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お城が燃えていた

 そのむかし「琉球王国」であった首里城が燃え落ちる映像をニュースで見た。
 1972年の夏、お城はまだ再建されていなかったが、首里城の門だけが丘の上に立っていた。その前でダイビング仲間の数人と記念写真を撮ったことがあった。沖縄の本土返還の直後であった。ヴェトナム戦争がアメリカの撤兵で終結したのは1975年であるから、沖縄はアメリカの軍事基地として機能したいた。戦争のキナクサイ臭いがただよい、車は右側通行であったのは不思議でもなんでもなかった。
 ぼく達は那覇港から激しい嵐の波浪をついて石垣へわたった。
 毎日、海に潜って日を過していた。四十数メートルの深さを、残圧の空気が渋くなるまで海の中にいた。冷えきった身体を砂浜に横たえて西陽を浴びて暖をとった。藍色の深い海は透明で遠くまで視界がきいた。昼の空はただ青くぎらつく太陽の光線は容赦なくぼくたちの肌を灼いた。夜、その空に天の川が流れ、燦めいた無数の星がひしめき、暗い海辺に波が寄せて浜辺に崩れる轟音が岸辺に地鳴りをたてていた。石垣から小さな舟に乗り竹富島へ渡った。日本の南端に位置する小さな島は閑散としていた。島は白砂がまかれ、珊瑚を積み上げた塀に囲われた民家に泊まった。島の老人がジャミセンを弾いてのんびりした抑揚のある島唄を唄ってくれ、強い焼酎を茶碗で飲んだ。日露戦争のときはバルチック艦隊の動きを望遠鏡で島から見張っていたという古老の話しを聞いた。宝石のような竹富の島をうかべる海は、空を舞う鳶の声と風の音いがい、眠ったように静かに澄みわたって輝いていた。
 民と清との交易で栄えていた琉球王国は、平安時代に日本の国土統一下におかれ、江戸時代の鎖国政策にあってもなお外国との貿易を続けていたようだ。やがて薩摩の島津家がこの琉球王国を支配下におこうとしたことは、10年ほどまえに仲間由紀恵が首里城を舞台にしたドラマ「テンペスト」で好演して面白くみたところだった。太平洋戦争末期のあの激戦が沖縄としての歴史を画したことは誰知らぬものはいないだろう。
 幾度沖縄の島々へ、ダイビングのために行ったことだろうか。この海に友人が散骨されたため、竹富島へ行ったのは数年まえになる。最後の友人から葉書は「浜島」の写真が映っていた。 
 燃え落ちる首里城にこころを痛めたのは、ドラマに主演した仲間由紀恵さんだけではないにちがいない。


浜島
     浜島




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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