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加藤典洋 17 ―日本風景論(2)―

 国木田 独歩は「武蔵野」以後の一連の短篇小説から自然主義文学の先駆とされている。独歩の「武蔵野」を虚心に読めば、日本語としての自在さと整然とした美しさに驚きを禁じえない。柄谷が「郊外」という作品まであるというので、武蔵野の郊外のことかと読んでみると、ガッカリとさせられるのは、「武蔵野」がエッセー風の散文で「郊外」が小説であるだけではないように思われる。夏目漱石は独歩の短篇「巡査」に低廻趣味をみてこれをこう評価した。「低徊趣味の小説には、筋、結構はない。あるひとりの所作行動を見ていればいいのである。『巡査』は、巡査の運命とかなんとかいうものを書いたのではない。あるひとりの巡査を捕えて、その巡査の動作行動を描き、巡査なる人はこういう人であったという、そこがおもしろい。すなわち、低徊趣味なる意味において、『巡査』をおもしろく読んだのである」。
 筆者は「漱石俳句集」を「武蔵野」と同時に読んだ。漱石には独歩の「武蔵野」における自然風景をみる透明なレンズの目より、人事に関心があつまる由縁が了解できる。少なくとも「武蔵野」には「詩趣」はあっても「俳味」はない。漱石の文学がこの「俳味」からはじめられたことは重要なことだ。復員兵として日本へ帰還して作家となった大岡昇平の「武蔵野夫人」は、漱石の低廻趣味の延長にある。また高橋源一郎は「日本文学盛衰史」で独歩の「武蔵野」から日本文学は「透明な散文」へと離陸したとしている。高橋の文学も漱石の低廻趣味の現代版であるのだろう。ただ、「死ぬことができない太宰治」(吉本隆明)という意味においてなので、それを作家自身がどれだけ意識しているかは知るよしもない。
 前置きが長くなったが、前回はこの独歩の「武蔵野」と「忘れ得ぬ人々」をめぐり、柄谷行人の論考「風景の発見」に対して、加藤典洋の「日本風景論」から「武蔵野の消滅」を取りだし、加藤の論考の眼目を紹介して「敗戦後論」へ至る道筋の一端を示してみた。だがこれだけでは当然に不十分であり、「風景とはなにか」を論じようとした「風景の影」までを対象としなければならないだろう。だがこの論考は加藤が死ぬほどに難渋したというように、現代文学の困難な問題に焦点を当てて論を展開している。困難な問題というのは、吉本隆明が「空虚としての主題」(1982年)で浮かび上がらせた「現在」の文学の課題そのものだからだ。

 今回は、柄谷と異なる加藤独自の「内在的な認識」について、その補足をしてみたい。なぜなら、この方法は加藤自身が自分の「原論」という「日本人の自画像」においても活用されている重要な認識であるからだ。前回では加藤はそれをこんなふうに述べていた。
「ぼく達は、ある景観、認識的な布置を前にしてこれを全面的に疑うことができる。その外側に“眼”の位置を据え、さらにその眼の周囲に自己を想定することもできる。その疑念には根拠がある。しかし、と同時に、自分の身体をこの景観の外側に持ちだすのではなく、その景観の前、その内側に置きつづければ、それは、そうした“外”の眼をもち“内”の身体をもった存在に、どのような『現れ』をもって見えてくるのか」
 筆者はそれを「内在的な思考」と呼称してみてこう言ったはずだ。
「加藤はこのあたりから彼独特の内在的な思考を進めようとする。柄谷からさらにその先へいくとは、そういう意味なのである。」
 そして、加藤が「その先」で掴んだものは、つぎのような表現となっているもののことである。

「『夢の島』に出てくる『二重人格の女』は、この小説の中での異物である。しかし、ここに『二重人格』として現われているものこそ、おそらく日野が探りあてた「忘れ得ぬ人」の感触なのだ。ここに国木田における『忘れてかなうまじき人』と『忘れ得ぬ人』の共存が八十五年をへて、どのような形でいま掴まれうるかの一つの回答がある」
 加藤がここでいう「一つの回答」という国木田における「忘れてかなうまじき人」と「忘れ得ぬ人」の共存という内容からは、より具体的なイメージとして掴みづらいもどかしさが残る。このもどかしさにこそ加藤が、登山家メスナーのように一人単独で登頂しようとした難関があるといっていいのだろう。筆者はこの論考にロードムビーの傑作映画「パリ・テキサス」(1984年)が顔をだしていることを興味をいだいた。あの映画のトラヴィスなる彷徨者がナターシャキンスキーが演ずる妻に再会し、ミラールームでの会話空間に、筆者が惹きつけられたある主題、即ち、見るものと見られるものとの一方通行路(ヴェンヤミン)を見出したが、これは加藤が「風景の影」で究明しようとしたことと深く関わってくるものだろう。
 さて、加藤のキーワードともいうべき「二重性」という語彙から、「風景の影」へアクセスを試みてみることにしたい。
 「おそらく、風景をめぐる論議にいつも伴う困難は、この『風景』の二重性ともいうべきものを解くことができないことによって、生じている」
 ここで加藤は風景についての核心となる重要な表明をしている。続きを引用してみよう。

「ある人は『風景』が人間の内面の影(反映=結果)だというし、またある人は、そうではなく、『内面』こそが風景発見の影(所産=結果)なのだ、という。それでは風景はどのように『発見』されたのか、後者がここでもちだすのが『写真』であり、彼等によれば風景は、『写真』の影(所産=反映=結果)なのである」
 ここからが加藤の特異な思考が動きだす境域があるのだが、それはとりあえず写真論として展開されるだろう。
そして、こんな推論を加藤は提示する。
「風景は早く来すぎた写真、写真は遅れてきた風景だった。
ということはむしろ写真が、風景の所産、あの『風景の影』だったのではないだろうか。」
 そして、ここまできてはじめて、この「風景の影」という論考が、大島弓子の「秋日子かく語りき」という漫画から始まり、風景とはなにかという「自己剥製」(本文P350)ともいうべき苛酷な無呼吸による深度潜水の様相を呈しながら、吉本ばななの小説により浮上するという現代批評の冒険が垣間見られるというわけなのである。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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