのように孤独だ」というつぶやきを思わせなくもありません。加藤さんはあのカフカのノートにあった「世界と自分との戦いでは世界を支援せよ」という言葉をよく引用していました。この「敗戦後論」の強引ともみられる逆転した倫理感にある硬直した姿勢をみて、カフカの「橋」というほんとうに短い作品を思い浮かべ、その反感からただの序章だけでしたが、「戦後私論」という評論を書いたことがありました。高橋さんはそこに加藤さんの「切断と氷結」をみたのだと推測します。くだんのカフカの「橋」はこんな数行から始まり、墜落していく数行で終わっています。
「私はつめたく硬直した橋だった。深淵の上にかかっている橋だった。(中略)。私は體をよじって確かめようとした。―橋が體をよじったのだ。體をよじり終わる間もなく、私は墜落した。」(江野専次郞訳)




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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