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加藤典洋 19  ―小さな天体―

 名辞以前という言葉が中原中也の試論にあります。この詩人によると、「手」という言葉が喚起される以前に、「それと感じられる」世界のことなのですが、それはことばにはできない。だが「詩」はそれをことばにしなければならないのです。加藤という批評家へのアプローチでは、この名辞以前という中也の詩作の方法に拠り所をもとめることが、一番適切ではないのでしょうか。1995年の「敗戦後論」でもなく、この本が招いた誤解を解くべく、パリで思索した浩瀚な「戦後的思想」でもない。日本人にこだわった「日本という身体」そして、小林秀雄に代表される「近代」に抵抗した「日本人の自画像」でもない。加藤の肖像を描くには、この名辞以前のことばにならない、いまだ想像の眩暈、おぼろな妄想に浮遊するものを手がかりに、試行するのが最もいい方法ではないでしょうか。
 たとえば、加藤が一年ほどの休暇を大学からもらってデンマークとアメリかのサンタバーバラで過した一年の日々を綴った紀行日誌「小さな天体」には、加藤典洋の生き生きとした日常とそこに点綴する断片的な思考の煌めきをみることができます。学生時代の十年を中原中也に入れ込んでいた加藤という批評家の底板に描かれたものこそ、加藤という人間の核心的な淵源となっているのではないでしょうか。初期の「批評へ」に収められている数多くの文章には、加藤が「思想」へと離脱する以前の、中原中也から手にした思考の豊な萌芽がみられます。彼の本質は半分以上のものではありません。それ故に彼はいつも一人二役をこなしていなければなりませんでした。これが彼が産みだした戦後の新しい「批評」なのでした。たしかに「日本人の自画像」は力作です。しかし、「小さな天体」に表現された日常には、それと比較できない豊穣な喜びがあります。加藤の冒険的な思想のダイナミズムにある種の「天才」を認めないというのではありません。「戦後」をめぐる著作活動が加藤典洋という文芸批評家の驚嘆すべき表現であることはたしかでありましょう。そこに彼の人生の大半が割かれていることは事実でありますが、加藤自身の表現をかりれば、それはむしろ二階屋であり加藤が住むのは、その家の一階のほうにあるのです。彼の特質は二層性にあり、二重性にあります。なんなら多様性といってもいいかも知れません。小説をやめた批評家、詩を書かない批評家。詩をも小説をも通過して、彼は批評文を書き続けましたが、それは中原中也と腐れ縁でむすばれた小林秀雄に近似した姿をしています。Jポップの音楽まで手を広げて、彼は現代批評の領野をひろげようとしました。こうした努力があまり評価されないうちに彼はあの世へ旅立ってしまった。鋭敏で先端的かつ広闊な彼の感覚は、「戦後」なる思想の看板にあまりに先導されてしまったきらいがあるようです。そこに彼の時代性があったことは否めないにしろ、彼の多岐にわたる好奇心が「戦後」という閉域に限定されてはなりません。さらに広闊な風景、彼の「武蔵野」のどこにでもある風景の中に解放される必要があるのです。
 彼はなにより「文学」の徒であり、大学教師でさえありました。山形県の元警察官であった父は95歳になってテレビを見ずに塩野七生の「ローマ人の物語」を読む書斎派ですが、早熟な彼はその父に反抗しながら成長して東京へ出てきています。1960年代のたぶんに政治的な季節を通過しながら、中原中也に長きに亘って雌伏してきたことは看過できない、彼の「語りの背景」にならないはずはないでしょう。彼が中原中也の感化を受けたことがその後の彼の基底になっていることには見えづらいものがありますが、彼の感性の形成はその「名辞以前」の思想の萌芽期にあることは注目すべきことなのです。死者への視線、江藤淳や小林秀雄からの摂取と批判、吉本隆明からの思想的な感化においてさえ、中也の影をみることができるのです。死期も間近に「太宰と井伏」その再説から、太宰の実存的な存在の底板に、初代なる女性を浮上させる根拠となる彼の内的な想像の発露は、まさしく「名辞以前」からやってきているものでありましょう。その「名辞以前」を彼が小林を批判した口調でいえば、「思想」に繰り込むことができなかったようです。そこに彼の一見難しそうな文章がでてきますが、そこには産みのくるしみが窺えます。「文章表現法講義」を読めば、彼が日本語による表現にいかに創意工夫を重ねたかが得心されることでしょう。加藤はその初期に中原中也の核心を衝く論考を著わしています。中原は小林秀雄の知性とは対照的な詩人であり、三島由紀夫は加藤に「戦後」の普遍性を啓示した者ですが、小林的な知性の戦後版として、中原の対極にありました。加藤はこの三島といわば背中会わせに遭遇したのです。加藤の三島への共感と反感は運命的なものでしたが、どこかに不透明なもがあるのは残念なことでした。「日本人の自画像」とは別に三島を論じることができていたなら、彼の「尊皇攘夷」はさらにインパクトのある射程をもつこともあり得たかも知れません。
 ともあれ、加藤典洋という一人の文芸批評家にとって、「小さな天体」という一冊の日誌が、50年にちかい「戦いの記録」(カフカ)の中で、素適な魅力を放っていることは、たしかなように思われます。そして、この国が100年の間、毀損し続けていた事柄を口ごもりながら夢想してきたものが、この「小さな天体」であったといってもいいのかも知れません。



         IMG00012天体



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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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