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作家三島由紀夫「最後の言葉」

 NHKのカルチャーラジオアーカイブス、声で綴る昭和人物史というタイトルの番組があります。当番組により、11月30日までに作家三島由紀夫の肉声を、ノンフィクション作家 保阪正康の司会、宇田川清江の番組進行で、延べ5回に亘って聞くことができました。この番組ではこれまでにも、吉田茂、ドナルド・キーン、緒方貞子等の政治家や文化人らの貴重な声に耳を傾けさせてもらったものです。この一部はすでに当ブログに紹介させてもらいました。
 さて、11月30日に放送された三島の録音はこの最終回にあたりました。ここに1968年の10月3日の早稲田大学での講演と1970年の11月18日、所謂、三島事件の1週間前の二つ音声を聞くことになったのです。両方とも短い時間の放送で、とくに最後の言葉と思われる11月18日のものは古林尚という人が三島邸を訪問して録音をしたものです。「疲れ果てましたよ、もう」という三島の声で録音は終わっています。三島の太い声は相変わらずに落ついたものでした。ですが、どこか心急く調子と今後の文学的な展望をきれいに否定しているのが印象的でした。
 話しの内容は、自分をローマ時代のペトロニウスになぞらえ、日本の古典の言葉が身体に入っている作家は自分が最後になるであろうこと、戦後の理念は福沢諭吉体制というもので、日本はナショナルよりインターナショナルな国際主義と抽象主義(安部公房の文学に代表される)となり、資本主義国は世界中が同じ問題を抱えることになるだろうと予言しています。自分にはなんの文学プランもないと述べ、繰り返しになりますが、「疲れ果てた、もう」のことばで終わっているものでした。
 順序が逆になりましたが、大学講演のほうでは学生の「文学と社会」「三島美学と夭折願望」の質問に答えたもので、ここで三島は大変に正直に応答しています。すなわち、文学は自分から生まれ不在の言葉でしかないものだが、これは社会を敵としながらその社会で認められる言葉で書かれねばならないこと、夭折願望については戦後にはそのチャンスがなくなり、自分も太宰さんのような女性が現われないので心中もできないと冗談をとばし、老いてよれよれになり垂れ流しで畳みの上で死ぬのが一等恐いのでそれだけは厭だ、西郷隆盛は49歳で死んだ、自分にもあと3,4年はあるが、今後どうなるか分からないと言葉を濁しています。
 ともあれ、三島の予言は50年前の有名な文章「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」においてつぎのように述べられていたものでした。
「私の中の二十五年を考えると、その空虚に今さらびっくりする。私はほとんど『生きた』とはいえない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。二十五年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえている。生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまった。それは戦後民主主義とそこから生ずる偽善というおそるべきバチルスである。こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。」
 三島がここで「バチルス」と表現している言葉は「感染症」という意味ですが、録音にありました「日本はナショナルよりインターナショナルな国際主義と抽象主義となり、資本主義国は世界中が同じ問題を抱えることとなるだろう」との三島の言明は、どこか恐ろしいぐらいに的を射ているように思われるところです。だがどうでしょう、その後50年を閲するあいだに、昭和は終わり平成を経て令和と年号は変わり、既に作家の45年の生涯を越えています。そして、現在の世界が地球規模の限界を迎え変貌を余儀なくされつつあること、いままた新型コロナウイルスという目に見えない敵との闘いの最中にあることを想うとき、わたし達は今後の日本と世界の変動の常なき海の中へ、小舟に乗る人が後ろ向きにオールを漕ぐように、前に進んでいくよりほかにはないのではありますまいか。






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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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