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「伊400」と「日本の原子力研究者たち」

 最近はコロナ禍を配慮してなのか、戦争の映画やドキュメンタリーの番組を見る機会が増えた。
 先の大戦で、玉音放送を大平洋の潜水艦で聞いていた195名の若者たちがいた。1945年に当潜水艦に搭乗した彼等は7月20日に大平洋へ出撃した。潜水艦の名称は「伊400」。日本の技術の粋で建造された巨大潜水艦であった。現在はハワイオアフ島の南沖合30キロ、水深620メートルに沈んでいる。この潜水艦は日本海軍の独自プロジェクト(海軍の極秘計画)により、1944年9月に戦艦大和と同じ広島県呉市のドッグで3年をかけて建造された。全長122メートル、Uボーの2倍の巨艦であった。この軍事上の当初の原案は、真珠湾攻撃の司令長官山本五十六にあった。それは日本がこの戦争で早期和平に漕ぎつけるには、米国の本土を直接爆撃でき方法を練っていたからである。米国へ留学の経験のある山本は航空機がこの戦争の勝敗を決めると確信していた。アメリカ留学をした山本五十六はフォードシステムによる流れ作業の工業生産方式の如実の見聞と飛行機の製造が戦争の勝敗を決めるとの心象を得ていた。そのためには、日本の零戦を格納した巨大潜水艦で米国本土へ近づき、急浮上して格納塔から零戦を飛ばし西太平洋から、ワシントンやニューヨークを爆撃することにより、アメリカの戦意を喪失させることを考えていた。潜水艦を使っての本土爆撃は米国民をパニックに陥らしめ、心臓発作で死ぬ人までだすことは事前にえた結果で知っていたらしい。問題は飛行機を直径4メートルの格納塔に4機を搭載する工夫にあった。日本人は大きなものをコンパクトに仕舞う技には長けていた。やがて飛行機の翼を90度回転させて、主翼と尾翼の羽根を次々と折りたたみ小さなトンボのようにして、直径4メートルの格納塔に収めることに成功した。この潜水艦をアメリカ本土に可能な限り近づけておき、急浮上し短時間に4機の零戦を発射させねばならない。そして激しい訓練の繰り返しで、1機を5分で飛び立たすことが可能としていた。
 この電撃的攻撃は、アメリカとの戦争を短期にやりとげ、日本が有利なところで早期講和に持ちこむ以外に戦法はないとした山本五十六の頭の中で早期から動き出していたものだ。それにはアメリカがドイツとイタリアとの戦争で大西洋上に戦艦が釘付けになっている間に、パナマ運河を破壊する必要があった。パナマ運河は戦艦が大平洋へ出てくる最短距離の通行路で、これの爆破は必須であったのである。だがガダルカナル島の戦闘に敗退し、山本が乗った戦闘機が待ち伏せ攻撃で墜落すると、その後、戦局が悪化の一途をたどった。沖縄が爆撃されるころには、イタリアに継いでドイツが降伏した。潜水艦はルーシー環礁へ移動。8月6日広島に原爆投下。15日天皇の玉音放送を潜水艦内で聞いた兵士は落涙。興奮した若い兵士たちの海賊となっても戦うとの憤激を鎮撫した艦長の命令で生きて日本へ帰還したのであった。当巨大潜水艦はアメリカに没収され、その後、ハワイ沖で爆破され沈められた。だが2014年に潜水撮影に成功。攻撃機「青嵐」はスミソニアン博物館で現在実物をみることができるとのことである。
 それから数日を経て、「原子の力を解放せよー核時代に向き合った科学者たち」というテレビ番組をみた。核分裂反応の研究からノーベル賞をうけた湯川英樹の外に、荒勝文策という京大の物理学者がいたことを初めて知った。理化学研究所はある機会に行ったことがあり、仁科芳雄という研究者の記憶はあったが、荒勝文策という人物についてはまったく無知であった。この科学者はドイツとイギリスへ留学した経験から、シンクロトロンという核分裂の実験装置を研究開発していた。海軍から原子力による破壊兵器を作れないかとの要望に、可能性はあるが現在の戦争には間に合わないだろうと答えていたらしい。なによりも彼は原子力の基礎研究が人類の未来に寄与することを、純粋に願っていた自然科学の高邁な学者であった。1945年の広島の「原爆」投下に彼は衝撃を受け、すぐに現地へ若い研究者と駆けつけたのだ。調査収拾した放射能の性質から、原子爆弾であることを確信したという。アメリカが大平洋で拿捕したドイツのUボートから大量のウラニウムを発見し、これが日本へ運搬中であったことで、アメリカは日本の原子力による兵器の開発に疑いを懐いた。理研の仁科の研究室は爆撃で破壊されたが、荒勝の研究室にアメリカ軍が調査に入ったのは1945年の11月。これによりシンクロトロンの実験装置は破壊され、彼の研究ノート25冊は没収された。ノートだけはやめてくれと懇願したという。通訳を務めてトーマス・スミスは荒勝文策の原子力研究への真摯な態度とその研究姿勢の純粋さに非常な感銘をうけたという。トーマスの息子の話しでは、父は帰国後軍をしりぞき、日本の社会経済史の研究に一生を捧げたらしい。シンクロトロンの実験装置の破壊と基礎科学の成果物の没収の情報は世界の科学者をして抗議に立ち上がらせた。アインシュタインやバートランド・ラッセル、日本の湯川等の「宣言」が出たのは、純粋な科学研究に危機を懐かせたからだ。その後、アメリカは実験室の爆破等の暴挙の非を認めたという。荒勝文策は晩年は書に凝り、「行得一」と筆に認め、蘭の花をあいてに老後の静かな日々を過し、1973年まで存命、83歳で逝去したとのこと。
 番組は科学研究にある光と影の両面を指摘して終わったが、「伊400」と「日本の原子力研究者たち」の二つの番組より得た知見は、今後の日本と世界を考えるうえで参考になるものがあると思われた。但し、これに加えるべきは、アメリカ映画「頭上の敵機」(グレゴリー・ペック主演)の軍隊から、その公平で民主的な在り方を学ぶことが不可欠であって、今もって旧態依然の日本の組織風土からは、それを望むのはまだまだ困難だろうという感想を持った次第である。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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