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百瀬博教という詩人

 ある日、留守中に家人が電話をうけた。それは出版した詩集「海の賦」(85年)を贈った人からの電話に相違なかった。事情を知らない家人はろくに相手を確かめずに、電話を切ってしまったようだ。それほどにいわく言いがたい電話の内容であったのだろうと推測したが残念な思いもあった。石原裕次郎の用心棒で秋田の刑務所に6年もいた100貫を越す巨漢の詩人、その電話は百瀬博教氏からにちがいなかったからである。
 百瀬博教氏は、処女詩集『絹半纏』を出版し、1988年(昭和63年)に『新潮創刊100号記念』誌上で文芸評論家の山本健吉により、上記の表題で詩人として認められた異色の人物であった。私は文藝雑誌を読んで、山本健吉が詩人としてこの人を紹介して評価したことに賛同しないはずはなかった。山本健吉がいう通り、まさに現代には稀にみる血湧き肉躍る百瀬氏の文章に感激したからである。まして、この人物が東京市浅草区(現台東区)柳橋出身で、同じ下町に住んでいるという偶然を喜び、私の詩集をお贈りしたのだ。
 なぜ今頃になり氏を思い出したのを記しておこう。私の誕生日が2月20日であったことから、同じ誕生日の人間を面白半分に調べてみた。その中になんと百瀬博教という名前を発見したのである。その他、志賀直哉、長嶋茂雄、石川啄木、志村けん、水之江ターキー、黛敏郎、アントニオ猪木、左卜全等のリストがずらりと並んでいた。家人は「変わった人がまたずいぶんと・・・」と口の中でなにやらつぶやいていたが、一度、仕事で銀座の資生堂の「花椿賞」の担当課長に会う約束があって出かけたことがあった。その時、「花椿賞」のパーティー当日のアルバムをみせられ、その写真のなかにこの百瀬博教氏の野球帽の姿を見たときは驚いたが、この詩人の叔父貴が同じ町に住み、詩人本人を知っていることに資生堂の人はまた吃驚したようであった。
 ご参考までにウイキーからこの人の経歴を掲載することをご寛恕ねがおう。

東京市浅草区(現台東区)柳橋出身。侠客の百瀬梅太郎の次男として出生。学生時代は相撲取りを目指し、私立市川高等学校[3]では相撲部を創設して、関東大会2位、国民体育大会に出場した。立教大学文学部史学科在籍中も相撲部に所属し、同大学の相撲部は、百瀬と交流のある周防正行が1992年(平成4年)に監督した映画『シコふんじゃった。』のモデルになっているという[4]。
大学時代は1960年(昭和35年)から赤坂の高級ナイトクラブ「ニューラテンクォーター」で用心棒を勤めた。そこで俳優の石原裕次郎と知り合うことになり[5]「弟分」を名乗ることとなる。用心棒として23歳のときから拳銃の密輸を始め、28歳のときに拳銃不法所持により警視庁へ出頭。その後、裁判前に秋田県に逃亡したが結局逮捕され、6年間の刑務所生活を送り、その間に読書生活を送った[6][7][8]。
 34歳で出所し、処女詩集『絹半纏』を出版、1988年(昭和63年)に『新潮』誌上で文芸評論家の山本健吉に認められる。バブル経済の最中、債権の回収を行なったり、株式運用を行なったが、バブル崩壊により無一文になった。並行して作家の曽野綾子の進言により『新潮45』で1989年から『不良日記』を連載[5]。1992年(平成4年)から『週刊文春』で『不良ノート』の連載を開始、その他『週刊宝石』で『百瀬博教交遊録』を連載し、エッセイを執筆するなど作家として本格的に活動を始めた。日本文化研究家のエドワード・G・サイデンステッカーとは1989年(平成元年)に共著を出版。テレビ番組制作プロダクションのイーストの富永正人社長と親交を持ち、イースト制作の番組に出演した他、イーストライツが出版する雑誌『Free&Easy』に連載を持った。
格闘技愛好家としても知られる。プロレスラー・アントニオ猪木と親交を持ち、総合格闘技イベントPRIDEには1999年(平成11年)から関わりを持っていた。メディア登場時には「FOREVER YOUNG AT HEART」(心は永遠の若者)とプリントされた黒い野球帽を常に被っている事でも知られていた。大手ネット掲示板2ちゃんねるでの通称は「ピーチ」。「百瀬」の読み、「ももせ」を「桃」としてその英語読みから取られたもので、猪木はそのニックネームを知ると「ピーちゃん」と気に入っていた。
 2008年(平成20年)1月27日午前2時40分ごろ、自宅を訪れた知人が風呂場の湯船の中で意識を失っている百瀬を発見。救急搬送されたが、同日午後3時半ごろ、死亡が確認された。 死の3年ほど前から体調を悪化させていたという[15]。映画『タバコ・ロード』について書いた文章が絶筆となった。2月20日に青山葬儀所でしのぶ会「不良ノート」が開かれ、アントニオ猪木、ビートたけし、周防正行、EXILEのHIROら約700人が参列した。

 一度も会う機会はなかったが、この人は我が町の祭を盛り上げる影の人物であり、また、幾つかのエピソードがある懐かしい思い出の人であったのだ。文芸評論家の山本健吉氏は詩人の高橋睦郎氏から詩集「絹半纏」を送られて一読、得心するところがあったらしい。合掌して終わりにしたいが、「新潮」掲載の文章から、そのほんの数行の引用を許されたい。

 「私は『絹半纏』を読みながら、しばしばヴィヨンの名を思いだした。百瀬氏こそ、今日の日本でただ一人の、ヴィヨンの流ではないのか。詩に正雅の流れがあれば、怨者の流れがあり、背徳の流れもあるのが、あるべき公正なあり方ではないか。」



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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