FC2ブログ

喜劇人「志村けん」哀悼

 喜劇俳優の志村けんがコロナで亡くなった。テレビのザ・ドリフターズの「8時だよ!全員集合」に彼をみて、まだ小学校に通っていた甥と姪と笑い転げたことがあった。志村けんの喜劇の演技は必死のもので、まるで顔に白化粧をした赤いダンゴ鼻の道化師が断崖のてっぺんで踊っている危うい凄味さえあった。その足下にはボンヤリと谷底がみえるような気がしたものだった。ぼくはむかし読んだ太宰治のMC(マイコメディ)の作品「眉山」(昭和23年)という小説を連想した。あの喜劇的な作品には悲劇的なスパイスさえ加えなければ、太宰作品にはめずらしい喜劇の佳品となったのにと惜しまれてならない。それができさえすれば、多摩川上水で山崎富江との心中を避けることができたかも知れない。坂口安吾が「不良少年とキリスト」で太宰を批判している死ではなく、生への文学の道もあり得たのにと悔やまれるのだ。

 小説「眉山」は、「僕」の家のすぐ近くに「若松屋」というさかなやがあり、その店のおやじと「僕」は飲み友達。おやじがあるとき「私の姉が新宿に新しく店を出した。あなたの事はまえから姉に言っていたので、泊って来たってかまやしません」と言われ「僕」はすぐに出かけて、帝都座裏の同じ屋号の「若松屋」で酔っぱらって泊った。「僕」は客をもてなすのに、たいていそこへ案内した。店の女中さんのトシちゃんは幼少の頃より小説というものがメシよりも好きな女の子。「僕」がその家の二階に客を案内すると、好奇の眼をかがやかして「こちら、どなた?」と尋ねる。「林芙美子さんだ」と「僕」は五つも年上の頭の禿げた洋画家を指して言う。いちどピアニストの川上六郎氏を若松屋に案内した。 すると例のとおり「あのかた、どなた?」「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか」「ね、どなた?」 つい本当のことを言った。「川上っていうんだよ」。トシちゃんは「ああ、わかった。川上眉山」 それ以来、僕たちは彼女をかげでは眉山と呼ぶようになった。「川上眉山」とは明治時代の実在の小説家で、太宰とおなじ年格好で、やはり自死して吉祥寺にお墓があるから、太宰とは不思議な縁。
 小説「眉山」のトシちゃんはあまり賢くなく、知りたがりでうるさい、器量もよいとはいえない。いいところと言えば辛うじて眉の形が美しいこと。主人公らはそんな彼女をネタにして、からかったり、怒ったりしている。 貴族はそうするものだとそそのかされたトシちゃんは、立ったままトイレをするので、トイレは大洪水のありさま、階段をドタドタ上り下りする、足をミソの樽に突っ込み、そのままトイレに飛び込む、とにかくオシッコが近いのである。そんなこんなで、仲間たちの足は店から遠のいていく・・・・。
 あるとき、トシちゃんがしばらく店に来ていない、気にかかり店へ行こうとして、途中で知り合いに出会い、一緒に行こうと誘う。が、その知り合いいわく「眉山はもういない」。 眉山は腎臓かなにかの病気で親もとへ返され、死んだらしい・・・。その話を聞いて、主人公はもうその飲み屋へは行かなくなる。河岸を変える。

 おおざっぱな筋はそんなものだ。太宰さん、こんな小説の落ちはいただけない、とぼくは本気で怒っていた。
 山崎富栄の日記に記された○○宛ての手紙の写しに、次のような一節がある。
「三月号か四月号の小説新潮に『眉山』といふのをお書になりましたが、これはきつと○○様の腸ねんてんの原因になる恐れの充分にある作品ではなからうかと思はれます」
 山崎富江が手紙で記したとおり、この短篇は一読して、爆笑もののコメディとなりえたのだ。作品は自殺の半年まえのものだ。このとき、太宰のなかに過去の一人の女が異国の地にて、サイテイの境遇で斃れていたことが、太宰の心底に癒やしようのない傷痕となり空洞をあけてしまっていたらしい。その反動から、こんな中途半端な小説を書いてしまったのかもしれない。
 志村けんのコント「ばか殿さま」には、どこかとぼけた毒がうっすらと漂っていた。放映中の2009年頃は、自民が政権を追い出され、世界は前年のリーマンショックで同時不況、新型のウイルス感染さえもあったのだ。ぼくは今回のコロナ・パンデミックで、全身体当たりの日本の喜劇人が倒されたのが、口惜しくてならない。彼はぼくの誕生日(2月20日)とおなじだった。しかも、今年の暦年が2020年という偶然の符合がある。つまり、2020年2月20日という、あまり例をみない誕生日を迎えた者同士で、他人事とは思えないのであった。
 子どもの頃に笑って両親とみた、チャップリンの映画「モダンタイムス」は、もう観ていていることが苦しくてできなかった。映画の虚構は今では世界の現実となっていたからである。
 だが映画館でみた「独裁者」のチャップリンの演説にぼくは感動した。涕泣していたような気がする。

 長くて恐縮だが、この演説原文(翻訳)で掲載することを、どうか赦して戴きたい。素朴でもう古くさい。退屈な科白だなんて思わないように。イスラエルのユヴァル・ノア・ハラリ氏がアメリカのタイムズ紙への寄稿文「コロナといかに闘うか」、NHKとの緊急対談「パンデミックが変える世界」の基調にある平和への思いは、世界の実情がどんなに変貌しようと、さして変わりようのないものなのだから。

I’m sorry, but I don’t want to be an emperor. That’s not my business. I don’t want to rule or conquer anyone. I should like to help everyone if possible —Jew, Gentile, black man, white.

申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない。それは私には関わりのないことだ。誰も支配も征服もしたくない。できることなら皆を助けたい、ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。

We all want to help one another, human beings are like that. We want to live by each other’s happiness, not by each other’s misery. We don’t want to hate and despise one another.

私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

In this world there’s room for everyone and the good earth is rich, and can provide for everyone. The way of life can be free and beautiful. But we have lost the way. Greed has poisoned men’s souls, has barricaded the world with hate, has goose-stepped us into misery and bloodshed.

この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。

We have developed speed, but we have shut ourselves in. Machinery that gives abundance has left us in want.

私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。

Our knowledge has made us cynical, our cleverness hard and unkind. We think too much and feel too little. More than machinery, we need humanity. More than cleverness, we need kindness and gentleness. Without these qualities life will be violent, and all will be lost.

知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなさ過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。

The aeroplane and the radio have brought us closer together. The very nature of these inventions cries out for the goodness in men, cries out for universal brotherhood for the unity of us all.

飛行機やラジオが私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。

Even now my voice is reaching millions throughout the world, millions of despairing men, women and little children — victims of a system that makes men torture and imprison innocent people.

今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人達を拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。

To those who can hear me I say: “Do not despair. The misery that is now upon us is but the passing of greed, the bitterness of men who fear the way of human progress, the hate of men who will pass, and dictators die. And the power they took from the people will return to the people. And so long as men die, liberty will never perish.”

私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。 私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。 憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。 決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。

Soldiers, don’t give yourselves to brutes — men who despise you, enslave you, who regiment your lives, tell you what to do, what to think and what to feel, who drill you, diet you, treat you like cattle, use you as cannon fodder.

兵士たちよ。 獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、そして、君たちを仕込み、食べ物を制限する者たちは、君たちを家畜として、単なるコマとして扱うのだ。

Don’t give yourselves to these unnatural men! Machine men, with machine minds and machine hearts! You are not machines! You are not cattle! You are men! You have the love of humanity in your hearts. You don’t hate. Only the unloved hate, the unloved and the unnatural.

そんな自然に反する者たち、機械のマインド、機械の心を持った機械人間たちに、身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。

Soldiers, don’t fight for slavery! Fight for liberty! In the seventeenth chapter of St. Luke it is written: “The Kingdom of God is within man.” Not one man, nor a group of men, but in all men! In you!

兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによる福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中なのだ。君たちの中になんだ。

You, the people, have the power! The power to create machines. The power to create happiness. You the people have the power to make this life free and beautiful, to make this life a wonderful adventure.

君たち、人々は、機械を作り上げる力、幸福を作り上げる力があるんだ。君たち、人々は人生を自由に、美しいものに、この人生を素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。

Then in the name of democracy, let us use that power. Let us all unite! Let us fight for a new world. A decent world, that will give men a chance to work, that will give youth a future and old age a security.

だから、民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。皆でひとつになろう。新しい世界のために、皆が雇用の機会を与えられる、君たちが未来を与えられる、老後に安定を与えてくれる、常識のある世界のために闘おう。

By the promise of these things, brutes have risen to power. But they lie. They do not fulfill that promise. They never will. Dictators free themselves, but they enslave the people.

そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばしてきたが、奴らを嘘をつく。約束を果たさない。これからも果たしはしないだろう。独裁者たちは自分たちを自由し、人々を奴隷にする。 

Now let us fight to fulfill that promise. Let us fight to free the world. To do away with national barriers. To do away with greed with hate and intolerance.

今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。 

Let us fight for a world of reason. A world where science and progress will lead to all men’s happiness. Soldiers, in the name of democracy, let us all unite!

理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。





関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

masuryuu

Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード