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懐かしい友への手紙

拝復 お手紙をいただき、返事をと思いながら、徒に時が過ぎてしまいました。お元気そうなご様子なによりです。お互いに歳を取るばかりですが、この度はコロナウイルスの世界的な感染拡大による緊急事態から、この数ヶ月、日本各地で不自由な生活が強いられ、中には不幸にも命をなくす人まで出ています。戦後に生れて70数年、こんな事態が起きるなど夢にも想像したことはありませんでした。今後の情勢がどうなるか分りませんが、それでもなんとか不運な目に遇わず、このまま無事にいられそうな気がするから不思議です。自分だけは飛んでくる弾には当たらないという思い込み同様、なんの根拠もない、おかしな人間の心理です。
 顧みれば、貴兄と出会ったのも今から40年数年ほどの昔のことになりますでしょうか。趣味が合うことから、話しがはずみ、そのうち酒置歓談、口角泡を飛ばして時のたつのも忘れるまだ熱い季節のことでした。文学や映画や絵画について、自分の思いと相手のそれが見分けがつかない精神の放電による交流現象ほど、よそ目に理解しがたいものはないでしょう。それは奇跡の「同時性」と呼ばれるものでありましょうか。やがてそれが時間から空間にひろがりこの世界へと伝播していく。これほど壮観な事はありません。この時、閃く二個の精神は一体となり、直感は千里の道を疾駆し、言葉は軽快な蹄の跡を追って、岬の突端へと汀を競って泳いでいくのです。その勇壮で華麗な精神と肉体の躍動は、空にうかぶ夏雲のように静止している。滴る爽快な汗のあとに頬を撫でる微笑のそよかぜです。
 渋谷にあったロシア料理屋「サモアール」でボルシチを食して、幾盃も飲んだウオッカに蹌踉と、酔眼朦朧の千鳥足となりながら、メトロのシートに悠然と座って帰宅することができた壮健さを、いまは懐かしく思いだされます。
 貴兄は覚えているだろうか。ルキノ・ビスコンティの映画「地獄に堕ちた勇者ども」を、「夏の嵐」と「若者のすべて」を新宿の映画館でみたこと。「若者」のアラン・ドロンの美しさはたとえようがないものだ。突拍子もない連想だが、ミラノという都会でもがく家族たち、その悲劇的なリアルなドラマに、フランス古典劇のラシーヌ、あの規則正しい美的世界が過ぎってきたのはどういうわけだろう。そして小津安二郎の「晩春」を銀座の「佳作座」でみてから、路地裏の奥にあった「三州屋」で飲んだ酒と肴の美味しかったこと。湯島のバー「琥珀」のカウンターで飲んでいると、さっきまで銀座で話題にした画家の岸田劉生、その息子さんが貴兄の隣りにいた、あの「同時性」の摩訶不思議な偶然の邂逅をなんと呼べばいいのだろうか。
 さて、この巣ごもり生活は一体いつまでつづくのでありましょう。不要と不急の自粛について、「バカの壁」の先生がこんなことを新聞に書いておりました。
「ヒトゲノムの解析でわかったことだが、人とウイルスの関係において、ゲノムの4割がウイルスから来ている。その機能は明瞭ではない。はっきりした機能をもっているのはゲノムの2%にすぎない。ヒトゲノムのほとんどが、不要不急のジャンクDNAである」と。そして、80数歳の養老先生曰く。老いてみてわかったことだが、人生は本来、不要不急ではないのかと」ね。
 さすが基礎医学を学んだ先生です。全共闘の学生さんからこの緊急事態になにをしているのかと、研究室を追い出された先生は、それから考えつづけたということです。なんのために大学はあり、学問とはなんなのかと。
 ところで、戦後の日本国民は一種の「巣ごもり」生活をしてきたのではないか、いやわたし達の世代は、この70数年のあいだ、故知らぬ「自粛」をそれと分らずに、長きにわたってしてきてしまったのではありますまいか。いまでは自分の足で歩くことも覚束ない・・・・。
 だが、こんな不要不急のことを語りはじめれば、この手紙がとほうもなく長くなりそうなので、このへんにして筆を擱くことに致しましょう。
 ともあれ、お身体を大切に、ご健勝を願っております。                 敬具

   巣ごもりや我は五月の空をみん





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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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