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加藤典洋 4  ー3.11とコロナー

 「『アメリカ』の影―高度成長下の文学」論考を一気呵成に再読した。江藤淳の田中康夫「なんとなく、クリスタル」への賛辞から60年代の評論「成熟と喪失」の読解を通じ、アメリカへの江藤淳の根底にある「弱さ」を照らし出す鋭利な分析と洞察には、加藤という批評家のその後の萌芽をみる思いがした。そして、ふと顔をあげると目の前に濃い霧の幕が蔽い真っ白くなっていた。慌てて掛かりつけの病院の眼科へ急患の予約をいれてもらったが、すぐにその病院で新型コロナ感染のリスクが迫ってきた。コロナは自分だけの問題ではない。感染の可能性はその拡大も考慮しなければならない。予約は翌日にキャンセルした。眼疾のリスクより、その数日前のことを話さなければならない。癌の早期の摘出手術(昨年から2回目)での入院の当日(3月23日)には、病院から電話があり、発熱の患者がでたと入院を断られそうになったのだ。当時点では、まだコロナ感染のおそろしさより、癌細胞を抱えていつまたその機会がくるかわからない期間を過す不安のほうが大であった。担当医師からの電話があり私が合意するならばと、タクシーに家内と乗り入院を承諾してくれた。翌日、手術が済み個室のベッドでラジオを聴いていると、その病院でコロナ患者が出たと報じられた。長居は無用と翌朝、巡回にきた担当医師へ、術後の異常はないので午前中にでも退院したいとの希望を告げ、医師の許可を得て逃げるように当病院を後にしたのである。食道癌とコロナと眼疾の三つのリスクが、一度に私にやってきたのだ。出家をした良寛なら災難を平然とうける用意はあったろう。私は良寛さんのようには人間ができていないのである。
 入院の数日前、ラジオの英語ニュースのキャスターが「グローバル・パンデミック」とトーンを少し上げ調子の単語の発音を耳にしたとたん、これはやばいことになるなという予覚をいだいたのはたしかだが、それが自分の身に降りかかってくる火の粉とは正直まだ感じることはできなかった。しかし、毎朝、証券会社の電子版をPCで覗いている者には、この世界の経済活動でグローバルでないものはないことは、身に沁みて承知して事象である。むしろ刻々と変化する世界の情勢をビビッドに感じたいために、フランスの詩人のヴァレリーが創作したあの不羈孤高の人物「テスト氏」が株取引に関わる仕事をしていたように、投資の真似事をしてきたと言ってもいいのだ。そう言えば、つい先日、TVで経済学者の岩井克人氏が「貨幣」についての考察を長いことやってきた。これが大変に難しいとの感想のあと、ある極論をポツリと呟いたのを聴いた。マルクスやケインズがこの岩井氏の一言を、一体どう判断するものであろうか。
 それは、正確ではないかも知れないが、ほぼこんな主旨であった。
「数学で証明することはできないが、人間が貨幣というものを作った。その貨幣を作るその行為がすでに『投機』というものではないのだろうか・・・・」
 これは経済学の底が抜けるような話しではないか・・・。また、TVではフジの「プライムニュース」からは、現在の新型コロナのパンデミックの終息後、為替等の通貨政策を動員した諸々の覇権争いがスタートするであろうとの予測を聞いた。人間はどうも苦難から学ぶことより、それをすぐに忘れようとする動物であるらしい。世界が一体となり協力しあわなければならなければならない、苦いコロナからの教訓を活かそうとするのではなく、国際的な政治と経済の競争を止めることができない。今回のコロナ感染の世界への脅威は、20世紀の文明による地球環境への虐待のツケだと思われてならないのにである。加藤典洋はくだんの論考で、高度経済成長の追求が日本の自然を破壊してきたことを、江藤が「成熟と喪失」を書くに際して読んだ小説を江藤とは異なる読解から、別に進むべき日本の在り方を提示していた。その論考で加藤は、アメリカの気鋭の作家であったスーザン・ソンタグの「隠喩としての病」という本から、ソンタグが自分の癌体験を語り、肺病と癌の隠喩的な相違点を、前者が「時間」的であり、後者が「空間」的であるとの紹介を踏まえ、江藤の日本の産業社会構造の把握が、癌からではなく、肺病からの見たてであることにより、その内面の病理を他者との関係におく見方をし損ねているのではないかと指摘していたのであった。
「彼(江藤)は『成熟』と『喪失』といった。その含意はー少なくともその初心のかたちはー自然の喪失を代償に社会的成熟を、つまり近代を獲得するということである。これは、何となく、農業を犠牲にして近代産業を庇護してきた戦後の、また明治以来の、国家方針に似ている。(中略)ぼくは、この一九六五年という時期に『抱擁家族』『夕べの雲』と共に、石牟礼道子の「苦海浄土―わが水俣病」が書かれていたことを、意味深いことと考える。(中略)ぼく達は、高度成長に遅れまいと、感受性をとぎすませてきたのだった。しかし、いま必要なのは、その逆のこと、その感受性のふたしかさをこそ足場に、高度成長を見、また「国家」を見あげることであるように思われる。」
 そして加藤はまた、2011年、あの東北沿岸の大地震による大津波とそれによる原発事故を、「3.11―死に神に突き飛ばされて」という本に記している。もし、今も加藤が生きていたなら、新コロナは原発事故による放射能拡散の危険と同質の試練とみたのではあるまいか。この両者とも、地球の生態系の軽視と無視にその遠因があることを想像させるからである。加藤は日本が原子力の平和利用のサイクルを管理できなかったこと、これに代替される方途を世界の先頭に立って行うべきことを提言さえしていたのである。まして、最近の報道された原発機関の責任者層での不祥事には開いた口が塞がないのではないか。
 以前のブログで案内した武田泰淳はあるエッセイで、「文章とは勇気である」という大岡昇平のことばを紹介していたが、「アメリカの影」にあり、その後の加藤の批評文を支えている熱情には、大岡の言うこの「勇気」という美質が貫かれている。
 近日、80年代に日本の自然の荒廃を憂いたイギリス人のC・Wニコルスが亡くなった。彼は当時健在であった開高健と語りあい、ブラジルのアマゾン川流域の湿地帯が開発で減り続けていることを嘆いていたのではなかったろうか。
 齋藤史にこんな歌があった。
 
 鳶に吊られ 野鼠が始めて
    見たもの 己が棲む野の 全景なりし

 数年前、私は南仏の小村にアルベール・カミユの墓を訪ねた。墓石とてなく雑草が生い茂ったその場所に佇んだ私の頬を撫でていった風に、カミユという作家の「諾」の微笑をみた。「ペスト」は数匹の鼠の死骸から小説が始まり、不条理の再来を警告し人間の連帯を示唆している。しかし、そんな単純な本ではないのだが・・・・。この21世紀はアメリカでの同時多発テロに始まり、その10年後の日本に原発事故、そして、クーベルタンが提唱したオリンピックの開催を目前に、世界を脅かす新型コロナのパンデミックの試練がきたのである。先に記した武田泰淳という日本の作家は、中国の司馬遷の「史記」から「司馬遷伝」にこう書いていた。
「滅亡は私たちだけの運命ではない。生存するすべてのものにある。世界の国々、多くの人種を滅亡させた人種も、やがては滅亡するであろう。滅亡は決して詠嘆すべき個人的悲惨事ではない。もっと物理的な、もっと世界の空間法則にしたがった正確な事実である。」(下線ー引用者)
 ここで、泰淳のカミユが書いた独裁者「カリギュラ」賛辞の感想が興味深いのだが、「滅亡について」の酷烈な数節を思い出すほうが時宜に適しているにちがいない。これ以上になにをつけ加えることがあるだろう。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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