FC2ブログ

鏑木清方

 国立近代美術館で特別公開中の「鏑木清方幻の≪築地明石町」≫を最終日に見に行った。有名な美人画三部作「浜町河岸」「築地明石町」「新富町」を目のまえにして、私はなんと幸福なときを過したことだろう。明治という時代の現実の下町が清方の絵のように美しいとは思えないが、少なくとも清方にこうした日本画を描かした東京の下町は、関東大地震まではその以前にあった江戸時代からの面影を残していたことはたしかなことであろう。「築地明石町」は一時行方不明となっていたもので、44年ぶりに再発見されたのだ。この美人画はたしかに手元においておきたくなる作品にちがいない。保存が良かったせいで今回、三幅一双で見ることができたのは幸運であった。
 「鏑木清方原寸美術館」というタイトルの本には、この「清方三部作」のほかに、「明治風俗十二ヶ月」が収まって観賞のポイントが記された紹介文が載っている。みな懐かしい明治の情景の原寸部分で、至れり尽くせりで喜ばしいかぎりだ。
「私の経てきた明治には、百年、百五十年前の江戸の市民が日々の暮らしの、行事、調度、たべもの、何くれとなくいつも手の届く身のまはりに残されてゐるものが少なくなかった」(「庶民の夏」鏑木清方文集 四)との回想がある。清方が昭和に入ってからこれらの失ったものへの愛惜から明治時代の東京の庶民の思い出を、情緒ゆたかに描いたのである。特にその細部は傑出したものであるのは、今回の三部作に共通した見どころであろう。代表作の「築地明石町」(明治2年)は清方が好んだ芝居や舞踊の要素がとりこまれ、伎倆の粋を尽くした傑作なのである。
 「明石町」は現在の東京都中央区の南部、ここに明治期に外国人居留地があったハイカラなところであった。そこに夜会巻の髪型、金の指輪をはめた上流の婦人を配し、絹糸のような後れ毛、淡い瞳に黒目の点がうたれ、下まぶたの際には薄紅色の線がひかれていると、くだんの本に的確な紹介があるとおり清方の美人画である。背景には朝霧にかすむ帆船のマスト、足下の洋館の柵に絡まる朝顔は盛りを過ぎたとはいえまだ蕾や花がついている。素足にのぞくのは千両下駄で親指に力が入って鼻緒をおしている細部まで行き届いた清方の描写は絶妙であろう。清さと潔さは明治の文明開化の穢れをも拭い去って、まさしく近代美人画の金字塔といって過言ではない。
 「新富町」(明治5年)は背景に新富座が描かれ、前の道を赤っぽい蛇の目傘をさし雨下駄で急ぐ、髪はつぶし島田を結い、縞の着物に利休色の江戸小紋の羽織を重ねた粋ないでたちの新富芸者が描かれている。私はこのところで数年働いていたことがあったから知っているが、海岸よりに鉄砲州稲荷があった場所だ。その向かい側の新川(旧越前堀)で父は生れて育ったと聞いたことがあったのでときおり散歩で足をのばした。清方が生れた明治十一年に新富座は新築され、櫓はなくガス灯と絵看板の近代的な劇場だったそうだが、明治期に全盛の新富座も大正に入ると衰退し、関東大地震で廃屋となったらしい。明治19年に中央区日本橋に生れた作家の谷崎潤一郎が箱根の山からこの震災を見物していて、「もっと燃えろもっと燃えろ」と自棄気味の科白を吐いた。ここには作家谷崎の愛憎はんばの錯綜した心境が込められていたに違いない。以後、関東から関西へ居を移した谷崎の文学は新たな開花を示すので、ここに芸術の摩訶不思議な運動がある。大災害が都会に襲うとどうなるかは単に、人命と建物の損壊にとどまらずに一国の文化・文明の運命さえ変えるかも知れないのである。
 「浜町河岸」(昭和5年)。清方はこの町にふさわしい女性として、踊りの稽古に通う町娘を選んだという。隅田川べりの柳橋にも藤間流の看板をいまもみるが、歌舞伎舞踊の振り付けで一時代を築いた藤間勘右衛門が浜町に住んでいたからで、娘はこの稽古からの帰り途中であるらしい。扇を口元に左手で袂をすくう仕草をして、習ったばかりの所作を思い返しているのだ。お太鼓に結んだ帯の内側にあてている朱色の帯揚げでくるんだ帯枕、着物をたくしあげたおはしょりの下からみえる赤いものは「しごき帯」で、この帯をチラリと見せるのが洒落であったのは、竹久夢二の絵にも同様なものが見える。隅田川を背景に対岸に深川、右に新大橋が描かれているらしいが、清方が浜町から本郷へ引っ越した年に鉄橋に掛け替えられとのことである。谷崎もそうだが時代の変化を敏感にキャッチするある種の芸術家特有の勘が働いたものであろうか。背後にみえる火の見櫓は清方の回想によると、関東大震災が起きるまで残っていたようだ。とにかく着物の描き模様が松竹梅で、紫と青が細やかな情趣を醸して、清方の好きなせかいを収拾する記憶の抽斗はその細部までも克明に保存されていたらしい。
 「明治風俗十二ヶ月」はみな昭和に描かれたもので、明治の場景を描かれた清方の作品の中でも白眉とされる。失ったものへの愛惜は切なるもので、東京の庶民の懐かしい思い出が彷彿とよみがえる思いがしたことだろう。懐かしい過去は過ぎ去っても現在へ生れ還ることができるのが芸術の極意であるのは文学にかぎらない。それが楽しく美しいものであるなら尚更のことであろう。季節ごとのこれらの十二幅から、明治の二、三十年代の市民生活の記憶を呼び起こした清方の幸福なる想像力は、賞賛するに余りあるものだ。この頃に上野の公園に正岡子規が元気に野球を楽しんだ公園があるが、そこに子規のこんな一句をみることができる。
 「春風やまりを投げたき草の原」
 さて、ここにその十二ヶ月の場景の代わりに言葉のみを載せ、せめて水瀬に浮び泥濘を泳ぎいく現代人の心根の潤いとしよう。
かるた(一月)梅屋敷(二月)けいこ(三月)花見(四月)菖蒲湯(五月)金魚屋(六月)盆燈篭(七月)氷店(八月)二百十日(九月)長夜(十月)平土間(十一月)夜の雪(十二月)                                                   
「<絵をつくるに、私は一たい情に発し、趣味で育てる。絵画の本道ではないかも知れないが、私の本道はその他にない>(「そぞろごと」鏑木清方文集一)と語った清方は、市井の人々に対する理解と共感をもって、暮らしにひそむ江戸の風俗を評言しつづけた。それは決まって懐古的だが、汲んでも尽きぬ麗しい人生の模倣であった。」と、「鏑木清方原寸美術館」に書かれている。
 「三遊亭円朝像」(昭和5年)は明治の大咄家であった。大きな湯飲み茶碗を両手にもって、目を光らせて聴衆を眺めている落語家の気迫は人物の大きさを窺わせるものがある。漱石は「夢十夜」ですでに明治へ批判の口吻を吐いている。況んや昨今の落語家とは月とすっぽん。品性のないわらいは下劣であろう。
 「隅田川船遊」(大正3年)は六曲一双の屏風絵である。明治の末に数年、浜町に住んでいた清方は隅田川の流れに親しんだ。そこから、江戸の華やかな風俗を想像裡に描いたのだ。男女の表情には船遊びを楽しむゆったりとした落ちつきと奥床しい情趣がある。
 「鰯」(昭和12年)。明治20年代の木挽町、築地界隈の秋の夕方。少年が佃の海で水揚げされた鰯を天秤棒に担ぎ、長屋の女房が少年を呼び止めている。入口と台所、戸袋をあわせて二間半の長屋の一角。むかし、酒に酔った父が家に帰ると「狭いながらも楽しい我が家」と歌っていた声が耳に聞こえてきてしまうのが妙である。
 「初冬の花」(昭和10年)。この小品はなんとも好ましい。小説家の泉鏡花を囲む会合で知り合った小菊という古風な立ち居振る舞いの芸者をモデルに、清方は明治風の装いをさせている。髪はつぶしの島田、縞の袷の着物に黒襟、江戸好みの御納戸色の帯である。「新富町」に似ているが、「初冬の花」にすっぽりと収まった慎ましやかな芸者の顔立ちがこころよい。
 「晩涼」(大正9年)は泉鏡花の作品から作品を描いたものである。清方が鏡花に会ったのは明治34年であった。以来二人の小説家の挿し絵画家は意気投合してコンビとして売れだした。遊女に身を落とした女は一日中山からの仙女をくるのを待ち続けているらしい。物語ではあるが風景が清方好みなところが風情がある。
 「目黒の栢莚」(昭和8年)。清方は歌舞伎が好きで、二代目市川団十郎のファンであった。栢莚(ひゃくえん)とは団十郎の俳号である。この人の日記「老いのたのしみ」をもとに、そのある時の日常を想像して描いたらしい。私がおどろいたのは、この目黒不動尊は子供のころに遊んだところだった。滝水はたいそうに冷たかったのを覚えている。その土地柄と建物の周辺はおぼろな記憶にあったのだ。不思議な機縁というものだろう。ここに青木昆陽の銅像があった。肌の透きとおった小学校の女性教師に連れていかれたほのかな記憶がよみがえる。
 鏑木清方はすこしまえ、「朝夕安居」の紹介のテレビ番組をみてからこころに沁みていた。今回の特別展ですべての絵葉書と本の数冊、手ぬぐいを二本まで手に入れ、家に帰るとすぐに売り切れの本をネットで探した。こうして「紫陽花舎随筆」(六興出版)他数点の本を得たのだ。清方を知ることにより、私の思いは泉下の父とつながり、不運にして生前疎遠に過した時間が、りくつもへちまもなく流れ出す父子の結縁を思い出させてくれたのである。明治の下町へ飛んで行けば、無心な子供になって父母兄弟姉妹に遭える喜びに浸れるのかも知れない。



 IMG00261 (2)  IMG00310 (2)
 IMG00319 (2)  IMG00360 (2)
 IMG00390 (3)  IMG00382 (2)




関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード