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小説「花のねむり」

 我が輩がこの家に来て三年が経った。この家の主人は椅子の背に凭れ、眩しい冬の陽ざしを浴びている。隅田川の水面をカモメが飛んでいく。高空では鵜と烏が競うかのように羽ばたいている。主人は珍しくパイプを吹かしその景色を眺めていた。
 階下から細君が、洗濯ものを抱えて上がってきた。
「クラノスケはどこへ行ったのでしょう。姿が見えないんです。知りません?」
 主人はなにも答えない。耳が遠くなったせいか、細君の声が聞こえていないのかもしれない。それとも朝一番でみた株価の動向に気を取られているのか、それは我が輩には分らない。
 主人の視界は細君のひろげた洗濯ものでふさがれてしまった。主人は不満気に椅子から立ち上がる。視力を失いかけている片目の瞼の上に、陽光に燦めいた川面から眩しいほどの光が当たっていた。

「今日は何曜日だろう」
「新聞を見ればいいじゃないですか」
「目がわるくてなってから新聞を読むのが億劫になってね」 
「上のほうに大きな字で出ています。土曜日です」
「じゃ明日はもう日曜になるのか。一週間はアッという間に過ぎてしまうのだね」
「一年だって・・・」
 細君は口まで出かかったがそれを呑み込んだ。
「するとクラが来てからもうすぐ三年になるのか」
主人はそう言って、我が輩の姿をさがした。
「そうですよ。クラノスケは三歳になるんです」
細君も主人と同じように辺りを見回した。
 我が輩はこの家の主人と細君から、ときおり姿をくらますことがあった。人からペットとして飼われながらその視界から姿をくらます我が輩たち獣のあり方について、誰も不思議と思ったことがならしい。

「あら、またキッチンの上に乗っているわ。そこはダメだってなんど言ったらわかるのかしら。クラ! 降りなさい」
仕方なく、我が輩は床に飛び降りた。
「まだクラは子供なのだ。探検が大好きな年頃なのさ」
「そうやって甘やかすから、自分の蒲団にオシッコをされるんですよ」
「いやもうしないだろう。クラはもうすぐオスではなくなるんだからね」
「でも分りゃしませんよ。オスの本能はなかなか消えないみたいですからね。この障子紙だってこんなにしてしまったのです」
たしかに張り替えたばかりの床の間の障子紙は我が輩が破ったらしいが、我が輩の頭はじつに簡単にできていた。いま眼に映るものだけがすべてであった。我が輩たちは可愛いけだものにすぎないのだ。

 一昨年の小雪まじりの雨が降る冬の日。車に乗せられダンボールの穴から外を窺っていると、車はまっすぐ西へ進み、墨田川に架かる橋を渡るとまだ古い家並みが残る柳橋の路地へ入った。その家は路地の奥にあった。瓦葺きの旧家の二階屋でその背後に石垣が見えた。そのまた後に無粋な鉄筋の壁が立ちはだかっている。
「あれはもう隅田川の堤防じゃないですか」
 驚いたように運転手がそういう声が聞こえた。
 家は敷地いっぱいに建てられた木造の二階屋である。以前は柳橋の芸子が出入りしていた置屋だったらしい。
 そういえば昔風の面影があった。わずかに並べた石畳の先に玄関がある。重い古風な格子戸を開けると、二畳ほどの広い土間の三和土があり、一枚板の上がり框の正面に古びた襖が並んでいた。旧い家屋特有の臭いが我が輩の鼻に匂った。
左隣は藤川流とかの日本舞踊の五階建てのビルとなっていた。右手は十階ほどのオフィスビルで、この槇野家の木造の建物はその間に挟まれていた。
 まだ生れて二ヶ月しか経っていない我が輩をペットショップから買いこんだのはこの家の主人である。
我が輩はひどく跳ねっ返りの仔猫であったが、主人の腕に抱かれると、我が輩はさっそく主人を見つめた。
「まあ、可愛らしい」
若い女の店員がそういうと、主人は我が輩を強く抱きしめ、ダンボールに入れられこの家に連れて来られたのだ。
 
 その日は主人の母親の命日であり、母親の弟が鬼籍に入ったのが偶然にも同じ日だった。この叔父さんは「変わり者」として槇野家で特別な語り草になっていた。
 いつも聖書を小脇に抱え、考え事をしながらブツブツ独り言をつぶやき、叔父さんは急に笑いだすのだ。大学を七年も通い牧師になりたいと言って家の者を驚かせたらしい。子供の頃、主人は弟と兄弟でこの叔父を忍叔父さんと秘かに呼んでいた。食事前にムニャムニャと何事かを言い、胸で十字を切る仕草が子供には忍者使いのように思われたからだ。この叔父さんの家に夏休みになると主人は弟と泊まりに行き、近くの森でカブトムシなどの昆虫採集をして遊んだ。兄弟姉妹の中でいちばん早くに亡くなった姉から主人が近くの小学校で自転車を習ったのもこの叔父さんの処だった。だが叔父さんはこの家の主人の母親を追うように亡くなった。偶然に二人の命日に家にきた我が輩を、主人が冗談まじりに「オジサン」と呼んだのはどうしたことであろう。細君はこの主人の冗談を一蹴すると、丁度その日が忠臣蔵の浪士討ち入りの日であったことから、それに因んで「内蔵助」という仰々しい名前をつけたのだ。気を紛らわしたいという妙な理由で細君の反対を押し切り、我が輩をペットショップから買いこんだ主人が我が輩を「オジサン」と呼んだのは、我が輩にオジサンを思い出させる兆しでも見たのであろうか。主人が「オジサン」に特別な思い入れがあるらしかったが、嫁にきた細君には主人の縁戚になんの関心もなかった。
 かくいう我が輩は、白地に黒縞の柄模様の、小洒落た毛皮を着たアメリカン・ショートの雄猫である。
 細君が「クラちゃん」と呼ぶのは自分が名づけた「クラノスケ」があまりに長いからだ。

 先日のことであった。夕食中、我が輩は部屋を駆けずり回り、食卓の上に「エイ!」とばかりに跳び乗った。
「あら! 御味御汁の中にクラが足を入れちゃったわ!」
「食卓の上なんかクラノスケには見えないんだから仕方がない」
 鷹揚にこう言ったのは主人の方で、台所へ駆け込み布巾を手に、こぼれた味噌汁を拭いたのは細君である。この細君は働き者で機転がよく利くのである。
「食卓のうえなんかに乗らないように躾てくれないと困ります!」
 普段はおっとりと構えている細君が、珍しく厳しい口調でそう言った。
細君に叱られた我が輩は少々驚いた。大きな目を見開いて細君の顔をみつめた。我が輩を見かねた主人が両手で胸に抱き寄せてくれたが、その居心地の悪さに我が輩はすぐに逃げ出した。

 家に来てから三ヶ月ほどが経つ頃、我が輩にもこの家の事情がわかりだした。
 主人の名前は孝太郎、細君は花という。二人の娘がいたがそれぞれの相性に合った男を見つけるとアッという間に下町の家から飛び立っていった。家にいるのはこの老けこみだした夫婦の二人だけである。近所に息子がいるがあまり顔をみせたことがない。背がひょろりと高く、なにを考えているかわからない茫洋とした雰囲気があった。まだ独り者のこの息子にもメス猫が二匹いる。二匹とも日本産の野良であった。おとなしそうなこの日本の仔猫は小さなからだで、遠慮ぶかげな声で鳴くらしい。この猫たちに我が輩はまだ会ったことがない。二匹とも真っ白い毛なみで、陽が射すと銀色に光り、月夜には雪のような白衣に蔽われるとのことだ。彼女等は既に避妊の手術が済んでいたが、我が輩はまだその任ではないらしい。
主人は十年ほどまえに役所を退職した。ほとんど外に出ないで三階の天窓のある部屋に隠っている。今風にいえばこもりびとというらしいが、この主人はこんな生活を昔からずっとやってきたのだ。頭の真ん中が見事に禿げているが、正月に来た孫がそれを飛行場の滑走路みたいだと囃してから、長い顎髭を生やし始めた。どうやら他人の視線を顔の下へ誘導する魂胆であるらしい。この部屋には隙のないほど書物があったが、この主人がそれらの書物を読んだとはとても思われない。
 
 食べることと寝ることが我が輩の生活といってよかった。まだ仔猫であることから、悪戯がやめられない。
 孝太郎の書斎兼寝室が当初、主人と我が輩が過ごした場所なのである。聞くところによると、この家の主人は当初郊外にいた姉の邸の庭つきの一軒家に独り仮寓していた。そこへ花が同居した。もちろん新妻としてのことだ。毎日の通勤以外の日ともなれば、朝食が終わると主人はテレビを見ることもなく、昼時以外は書斎に入り夕方まで出て来ない。新妻の花が身ごもりお産が近づくと東京の下町の実家ちかくにある産院に入った。それ以降、郊外のその家に花が戻ることはなかった。人家の混んだ都心の下町で生れ育った花は郊外の孝太郎の家で、生れてはじめてお風呂場の壁に大きなナメクジをみた。庭の草原を這う蛇、戸外にある風呂を焚く竈の下に潜む大きな蝦蟇カエルに悲鳴をあげた。秋には木の葉が屋根に落ちる音がさわさわと聞こえる。背後の竹林が風に吹かれてザアーと鳴る音がする。花は都心を離れた郊外で暮らしたことがなかった。都会育ちの花は自然をまるで知らずに育ったのである。
 孝太郎にとっては東京の下町は初めて暮らすところであった。両国から橋ひとつ隅田川を渡れば、往時であれば人気の花街の柳橋は隅田川の河畔にあってそれなりの賑わいがあった。川岸から船を上がれば吉原の遊興の里がひかえ、両国界隈は日本橋と地続きのいわば江戸の庶民生活の中心といえる土地柄である。花が娘のときは綺麗に着飾った藝者に憧れたこともあり、お琴や踊りの手習いをしたこともあったらしい。それが昭和三十年代になると客足が遠のいた。川端の店はどこも相次いで店を畳んでしまったのである。軒を並べた藝者の置屋もなくなり、いまはそうではないが隅田の流れからは鼻をつく異臭が漂っていた。その頃から柳橋は花街の面影をなくしていったのだ。
孝太郎は東京の下町の変貌ぶりをしらなかった。静岡の田舎者からすれば柳橋にはそれでもまだ江戸の残り香がちらほらとうかがえた。それで花の初産に釣られ、下町への好奇心も手伝って柳橋に居ついてしまった。下町育ちの花といえば一年ほど過した郊外の家に戻る気はもうまるでないのであった。
下町に引っ越してからも孝太郎は自分の書斎だけを、三階の物干し場を改造して大工に造作させた。学者でもないのに自分の書斎用の部屋がないと落ち着かない達らしかった。結婚の当初から霞ヶ関の官庁街から帰宅すると、主人が言うところの「自分の仕事」は止むことなく続き、現在まで飽きずにつづいているというわけだ。

 先日、主人のパソコンなるものに触ってみた。我が輩の目は小さな物が動くのによく反応してしまうのだ。度が過ぎるとさすがの主人も我が輩に手をあげた。待っていましたとばかりその手を引っ掻き思い切り噛んでやる。これがまた我が輩には面白くてやめられない。
「おまえは仔猫にしては利口者らしい。そして人間をとてもよく観察しているようだね」
歳をとってきている主人は、目も耳も悪いらしく自分の思うに任せないのが口惜しいのである。細君に話しかけても応答がほとんどない。互いに耳が遠くなって、言葉がすぐに口から出てこないので意思の疎通がうまく行かない。会話が逆しゃくするのを嫌がって、細君は主人との会話を避けているらしい。そのため主人はひとり言のように我が輩に話しかけてくるのだ。我が輩ももちろん主人の言うことが解らない。だが長いこと人間に寄り添って生きてきたけものである。主人の顔つきからその気持ちを察することには長ずるものがあった。というより、我が輩たち猫族には時により古代エジプト人が神にも崇拝した摩訶不思議な霊力が降りてくることがあったのだ。そんな時には、主人のこころの中がまるでガラスの金魚鉢を泳ぐ金魚のようによく見えるのである。それでそっと主人に近寄り、手の甲を舐めてやることにしている。そこに我が輩が犯した悪戯のキズアトが生々しく残っていた。
「クラノスケはどうして人の手足に飛びついて噛むようなことをするのだろうかね」
夫婦は同じ月に生まれていた。息子から二人の誕生日祝いにと贈られたタブレットの端末を覗いている細君へ、主人がひとり言のように尋ねた。細君の花はそれに応じる気配はまるでない。というのはつい先刻、タブレットにかざしていた手を我が輩に齧られそうになり機嫌を損ねていたのである。細君の眼は横目で我が輩を睨んでいる。しかし、海外で暮らしている娘から孫の動画が送られてきたせいか急に機嫌を取り戻した。
「バカンスに家族で日本に来たいと言ってきたのですよ」
 花は孫に会える喜びを抑え難く、隣にいる孝太郎へ珍しくそう答えた。孫のフランソワはもうすぐ四歳になる。我が輩はまだ会ったことはないが、人間の子供が正直なところ好きではない。子供の悪戯は特に我が輩へ思いも寄らない苦痛をもたらすからだ。尻尾を平気で踏みつける。「ニャン!」という叫び声を上げようものなら、子供に対する獣の攻撃と誤解して思わぬお仕置きをされるのだ。それで子供を見ると我等の同輩はすぐに逃げることにしている。子供は我等を追いかけ回して、動き回る長い尻尾を掴みたくて仕方ない悪童まで現れるから油断ができない。孝太郎がひそかに案じているのがまさにそのことであった。
 来日するフランソワがどんな悪戯づきの幼児か想像ができないのだ。夫婦が孫を見たのはまだ生れて間近な頃であった。その後、孫がどのように育っているかは送られてくる動画でしか知らないのである。
細君が眼を細めて眺めていた動画は、フランソワがどんなにやんちゃであるかを想像するに十分なものであった。我が輩はその動画を目ざとく視界に収めた。右のズボンのポケットには大きなライフル銃がはみ出し、お腹に巻き付けた帯には玩具の刀が二本も差し込んであった。それでも満足がいかないらしく、もっと武器をよこせとせがんで泣き喚いている。想像しただけで身震いがした。我が輩が反撃しようものなら、この家の夫婦とその娘の怒りの焔に油を注ぐだけであろう。

 先夜、我が輩が書斎の本を齧ってしまってから孝太郎の我が輩への態度が急変した。数日前には、主人の部屋で愉楽の一夜を過ごし、我が輩と主人との蜜月の日々が再来した喜びに浸ったのも束の間、幸福のひとときは夢のように消えてしまった。主人の枕の傍らに身を横たえ、老いているとはいえまだしんなりと柔らかい主人の指を舌で舐め、思いあまって噛んでしまった夜は戻ってこない。それというのも、ついつい我が輩が失禁して主人の蒲団を汚してしまったからである。
「クラノスケや、まことに残念なことではあるが、もうおまえと一緒に床を共にすることはできなくなった」
 我が輩は主人のその残念そうなつぶやきに、どんなに悲しい思いをしたことだろう。
 我が輩の臭いは主人の部屋に籠ってなかなか消えようとはしなかったからである。
「まあ、なんて厭な臭いなのかしら!」
 我が輩いじょうに鼻の効く細君は、いつもは主人の部屋を覗いたこともなかったのに、その翌日だけはカンが働いたのか、一歩足を部屋へ入れるなり大声を上げてそう叫んだ。そのときの主人のうろたえた顔の表情を、我が輩はいまでも忘れることが出来ない。
部屋の隅に蹲って我が輩は、人間のオスとメスが演ずるすべてを見たような気がした。
「掃除と洗濯はぜんぶあたしがやることになるのです。クラノスケを高いお金で買ってきたのは、あなたのお勝手ですがもうこれ以上の面倒見はゴメンです! あれほど生き物は厭だと言っていたのですからね。気をまぎらす必要があるなんて、意味のわからない理屈で猫なんて部屋に連れ込んだのはあなたなのですから、さいごまで好きなクラノスケの面倒を見てやってください。あたしはやることが山ほどあるんです」
たしかに細君が主人に渡す一ヶ月毎の予定は毎日のように様々な用事で埋められていた。町内会の役員会や行事、お年寄りの体操教室、友達との食事会、お習字の稽古、フォークダンスの練習などが、隙も無く予定表を埋めていた。
 細君は自分が居なくても、主人が昼と夜の食事ができるように準備万端に怠りがなく家を空けるのだ。孝太郎はキッチンから細君の用意してくれた食事を食卓に運べばいいだけだ。
 主人はこの細君の憤懣の長口舌を黙って聞いていた。細君は高血圧の気があった。倒れられるとの心配からか興奮気味の気持ちを宥めるかのように、淡々とした口調で孝太郎はつぎのように言った。

「たしかにクラノスケはペットショップで一目見ても跳ねっ返りの仔猫であった。小さなオリでアイツが一番元気そうだったからね。早くこの金網から外へ出たいと飛び跳ねていたよ。オリから出して抱かしてくれたあいつがおとなしく腕に抱かれている様子はとてもこころが和む気がしたものだ。こいつは一見跳ねっ返りにみえるが、じつはとても寂しがり屋の仔猫にちがいないとね。だんだん大きくなるにつれてぼくやおまえを理解してくれる一人前の立派な猫になるにちがいないのだ。まだいまは人間でいえば、ほんの五、六歳の子供にすぎないので、おまえにはいろいろと面倒だろうが、それまで大目にみてやってくれないかな。ぼくたちの孫のフランソワと同じ年頃なのだからね」
細君は可愛い孫と我が輩を同列に扱った孝太郎の話しぶりに言葉にならない苛立ちを覚えた。それで孝太郎には聞こえないほどの舌打ちをすると、そっぽを向きながらも我が輩をじっと見つめなおしたのである。
そこには母が子をみる優しさと一抹の猜疑心が同居していることを我が輩は一瞥で感じ取った。そして主人の気まぐれの愛情よりも、細君の優しさに惹かれるものを感じたのだ。
 長年、孝太郎は自分中心の生き方で家族のことを顧みようともしない生活をしてきた。それを黙って赦してきたのは細君である。細君の家計の切り盛りには秀でるものがあった。細君は主人が一人部屋で行っている「仕事」と称するものが何であるのか関心も興味もなかった。ただ一度だけ主人が朝から役所にも行かず、蒲団に寝転んだまま開いた本で顔を蔽ってジッとしている様子を目にした細君が、洗濯物を干しに主人の寝ている部屋をいかにも不満気に入りこんで、ずかずかと歩いたことがあった。すると孝太郎の虫のいどころが悪かったのか、「ウルサイゾ!」と大声で一喝されたのだ。細君はこれに黙っているわけにはいかなかった。憤然として、寝ている主人の上に飛びのり、興奮のあまり噎び泣きながら、主人の首を両手で締めつけた。すると孝太郎は抵抗もせずにこう言ったのだ。
「ああ、もっとやってくれ、ぼくはおまえにそうして首を絞められてあの世へ行けるものなら本望なのだからね」
 これで細君は正気に戻った。孝太郎はふと口からでた言葉があまりに気障ったらしいのに呆れたが、そこに細君への本心からの気持が吐露されていることに気づかされた。のしかかる花の身体の重みと首を絞める花の腕の力、そうした直截な愛憎こそ、孝太郎が内心にもとめているものであった。その時、細君の花は、日頃自分が耐えてきたものがなんであるのかをぼんやりと感じたが、孝太郎が捨て鉢で自棄になっている理由がどこからやってきたものか、それを想像することができなかった。こうして偶発的に接近したふたつの肉体はそのまま離ればなれに、異なる圏域を為してひとつの家に同居する暮らしが続いてきたらしいのだ。
 翌朝の新聞に孝太郎の職場で起きた事件が報じられた。それは公金の不正な流用があったとの大きな記事であった。金額は巨額とのことである。だが主人がその事件とどんな関わりがあったかは不明なままであった。全容がまだはっきりとしたわけではない。地検の捜査員が大勢やってきて一時職場は騒然となった。主人はこの事件について一言も触れようとしなかった。帰宅時刻は不定期になり、職場は相当にごたごたした日々が続いたという。細君は役所で主人がしていることにまるで関心をもったことがなかった。役人がどのような仕事をしているか想像しようとしたこともない。主人の孝太郎がどんな気持で役所にも行かずに、部屋の蒲団に横たわり顔を本で蔽って何を思っていたのか、花には想像も及ばないことであった。
 それ以来、細君の孝太郎への態度が変ったらしい。いまでは主人が自身の「仕事」に励む余り、我が輩への食事の世話を忘れるときには、細君は空っぽのお皿にちゃんと餌を補給してくれる気遣いをしてくれるようになった。次第しだいに、我が輩は細君の細やかな愛情に惹かれるものを感じだした。それに細君は時折、我が輩がその膝に足をかけると胸に抱き寄せてくれたのである。
 この時のなんともいえない温かい安心を我が輩が、ひたすら求めだしたのは仔猫であることから無理からぬことではないだろうか。
「おっ、クラノスケ、またそんなことをされてうっとりとご満悦の様子だなあ」
こんな嫌味な主人の声が聞こえたが、我が輩はそれを無視した。事実我が輩は花の胸に抱かれて、小さな鼾をかくほど安らかな眠りを貪ったことはない。花は我が輩の頸下をそっと撫でてくれるのだ。我が輩が前足をまるく曲げて、人間の赤ん坊にそっくりな仕草で、眼をつぶっている姿は、母親の胸で安楽な時を過ごす生まれたての赤子の様子となんの変わりもない。そばに寄ってきた孝太郎が我が輩のうっとりしたその貌をまじまじとのぞきこんでいる。そこには主人の羨望がモヤモヤと燻っているのを、我が輩は半分目を閉じながらも感じないはずはなかったのである。
「おい、クラノスケや。おまえはなんという可愛がられようなのだろうか。それでは動物というより、もう人間の赤ん坊そっくりではないか」
 細君はなにやら不可解な微笑を浮かべて、我が輩を抱くのをやめようとはしない。それでもようやく腕が疲れたとみえ、我が輩は座敷に放り出された。
「おい、こんどはぼくが抱いてやろうかな」
今まで極楽にいたかのような微睡みから覚めやらぬ我が輩は、ヌッと伸ばされてきた主人の腕になんの誘惑も感じなかった。それどころか嫌悪をうかべた両眼を主人へ注いでやったのだ。その思わず見せた冷たい両目が主人に与えた小さな衝撃は、つぎのような主人の嘆きとなって我が輩の耳朶をなぶった。
「クラノスケや、おまえがそんな現金なやつだとは知らなかった。おまえの餌を買いに行き、糞尿の片付けをして、トイレの砂を新しいものに替え、掃除しているのは一体誰だと思うのだね」
 いつもの孝太郎にしては、そのことばにはこれまでにない棘があった。我が輩は仔猫であったがそれなりの誇りはあるのである。そこいらに徘徊するこの町の野良たちとは違うのだ。純然たるアメリカン・ショートという血統書つきなのである。我が輩は主人の足に飛びつきざまズボンに爪を立ててやった。

 空に浮かぶ雲の動きよりも早く、季節の移ろいは足早に過ぎていった。   
 そろそろ暑い夏の日差しがこの街の上に降り注ぐ時節となりはじめていた。隅田川の川面に反射した陽ざしが熱い空気をこの家に運んでくる。そうした折りに、玄関の石の三和土の上で寝そべるのは、なんともいい心地であった。わずかに吹き抜ける涼風がからだを撫でていくその時間こそ、我が輩たちの一日の愉楽であった。三和土はひんやりとして、そこにからだを沈めて舌で丁寧に舐めまわして毛繕いをする。そして時折、網戸越しに路地を行き交う人や自転車を遠目に眺めることはむかしから変わらない我が輩たちの喜びのひとときなのである。その平穏で優雅でさえある時間こそがわれら猫族のなにものにも代え難い生活であった。
 玄関の網戸がなければ外へでてこれまで嗅いだことのない新しい臭いに触れる自由が我が物となるだろう。だがそこには大型の車が遠慮もなく発する騒音により我等の神経を苛む場所でもあった。しかし、路の隅に流れる暗渠から洩れる様々な異臭、隣近所の家の前を飾る鉢植えの植物が咲かせる花々から、この町に立ち上る変ることのない日々の暮らしと香しい自然の息吹を感じることができた。それらが渾然一体となり我が輩たちの精気を甦らせてくれる。すると身内に宿る野生の感覚が呼び起こされて、もっとこの世界の近くへ、もっと広い世界を飛び回りたいという衝動が生れてくるのであった。
そんなことから、現にこの家の玄関から逃げだすことがあった。孝太郎や細君が慌てて我が輩を追いかけて捕まえられるまで、それはほんのわずかの間だが、その短い時間が我が輩には無上の悦びに感じられた。もう誰の家のペットでもない自由をそのほんの一時だけ味わいもした。そうしたいばかりに、孝太郎や花の一瞬の隙を狙うのである。

窓の障子は白々と、夜明けが近づいている。そろそろ細君が目覚める頃であった。
 我が輩は主人の扉の前から、階段を駆け下りた。細君が部屋の襖を開けて朝の支度に出てくるのだ。その隙間をぬって、我が輩が細君の部屋へ飛び込もうとしたが、その隙間を細君は太い脚で塞いでいる。つぎにダンボールで襖の下を蔽い、我が輩に爪をかけられないように防御策を講じてしまった。そのダンボールに我が輩が気を取られている間に、細君は部屋の外への脱出に成功するのだ。この細君がいるかぎり細君の部屋に侵入することはほぼ不可能に近かった。だが一度だけそれに成功したことがある。      
 我が輩の悪戯を甘くみていた頃、部屋じゅうを鼻で嗅いでの探索が終わると、仏壇に我が輩は跳び乗った。その行状に驚いた細君は、突如、なにやら奇声を発して我が輩の首根っこを掴まえた。しかし、俊敏な我が輩の果敢な行動は、すでに凄惨な様相をみせて細君を驚かせた。
「ああ、おまえはなんてことをするのです!」
 細君の悲鳴は近隣に響きわたった。奥の位牌は薙ぎ倒され、線香立ては転がり、燈明台は仏壇から畳の上へ投げ出されていた。この惨状に目を剥いた細君は、その後、我が輩が部屋に入ることを厳禁としたのだ。
 その時の細君の声と形相の凄まじさには我が輩は尻尾を巻いて退散した。
以来、我が輩が細君の部屋に近づくことはなかった。しかし、孝太郎の部屋だけは特別であった。ペットショップからダンボールに入れられ、最初に連れて来られたのが主人の部屋であった。居られたのは月日にしては短いものであったが、主人と過ごした愉しい日々を我が輩は忘れたことはない。あの臭い付けをして思いあまって失禁してから、我が輩が独りで寝るゲージは、細君の部屋のある二階の廊下の奥へ追いやられてしまった。そこに障子が嵌まった出窓があり、幾つかの植木鉢が並んでいた。多少そこだけは広い廊下となっているのを幸い、主人が退職まえから始めた武道の稽古場に利用していたのであった。広いといっても、木刀を振るほどのスペースではない。せいぜい手刀で型稽古のまねをする程度である。細君の話では、以前に一度木刀を使った際、出窓の障子を叩いてしまい、その拍子に植木鉢まで割って近所の顰蹙を買ったことがあった。それから細君の強い叱責から、木刀を家の中でみることはなくなった。
 主人は机からほとんど離れたことはない。書物の虫だと細君の花は主人を見限っている。働き者の細君は主人のしていることになんの関心もなかった。少ない年金の将来を心配しているので、主人にはほんの僅かな小遣いを渡すだけである。細君の花からすれば、孝太郎の生活の中心は「夢」の中にあり、孝太郎は「夢の人」なのである。長い間の本の読み過ぎで片目がつぶれかかっている。孝太郎の机の上にはいまでは、大小とりどりの拡大鏡が並んでいるのだった。
 それなのに退職前から続けている武道を孝太郎は止めようとしなかった。週に一度は元の職場にある道場へ出かけていた。道場では真剣の刀を使っているようだ。目もそうだが歳を重ねるに従い、動作は以前ほどの切れが失われているのにやめようとしない。命を危険にさらす闘争と冒険への潜在的な本能は、人間の生の意識を活性化するのであろうか、我が輩には解らない世界だ。稽古には相応な出費が欠かせないが、孝太郎はいつから始めたのか証券会社とネットでの株の売買を行い、すくない小遣いの穴埋めをするていどの利益は得ているらしいのである。いや孝太郎はそれどころか少ない退職金の半分ほどの損失をしているのに、それを細君には内緒にしているとも思われた。
 午前の九時になると、パソコンを開くのは博打にも等しい株取引のためであった。我が輩はそのパソコンの画面に点滅する光に、本能的に反応しないではいられない。主人の机に跳び乗り、身を乗り出しちょっかいを出す。一度キーボードの上を歩いてしまった。途端に主人の手が我が輩の首根っこを掴まえ、身体は宙に浮かんではげしく床に落下した。
床の間にあるテレビのお天気予報はよくみていたものだ。棒の先につけられた黒い玉が気象予報士の手の先に動くと、テレビの台に乗り、画面を移動するその玉から眼が離れず、ちょいちょいと手が画面の上を追い回すが、これについては、めずらしく孝太郎と花が一緒に声を立てて笑った。我が輩は老夫婦ふたりの淋しい生活に一抹のぬくもりをもたらすことに貢献することができたようだ。

 ある日の午後のこと、自宅の電話が鳴った。
 花が受話器をとり耳にあてると、
「孝太郎さんのお宅でしょうか?」とかぼそい虫が鳴くような女の声がした。
「どちら様でしょうか?」と花は思わず問い返した。
「孝太郎さんは・・・・」女はまたそう言いかけたが、やがて、プツリと電話は切られた。
 花はしばらくその受話器を手にしたまま、遠くへ目を注いでいた。それはボンヤリと空をみているようにも、我が輩にはなんとも奇妙な様子に思われた。その時、孝太郎は近所の医者へ行って留守であった。孝太郎が帰宅したあとも、花が電話の一件を主人へ話すことはなかった。できればないことにして、夫婦の平穏な生活が乱されたくないとの深謀遠慮が花に働いたようだ。なにかあれば主人の生活にそれなりの変化があるにちがいないと花は推理して、電話のことは腹に治めておくことにしたのである。テレビの推理ドラマが好きな花はそれから孝太郎の日常をひそかに観察するようになったが、主人にはこれという変わったところはなかった。しかし、花は孝太郎のまだ若いころに、しばしば深夜にかかってきた電話の一件が遠い記憶の隅から甦るのを覚えた。一時、花はその女の電話の声に悩まされていたが、特別に孝太郎の私生活が乱れることがないと判断されると、それ以上の詮索は打ち切ってしまった。そして歳月とともに花の頭からその奇妙な電話の声は拭い去られていたのであった。

 成長につれ運動量が増えたためか、我が輩の食欲は旺盛になった。ペットの餌代はこの家の家計には負担でない訳はない。その調達は主人の仕事なのである。自転車で我が輩の便をまぶす砂は意外に重たかった。それを三袋も買って前の荷台に乗せたせいで、ハンドルをとられ主人の自転車は車道へ乗りだした。そこに軽自動車が来たがブレーキを止める暇なく孝太郎の自転車をなぎ倒した。孝太郎は横倒しに路上に倒れて右手を骨折した。ギブスがとれても右手はお箸を持つこともできなかった。夏の暑熱のなかを孝太郎は五ヶ月もリハビリに通った。しかし主人が刀を握ることはできそうにはならなかった。だが孝太郎は自宅前の駐車場で、木刀を使って居合の稽古をやめようとはしなったのである。
 家の階段を上がるにも手摺を捕まっていたが、家の中でも杖を手放せなくなった。我が輩は主人が階段を上がると、その脇を駆け上るのは、主人の部屋の扉が開かれ、中へ入れることができるからである。しかしそうした我が輩の敏捷な身体に足を捕られてよろめく主人は、やはり見るに忍びがたいものがあった。我が輩の成長とは逆に、この家の主人の老化は進む一方なのである。扉の前で尻尾を振って待っている我が輩を見ると、すっかり老け込んだ主人も我が輩と暮らした日々が忘れられないらしかった。蒲団にはまだ我が輩の臭いが染みついていた。そこへ跳び乗ると、堪らずに我が輩は主人の目を盗んで失禁をしてしまう。主人の深い溜息が部屋中に響き、その後を細君の憤慨やるかたもないはげしい喚き声がフーガのように続くのであった。
「もう何度、クラノスケを部屋へ入れないと聞いたことかしら!」
 細君の険しい繰言を聞く主人の痛恨が我が輩の胸を痛めた。細君の嘆きにもそれなりのわけがあることを我が輩も認めないわけにはいかなかった。

 数日後のことであった。我が輩が運び籠に入ると突如ジッパーが締められた。そのまま自転車に乗せられ、ペット専門の病院へ連れて行かれた。半日眠らされていたが、ようやく家に帰ることができた。なにをされたのか我が輩は知らない。ただ主人が我が輩を見る目に憐憫の色が浮かんでいるのを我が輩はみた。
「クラノスケや。おまえはなんと憐れな動物になったのだろうか。それをおまえ自身が知ってはいないのだ」
 孝太郎は大層な溜息とともに慨嘆した。そして、餌入れからスプーンに山盛りの餌を器に盛ってくれたが、食欲はなかった。なんだか気だるい。身体の芯から力がぬけたようだった。それから我が輩は太りだし、見るみるうちに大きな身体に成長した。今まで寝ていた座布団では足りず、大きな座布団で寝た。主に細君の座布団を選んだ。そこは主人のよりも不思議に寝心地がいいように思われたからである。
 花の我が輩への接しかたにはこれまでないやさしさとぬくもりを覚えた。細君の胸では、恥ずかしながら鼾をかいて爆睡してしまうのである。薄目をあけると、横で主人が我が輩と細君を見る眸に、やはり嫉妬の靄がかかっている。そして、こんな主人の一言が聞こえた。
「玉なしクラや。もうおまえの猫としての生活にどんな未来があるというのだろう」
 それを聞いた細君は、まるで主人に反論するかのように低い声で応じた。
「オスとかメスとか、男だとか女だとか。これからの世の中にどんな社会的な意味があるというのでしょうか」
 そして細君は我が輩を胸に抱き、頭と頸下をやさしく撫でてくれた。我が輩は細君の腕の中で、グッスリと心地よい獣の眠りに落ちた。その安逸は我が輩にも覚えのない「母」の乳房から乳を飲んだ一時の記憶を甦らせたのかもしれない。
こうして孝太郎夫婦の家に初めて訪れてからの我が輩の生活に、さらに半年という月日が流れ去った。

 我が輩は孝太郎と花の人生の黄昏時に、まるで水嵩が減る川のせせらぎが細くなり涸れていくように、夫婦の間に薄氷がはりだすところ、多少の潤いと少しばかりの刺激、その橋渡しの役となったのかもしれない。

 炎熱の夏がやってきた。連日の猛暑はこの街から人の影をぬぐい去ったようである。
 いよいよフランスから家族が来る日となった。もうすぐ四歳になるというフランソワは初めのうちは物珍しそうにおとなしくしていたが、この家に馴れはじめると、まず我が輩へ多大な興味を示した。そして案の定我が輩の頭へ手を伸ばした。始めが肝心と我が輩はその手に噛みついてやった。突然火がついたように泣き出した。それを見てすぐに細君が我が輩を叱りとばし、続いてフランソワのまだ若い母が憤激してこんなことを言った。
「この家ではどうやら猫への躾けができていないようね」
 これはこの家の主人の孝太郎への鋭い叱責を意味した。フランソワは母親の膝の上から恐ろしそうに我が輩を盗み見ている。主人は痛い処を衝かれたかのように我が輩を睨み、
「クラノスケ、手を噛んではいけないと言ったのにもう忘れたのかな!」
 そう言いながら、我が輩を抱き寄せようとしたが、その主人の手をも我が輩は噛んでしまった。つくづく我が輩が獣であることを、このときほど恥じたことはない。我が輩は実はこの孝太郎のフランスの孫を秘かに好意を抱いていたからである。
 
 狭い家の中はなんとも言い様のない騒がしさで、我が輩は落ち着ける場所を探し、階段を駆け上がり、三階の物干し台に退散することにした。そこからこの街の一帯が見渡すことができた。墨田区の対岸にまで広がったなだらかな川面が夏の強い日光にぼんやりと火照っている。すると偶然にもその無粋な堤防の上でジッと大きな腰をおろして、当家に鋭い視線を注いでいる巨体の黒猫がいるのに気がついた。我が輩は手摺越しに野良の黒猫の動静をジッと窺った。黒は周囲へちらちらと注意深い眼を動かしながら、我が輩の姿を探している様子にみえた。我が輩は野良猫と接した経験がまるでなかった。いかにも歴戦の勇者の風格を漂わせている野良が恐くもあった。だがその野良と鼻をすりあわせてもみたい、複雑な心持に揺れていた。その時、別の野良の雌猫が視界に入ったらしく、太い足で黒猫は駆け去った。その身ごなしにはその巨躯からは想像できない敏捷さをみせた黒は我が輩を驚かせた。ふっと息が抜け、緊張がいっぺんに抜けた。耳を澄ますと階下から、フランソワの泣き声が聞こえた。
数日後、長女の家族の訪問があった。フランソワの喜びはひとしおで、八歳になった従兄弟の姉の身体を抱きしめて離れようとはしない。姉のほうも弟ができた嬉しさからフランソワとすぐに遊に興じた。それに今年中学に入ったばかりの兄が混じり合って、狭い家の中は火事場のような様相を呈した。我が輩は隅でジッとしているか、キッチンへ逃げ床に寝ているふりをしていたが気を抜くことができなかった。
我が輩は柔らかい蒲団の上で居眠りをするか、自分の舌で全身の毛を舐めて毛繕いをする時間がこよない楽しみであった。だがそうした場所も余裕もないありさまにほとほと困った。
 
 フランソワはとても我が輩の悪戯どころの話しではなかった。主人の机にパソコンを見つけると、それでゲームができると思ったのだ。触りたいと泣き喚いたがそれができないと、今度は孝太郎が大事にしていた京都の老舗から孝太郎が買い寄せた扇子を取り出し、力いっぱいにそれを開いた。扇子は二度と使い物にならなくなった。我が輩などの出る幕はなかったのだ。孝太郎の身体によじ登り両足をかけて肩に乗った。孝太郎の静止にもかかわらず、パリで小さなエスカルゴと呼ばれていたフランソワは涎を垂らしながら、つぎにペロペロと孝太郎の腕やら頸を舐めまわした。ために日本の孫から滑走路と呼ばれた禿頭はフランソワが垂らす涎でベトベトの有様となった。それが終わると、今度は肩に両足を乗せた。その強引な肩車から、主人の頭に両腕を回し左右に動き回った。主人の頸のあたりにギクギクと痛みが走った。あまつさえ孝太郎の禿頭を平手で叩いて喜んだ。その狼藉を見かねて、娘とその旦那が叱ると余計にその悪戯に興じる有り様であった。
 やがてフランソワを含め三人の孫たちの遊戯は最高潮に達した。狭い家での三人トリオのかくれんぼ遊びが繰り広げられたからである。フランソワが風呂場の浴槽の蓋の上に乗った途端、たっぷりと水をはった浴槽に落ちた。多量の水を飲み浴槽の中で溺れそうになったのだ。フランスのパパが驚いて息子を逆さにして水を吐かせて、ようやく騒動は収まったかにみえたが、従兄弟同士の狂騒はなおも激しく家中を振動させて止むことがなかった。
 
 子供達の悪戯騒ぎに気を取られている最中のこと。我が輩は玄関の引き戸の隙間から家の外へ飛び出した。幸い主人も花も久しぶりに再会した孫と娘夫婦のもてなしで我が輩の脱走は視野の外であった。
我が輩はすぐにこの街に櫛比する家々の植木鉢の蔭やら駐車場に並んだ車の下をかいくぐった。家と家との隙間を警戒心と好奇心が半々の興奮状態での逃走に成功した。なんと雑多な家々がひしめいている街であったろう。昔は柳河岸と呼ばれたその界隈は新橋と競う花街であったところだ。最初は怖々であったが進むにつれてそわそわとした興奮で我が輩は上の空となった。処狭しに並んだ家と家の間には無数の獣道が縦横に走っている。その迷路のような細道をあちらこちらと侵入して行くにつれ、我が輩の中になんとも愉快で自由な感覚が湧くのを感じた。野良たちが毎日味わっているのがこの暮らしぶりなのであった。そう思うと我が輩はこれまでのペット生活に二度と戻りたくなかった。我が輩の鼻はこれまで接したことのない物の臭いと香りに大いに刺激をうけた。次第に昂揚する酩酊感がこれに随伴した。これこそが野生の世界であるという感覚が我が輩の身体を満たしたのだ。
 我が輩は好ましい臭いに導かれるまま、身体は敏捷に運動を開始した。すると誰ひとり住んでいない空き家の裏から聞いたことのない唸り声に気付いて振り向いた。大きな黒猫が我が輩を睨みつけていた。三階の物干し台から見たことのある野良のボスの黒猫に違いなかった。我が輩の身体は一瞬固まりその場に竦んで動かなくなった。まるでボス猫の視線に射すくめられ鼠のようだ。その黒い巨体が我が輩への距離を縮めて徐々に移動してくるではないか。泥んこのように濁った眼が我が輩の全身を舐めるかのように睨み据えて眼前に構えている。その口が大きく開かれ、赤い舌と鋭い牙のような歯を見せた。なにやら獰猛なる威嚇がのし掛かり圧迫した。敵意と好奇心が混ざり合った一声がその獰悪な赤い口から噴出した。その声が我が輩の心臓を痛撃したのであった。うすい膜が破けこれまで体験したことのない世界が殺到してくるのを感じた。我が輩の中に烈しい恐怖とそれとは真逆の共鳴が湧いてくるようであった。我が輩の中にも、小さな声でそれに応答するものがあった。すると黒猫は素早く距離を縮めてきた。我が輩の鼻に自分の鼻を押しつけ臭いを嗅いだのである。とたんに黒猫の薄汚い顔が我が輩の顔になすりつけられ、同じ動作が尻へまわった。それが猫の世界の挨拶であることを知ったのは、巨体が去った後のことであった。この衝撃的な体験が我が輩にごく自然の行動であると理解するには多くの時間を要した。そこには同じ獣、同じ猫同士のざらざらとした共感があった。それから一時間ほど、町中の家々の軒下や乗り捨てられた自転車の蔭やらをほっつき歩いていた。やがて強い渇きと空腹が襲ってきた。どこを見回しても我が輩に餌をくれる人間、孝太郎や花のような親切な人間はいないのである。そう思えば思うほど、飢渇は強烈に我が輩に襲ってくるような気がした。ある家の床下に鼠らしき影が走るのを見たが、もうそいつを追いかける気力も体力も湧いてくることはなかった。ひんやりとした軒下で、我が輩は身を横たえることがやっとという体たらくのありさま。我が輩にできることは、汚れた身体を舌で舐めることぐらいであった。だが好まざる別の客人がむこうからやってきた。
 犬という動物である。そいつは家の網戸からこれまで幾度か見たことはあった。その存在はいつも我が輩の神経を逆なでにした。なぜだか分らない。彼奴等も同じペット仲間で、我が輩がいたショップでは同じ場所にいた仲間であった。我が輩たちとは異なるスタイルを持って大股でのし歩いていた。その声は蕪雑で荒々しいものがあった。まず我が輩にはこの粗暴さに気が動転した。同じ四つ足動物であったが、我が輩たちのように、この人間世界から一歩退いた距離感を持てないその厚かましさに腹が立った。
その浅ましい一匹の犬ころが、我が輩に気付いたらしかった。最初は「ウウー」と唸り声をあげたかと思うと、「ウウーワン・ワン」と大声で吠え出したのだ。体つきが一様にゴッツいのが彼等の特徴であった。そのデカイ顔を陽気そうにふりまき、そこいらを徘徊することをやめない。ご主人には低姿勢を見せて寄り添い、群れをなして路上を闊歩して、まるでこの世の春を謳歌しているがごときその態度が許しがたいのである。優雅とほど遠いガサツな物腰が嫌悪を催させたのだ。
 其奴が疲れて横たわっている我が輩をその居場所から追い払おうと、大声で吠えだした。仕方なく我が輩も戦闘体勢をとった。腰を屈め爪を剥き出しにして、奴らの鼻づらを引っ掻いてやる我等の猫科の独特なポーズであった。いわゆる猫パンチというやつである。
そうして対峙して暫時の後、どこからか我が輩を呼ぶ懐かしい主人の声が聞こえた。つぎにやさしい細君の声がした。そして我が輩は老夫婦が暮す懐かしい家に帰ることができたのだ。それ以降、不要不急な外出を控えることにしたのは言うまでもなかった。
 
 それから暫くして、夏の終わりを告げる雷雨がやってきた。屋根の震わす雷の轟音が我が輩の全神経をいちどきに戦慄させた。がその後に雨が飛沫をあげて地面に降り注ぐとすぐにやんだ。するとどこからか吹きすぎる涼風が我が輩を喜ばした。同時に近隣の軒下に吊ってある風鈴の鳴る音がしげく聞こえた。
「どこの家の風鈴なのかね」
 と孝太郎がのんびりとした声で花へ尋ねた。
「なんだか裏の角っこの家の風鈴らしいけど、前のマンションの壁にその音が跳ね返ってくるらしいわ」
「フーリンの音か・・・・」と孝太郎が細君のことばに妙な抑揚をつけて繰り返した。と、その顔に遠い昔の一時の思い出がかすめて翳ると、花の横顔へ注ぐ眼差しに不審な影が走るのを、我が輩が見逃すことはなかった。
 その老夫婦の会話は、玄関の三和土に寝そべり、爽やかな夏の風に吹かれていたときの気分を呼び醒ましたが、全身の毛がそばたつような厭な余韻を残した。
 物干し台にある主人が買ってきた竹の風鈴とは比べようがない高貴な音を、それはあたりに降り注いでいた。竹のほうは大地から湧き出し、この世の人間の暮らしに自然に溶けていくやわらかい響きがあった。がそのとき、戸外から聞こえた風鈴にはその涼しげな音のなかに、スーっとこの現世を抜け出し、さらにその高みへと人の心を誘う一筋の渇仰、なにかしら甘味で美しい渇望を忍ばせているようであった。それは我が輩に主人が椅子に寄りかかり、部屋の隅に置かれた機器にへんぺいな黒い円盤を乗せて、うっとりと聞きほれていた主人の様子を思い出させた。布を張った二つの木箱から流れる音響には、主人を恍惚の世界へ誘い眩惑する力があるのであろうか。獸の我が輩には理解できない世界だが、そのとき我が輩がこの家を脱走したときの悲惨でもあった冒険のひととき、我が輩が感じた体験の底に潜んでいた微かな魅惑をすっかりと忘れていたのはどうしたことであろうか。だが孝太郎はその響きから、独り郊外に住んでいた頃、よく耳にした音楽を連想していた。それは突然、バイオリンの弦の高い音を鳴らせて始まった。それは書棚が並んだ納戸から八畳の和室の部屋をぬけ、草が生い茂る庭へと流れていくのだった。そのレコードの音楽を聞きつけ、この母屋から庭へきて顔をだした孝太郎の姉さんが、ハッキリとした大声で発音した。
「メンデルスゾーンのイタリア」であった。この姉さんは音楽が大好きであった。
 その庭の隅には朽ちかけた裏木戸があった。赤茶けた塗料が剥げかかった木戸の外へ出ると、貧相な木造平屋のアパートが一棟、ポツリと建っていたことを、孝太郎は思いだした。
 ある夜、そのアパートで住居人の一人が縊死したことがあった。そこで孝太郎の美しい連想は止まってしまったようである。

 この家にきてから三年と少しばかりの月日が経った。宵闇に小雪が舞う寒い冬の時刻も遅い頃合い、玄関に靴音がしたのをいち早く我が輩は気がついた。二人もじっと耳をこらしている。
 めずらしく近所にいる息子の健太郎がゲージに二匹の猫を連れてやってきたのだ。
「ちょっと猫どうしの顔あわせをさせてみようと思ってね」
 いくら近所にいると思っても、老夫婦にはこの息子のことがいつもこころの片隅にあった。姉たち二人は結婚して子供もいるのに、この息子だけは独身のままの生活をつづけていたようだ。
 三十の年齢も過ぎていたが、いつまでも独り者でいることに、花も孝太郎も気をもんでいた。だが二人はそれを口に出すことをしなかった。どんな意思があるのか朦朧として掴みようがない。大学へ進学をする気もなかったようだ。親しい仲間とバンドを作り数枚のCDをだしたこともあった。むかしのレコードが数箱、部屋の隅に積み上がったダンボールに詰まっていた。バイトを転々として、なにを思い考えているのか皆目見当がつかない。特に、父親の孝太郎には理解できない世界にいる息子を、ただ手を拱いてみているほかはなかった。花の話しだと二匹の猫はつき合っていた女友だちが連れてきたとのことである。がそれ以上の詳しい事情は孝太郎の耳には入ってこない。
 孝太郎と花は久しぶりの息子の顔をみて、自然に顔をほころばせていた。
「もうクラノスケの誕生日は過ぎてしまったけど、今日はクリスマス・イブだからね。これは友だちが作った貰い物のケーキだ」
 我が輩は見慣れない白い箱から漂う匂いをいち早く嗅いだ。息子はそう言いながらゲージの中にいる白い二匹の猫の様子を窺っている。二匹のメスは互いにゲージの中で身体をもつれ合わせて落ち着きがない。我が輩はゲージの中から、ジッと我が輩を見つめる猫二匹の気配にただならぬものを感じた。
 猫は家につくといわれているが、この家は我が輩の棲家なのである。そこへたとえこの家の息子が飼い主だとはいえ、上がり込まれては我が輩の領分は侵害されたも同然である。甚だ我が輩の面目が立たない。全身の毛をそばだて、我が輩は突然現れた猫への威嚇を露わにした。
「クラノスケ、なにをそんなに怒っているのかしら? おまえの姉さん達がお土産をもって来てくれたのですよ」
 細君の花は我が輩の立場をまるで分ろうとはしていない。息子を前に、これまでの我が輩への愛情にみちた温もりをすっかり忘れてしまったようだ。主人の孝太郎はどうだろうか。細君同様に主人もめずらしい息子の来訪に内心の動揺を隠しきれないようで、我が輩の挙動に手をこまねいているばかりである。
 細君の花と孝太郎が同時に口を開いた。
「ともかく家の中へあがったらどうだい」
健太郎はバイト先からの帰り途中であったらしい。どんなバイトをしているのか、身なりは普通のサラリーマンと比較にならない。口のききようも物腰も肉体労働をする者特有のものがあった。花はそれほどでもなかったが、孝太郎は息子の放つ、ある種の放埒ともいえるなり振りから漂う空気に、馴染むことができないようだ。主人は息子が中学へ入り高校へ通い出す頃から、息子と話す機会をほとんど失っていた。どうして進学する意欲が湧かないのであろうか、それが噸と理解できないのであった。たしかに孝太郎とて大学に通い出した頃には荒廃した大学には落ち着く居場所がなかった。失望のあまり正規の授業をサボタージュして、まるで社会に役に立たないどころか、それから背を向けるような本ばかりを読んで息をついでいた時期もあった。その辛い青年期の嵐の季節をのりきり、どうにか辛うじてこの社会に仲間入りをしたといってよかったのだ。
 だがあれから四十年も経ったいま息子が生きるこの時代が息子に何を感じさせているのか、孝太郎は考えることもなかった。息子が何に反発し反抗しているのか、その正体が想像できなかったのだ。
 健太郎は億劫そうに、玄関ちかい居間に身体をいれた。我が輩は主人のこころのなかで、訝しく細い亀裂が走る音を聞いた。
 息子がやおら口を開いた。
「今日は話しておきたいことがあるんだ」
健太郎の声が太く、孝太郎の胸を刺すように響いた。主人の声に似ているがちと違うものがあった。どちらかというと下町育ちの花に似て、祭日となれば大神輿を担いでいなせな男達の群れに紛れ込みそうな風体を伺わせる臭いがその声の荒い響きに隠っているようであった。
「前から考えていたことだけど、おれはこの日本を出て、海外で暮らしていきたいんだ」
細君の花と孝太郎は思わず、顔を見合わせた。
「海外って? いったい何処なのさ・・・」
 花は孝太郎が黙っているので、思わず口に出してはみたが、孝太郎の横顔をちらりと見ないではいられなかった。孝太郎は母親の花のように、子供のときから親子の情において、深い絆を息子の健太郎と持ってきたわけではない。孝太郎もその父との関係が疎遠であったが、それを二代に亘って踏襲してきてしまったらしいのだ。それで息子の方も孝太郎とあまり口をきいたことがない。だが父と子の血の繋がりはあるので、自分の若い頃に照らし息子が何を考えているのかの大方の見当はつけられたが、自分の若い頃と時代がまるで違っていることが不透明な壁となって立ちはだかった。以前から孝太郎は三十を過ぎた息子が、身を固めるわけでもなく近所にいることに漠然とした不安を感じないわけではなかった。かといって息子が遠くへ行ってしまうのも心配の種であった。だがそうしたことを花と話題にしたことがない。腫れ物に触るような按配であった。母親の花は息子の世話を孝太郎の見えないところでしていることは、我が輩も薄々知らないではなかった。母親と息子とは異質な関係が孝太郎の中でわだかまりをつくっている様子がみえた。
「カナダのモントリオールという所におれの友だちがいるんだ。取り敢えずそこへ行って、いろいろとその後のことは考えたいと思ってね」
そう言いながら、まだ世間で本格的に揉まれた経験もない、ましてや日本ではない外国の生活がどんな難しいものかも知らない健太郎を待っている苦労が想像された。荒くれた態度の裏に、隠しようもない若い健太郎がもつ柔な眼差しが我が輩へと注がれていた。
 そのむかし、孝太郎も日本を飛び出し、海外での生活に憧れを懐いていたことがあった。が、それは実現することはなかった。花との結婚がそうした夢を消し去り、その代償のように二人の娘と一人の息子をこの世に贈られたのであった。
「今からだって遅くはないだろう。おまえの人生なんだからおまえの好きにするのが一番だよ。お父さんたちは遠くから見守るしかないのだ・・・・」
 孝太郎はそれだけ言うと後は何も話すことがないかのような素振りであった。
「この猫二匹のことは俺たちが面倒をみることで問題はないだろう・・・」
 そう言った孝太郎は、余計なことを言ったと後悔する気配をみせたが、もう遅いことだった。自分の息子の大事な人生問題に介入することもできず、これといって明確な援助の手を伸ばすこともできない。二匹の猫の世話へ目を逸らしているような後ろめたさを感じてもいたのに相違なかった。
 我が輩は孝太郎の軽薄な妄言を耳にして、腹が煮えくりかえる思いがした。我が輩の口から息子が連れてきた二匹の闖入者への、シューシューという威嚇の声は、ゲージの中でこちらの様子を窺う日本の猫二匹を竦ませているようにみえた。飼い主の手を離れたペットの運命がどんな薄幸な道をたどるか我が輩もしかと知っているわけではないが想像はついた。だがそこには我が輩の将来との関係に影響がでてくる問題が横たわっていた。
 重い口を開くように孝太郎が息子の健太郎の顔を見ずに言った。
「おまえは日本を出たいというけど、そんなに海外へ行きたいのは何故なのかね」
 健太郎は父のその質問になにかうざったさを感じたかのような表情をみせた。それからまるで身もだえをするかのような返答があった。
「どうもうまく言えないけど、なにか息がつまってしょうがないんだ・・・・」
 その一言に孝太郎は胸を衝かれたような気がした。なにか熱いものが身体から湧き上がってくるようだった。 
 めずらしく孝太郎がその一言に食い下がった。
「なにが息苦しいんだろうかね・・・」
孝太郎の老体にも響くこの息子の一言が健太郎の顔をゆがませ、一瞬目の奥からギラリとした光が閃めいた。
「とにかくおれはこの日本を出たいんだ。もうそれは決めたことなんだよ」
我が輩は絞り出すような息子の気持がわかるような気がした。それは獣にある野生の本能と同じものではないだろうか。主人は株取引から入る現在の世界情勢のきわどさがこれからの世界にぼんやりとした不安の影を落とすのを感じていた。日本もその荒波に翻弄されることを案じていたが、世界のどこへ行こうが同じにちがいなかった。地球という天体は汚れ荒廃する一方であるように、孝太郎には思われてならなかった。
 我が輩は細君の花が息子を心配するのと同様に、ペットとしての環境変化が危惧されていたに過ぎなかった。
 花はゲージの中にいる二匹のメス猫を見守り、我が輩の動きに目を転じた。
「クラノスケ、おとなしくするのですよ。これからはこの姉さん二人と仲良くしないと、ほんとうに怒りますからね」
 我が輩は細君に惹かれるものを感じていた。だから花の命令に服さざるを得ないのである。
花は息子からのクリスマスのケーキをテーブルに置いた。孝太郎はその花の挙動に、娘や息子たちの遙かむかしの誕生祝いの日の姿を重ねて見ていた。三人の子供たちのバースデイケーキのローソクに孝太郎が火をともし、家族全員で歌を唄ったむかしの楽しい日々を思い出していた。そして暑い夏の夕暮から開催される隅田川の花火大会が思い起こされた。
 川べりの三階の物干し台から、隅田川の夜空に、次々と開いては消えていく、赤や青や黄色の大輪の花火が腹に響く爆発音で娘たちを怖がらせはしたが、遠いむかしの懐かしい一夜であった。柳橋の川べりぎりぎりにあった槙野家の家は無粋な堤防に視野を遮られはしたが、三階の物干し台に上がれば、そこから隅田川一帯の景色は一望されたのだ。夜の闇にキラキラと光をちらせ川面に屋形船が幾艘も浮んで華やかな彩りを灯していた。
二匹のメス猫はゲージから出ても、健太郎の傍から離れようとしなかった。白い毛並みが部屋の明かりをうけて銀色に光り、我が輩は不思議なものをみるように、その猫二匹から眼を離すことができなかったのである。
 すると我が輩同様に銀色に光った二匹の猫へ主人の目が注がれていることに我が輩は気がついた。不思議なことに、我が輩の瞼に主人のこころが、まるで透明ガラスの窓に映る景色のように見えだしたのである。
 それは我が輩がこの家に連れて来られた小雪まじりの雨の日の情景であった。しかし、主人の記憶はその情景からとんでもない遠い昔のある冬の日の朝へと飛翔していた。
「お父さん、白い雪が降っているよ!」
 蒲団の中にいた孝太郎は娘が言ったことばに一瞬戸惑い、それから完爾とした笑みがこころに満ちてくるのを覚えた。
「白い雪・・・」
 孝太郎は口でその言葉を繰り返しては頬笑むばかりであった。東京では雪がふるのはめずらしい。小さな娘たちがその「白い雪」に興奮している。その娘の直截な感動が蒲団のなかにいる孝太郎につたわってきた。その子供の喜びが孝太郎のこころに温かい陽ざしを投げかけた。
 家族で越後地方まで旅行をして、町内の子供たちとスキーをしたこともあった。二人の娘が寝る蒲団のあいだに寝そべり、雪女の怪談の話しをしてやった夜のこと。孝太郎が吹きすさぶ風の音とともに、戸を叩いて家へ入ってくる雪女の様子を、ヒューヒューという擬音語をまじえ、唇をまるめ喉の奥からの不気味な音をしぼりだして、話し聴かせたことがあった。すると二人の娘は「ヒヤー」という声をたてて、蒲団の中へ頭を隠してもぐり込むのであった。そのうちに静かに寝入った娘ふたりの蒲団の間からそっと孝太郎は身を起こした。
「寝てしまったよ」孝太郎がそういうと、花が「ふふふ」と喉の奥で笑う声が聞こえた。
 ここで孝太郎の家族への記憶はボンヤリと霧のなかを漂いだす、そこへ深夜の電話が鳴るのであった。
 受話器を手に孝太郎の部屋へきた花は、なにも言わずに孝太郎の扉のまえに、それがまるで怪しい訪問者であるかのようにソッと置いていくのだ。
 その電話からいつ終わるともつかない女の長いながい物語がはじまるのである。女は神経を病んでいた。薬のせいか呂律のまわらない口調ではあったが、天から次々と降ってくるといって語りだす言葉は幻想的であった。そして異常なほど明晰であった。誰かに聞いて貰えなければ耐えがたいものが、女の神経を責め苛なんで苦しめている。巫女のように語りつづけるその電話に孝太郎は抗いようもなく魅惑されていた。
 細君の花は、孝太郎に隠して語らない一度きりの奇妙な電話の声と孝太郎の部屋の前にソッと置いて来る夜の電話の声とが、どこかで繋がっているような気がした。だが花はそのことを、孝太郎へ話したことはない。それは草むらにジッと身を潜め赤い舌をだす蛇の姿を想像させた。郊外で暮らした家の庭に見た蛇のように。だがこの東京の下町に住む花はそうした身の毛のよだつ獣を見ることもなく育った。そこには親しい人々の交流が、立ち並ぶ家々のように隙間もなく寄り合っていた。屋根を吹き鳴らす風も胸騒ぎに似た落ち葉のささやきも聞こえてはこない。近所のスーパーではいつも買い物客の賑わいがあり、路地裏ではおかみさん達の弾んだ声が行き交っている。それは花が子供のころから馴染んできた下町の生活というものであった。偶に耳にする家の中から聞こえてくる男と女の罵声でさえ、もつれた夫婦喧嘩のご愛嬌であった。
 孝太郎もその電話の主について、細君である花へ一言の弁明もしなかった。そして花が孝太郎へあらぬ詮議をする素振りを見せることもなかったのだ。
 日頃から、花は孝太郎の「夢の世界」について、なんの関心もなかった。深夜の電話の主も花には無縁な世界に属するものであった。扉のまえに置いてくる無機質な電話機のように。

 冬の一日、孝太郎はその冬の陽ざしを満面に浴びた三階の物干し台の椅子に腰かけていた。まぶしくて目があけていられないほどの陽光の中でぼんやりとうたた寝をしていたようだ。我が輩も空気の爽やかなこの場所を好んでいた。
 一艘の舟が隅田の川面に積荷をのせて、のんびりとしたエンジン音を響かせて遠間へと下っていった。
 夢をみているのだろうか、主人が晴れ上がった空の一角へ顔をのけぞらせた。すでにその片方の視界はもう回復が不可能なほどに損なわれているようだった。
 孝太郎はそこから音楽が幻聴のように降りてくるのを聞いているようだった。その空の一カ所だけが暗く青錆びた洞となっていた。その空のほうから、空っぽで透明なエレベーターが一箱、まるで精霊のようにゆっくりと地下一階のラウンジへと近づいていた。ぼんやりとした灯りがその箱の内部をかすかに照らしている。
 主人は黙ってその精霊のごとき一箱、過ぎ去った過去が夢のようにつまった玉手箱を、魂のぬけた人のように眺めていた。そこにはこの日常の規矩を解体し、この世の靱帯からの解放があった。秘密の悦楽の園が開けていた。その一線を越えた先には、怖ろしい罪の棘と茨の道が続いていた。花の暗い二つの目が孝太郎の背中を這い上った。重い石の塊が頸に巻かれた太い縄のように胸をあっしてきた。
「ここを出よう!」
 突然に、きっぱりとした声が暗い地下の闇を裂くかのように響いた。
 隣りに寄り添っていた女がその声に雷に打たれ、はね返ったようにピクリと身体を動かした。長衣の裾を翻し女は、無言で階段を上がっていく男のあとを追った。
 戸外は濃い夕闇が垂れ込めて、急な坂道が明かりのない街中へと下っていた。その坂道を一組の男と女が逃げるかのように走り降りていた。一刻、憑かれた魔界から遁れるように、早足で遠ざかる二人の姿が、夢魔のように黒い影を曳いて闇路を転がり落ちていった。
 それ以来、深夜の電話がかかってくることはなくなった。

秋風が吹きはじめたある朝のことであった。
 孝太郎はめずらしく早起きをした。散歩用の服装姿がめずらしかった。
「クラノスケ、餌を食べ残したね」
 主人は朝一番に新しい餌と水を入れる容器に手も触れなかった。この数日、我が輩はどうしてか食欲がなかった。食欲以上の何かある強い力に身体中が支配されているようだった。どうにもジッとしていることができかねた。軀の中にスプリングでも生れたように、それが自分勝手に動き出す気分がしてならなかった。
 孝太郎は我が輩をいぶかしげに眺めたが、素早く洗面所で顔を洗うと玄関の引戸を開けて戸外へ姿を消した。内側の網戸も一緒に閉めたが、玄関の鍵はかけていかなかった。細君なら鍵をかけわすれることはなかった。外出するときは必ず鍵をかけるのが細君の習慣であった。孝太郎が家の中にいてもそれは同じだった。
 我が輩が網戸に爪をかけ、重い引戸を引くと意外に軽く扉は動いた。朝の外の景色が目に飛び込んできた。以前にこの家を脱出したことが一瞬あたまに過ぎったような気がした。せまい庭と敷石が目の前にみえた。新鮮な臭いが鼻をついた。からだの内と外とで未知の自然が動き出し、同時に激しい警戒心が我が輩の神経を研ぎ澄ませた。人の足音、自転車の走行音、遠くに疾駆する車の騒音、それらのすべてが全身をそばだてた。だがそれらは我が輩の中に蠢くもの、全身を駆り立てるものには比べようもないものであった。それが我が輩を苛立たせ食欲さえ奪うものだった。我が輩を家の外に駆り立てるものがどこからやってくるのかを我が輩は知らない。玄関の門を出ようとしたそのときであった。
我が輩の全身を蔽う黒い翳が突然にのしかかった。鋭い爪が頸を絞めて鷲づかみに我が輩のからだは宙に浮いた。頸にかかるものへ我が輩の牙が食い込むと同時に、地面に我が輩は落下した。空へ向かってばさばさと大きな羽根が羽ばたいていく音が聞こえた。一目散に我が輩は家の玄関の中へと逃込んだ。
 それからしばらくの後、細君の花が突然に玄関の戸を開けると、慌てて家を飛び出していった。その花の慌てた様子に「何事か」と驚いた近所のご婦人たちが路地裏に集まりだした。みんな花が心配でならないらしいのだ。そのうち、隅田川べりの方角から救急車のサイレンがけたたましく鳴った。スマホを耳にあてた一人の婦人の口から、花の主人が神田川が流れでる隅田川の河口で、鉄柵に身体を乗り出したはずみに道路から転落したとの一報が告げられた。その突然の転落事故に最初に気づいたのは、河口に群れをなすカモメたちであった。ずぶ濡れの男が岸壁に這い上がろうとしていたが、誰一人その男を助けようとする者はなかった。男の素性を誰一人知る者はいなかったからである。花が現場に駆けつけ、漸くその男が花の主人と知られたのは後のことであった。幸い孝太郎は大事には到らず風邪を引き込んだほどで済んだ。花はこの界隈では知らぬ人はいなかったが、家の中で暮しに明け暮れた孝太郎を誰も知る者はいなかった。それでなくても、下町では役人は不人気であった。商売人や職人が多く集まる一帯では、なにをしているのか、その生業の分からない役人は疎んじられていたのは昔からのことであった。おまけに孝太郎は世間知らずであった。この性格の一端はオジサン譲りといってよかった。オジサンが田舎から東京へでてきた頃であった。山手線に初めて乗ったオジサンは、聖書を読み出した。何事にも没入しやすいオジサンは降りることも忘れて、円形の山手線を幾周もしたらしい。下町育ちの花とは正反対に、孝太郎の退職後の生活はまるで隠者に等しい暮らしぶりといえた。

 主人はともかくとして、ちかごろ、我が輩は自分の行動がどうにも訳が解らなくなっていた。
「ほら、クラノスケがおかしな事をしているわ」
 細君の花が主人に囁いた。
「なにをしているのかな」
 と主人が花に問いかけて、ふたりで我が輩に目を注いでいる。
「母親の乳がよく出るように、赤ん坊は本能的にやるんだけど、それに似ているわね」
 三人の子供を母乳で育てた細君が、我が輩が黙々と前足で毛布を揉んでいる動作に吃驚したらしい。細君はひそやかに心を動かされているようであった。そうした二人の会話を、我が輩は耳にしたが、その意味がよく分からなかった。
「クラは母親から乳を飲んだことがあるのだろうか・・・」
 主人が哀れみと不思議な気持を半々に、我が輩の独特な仕草を眺めている。
 やがて、その秘教的な我が輩の動作に哀れを感じた主人が我が輩を抱き寄せようとしたが、その主人の手を我が輩はきつく噛んでしまった。
「おお、痛!」
 大袈裟な主人の声が、我が輩には悦びであった。もっと噛んでやりたかった。
 テーブルに乗り、細君の手帖を囓り、ノートやボールペンに爪をかけて床に落とすことが楽しくてやめられない。階段を駆け上がり、家の中を走り回った。柱という柱に爪をかけて研ぐことに夢中となったが、そのため旧い家の柱はキズだらけになった。とうとう部屋の欄間に飛び乗り、穴だらけにする狼藉におよんだ。
 ここまでくると、孝太郎が黙っていなかった。我が輩の尻尾を掴むと逆さに吊しあげた。
「クラノスケ。これ以上の乱暴をするなら、食事をヌキにしてしまうぞ」
 我が輩が主人のズボンに爪をかけると、痛かったのか主人は手を離し、自由になった我が輩は廊下に飛降りた。
 餌などはどうでもよかった。のどが渇けば水溜まりで水を舐めた。そのほうが旨かった。我が輩の中で何か分からないものが躍動していた。それは制御しようのないものだ。
我が輩は耳を後に寝かせて主人をにらんだ。
 すると主人が奇妙な声でこんなことを言った。
「クラノスケは、おまえは自分のお母さんを知らないのだね」
 その声には半分のふざけた口調、もう半分はこころからの哀憐の情がこもっていた。
 我が輩は顔をそむけそれらを無視してやった。獣に同情なんかいらない。
「おまえは九州の福岡というところで生れたんだ。それから埼玉県のショップに連れて来られた。ネットでみたおまえはとても可愛い仔猫だった。丈夫な鉄のゲージのなかでおまえは盛んに飛び跳ねていた。そんなヘンチクリンな動きをしている仔猫はおまえだけだった。その頃からおまえはペットには相応しからぬ行為に及ぼうとしていたのだ。おまえはどこかエクセントリックな俺のオジサンを思いださせるところがあった」
 我が輩は主人のいうことが分からない。「オジサン」とはいったい誰のことなのだろう。
「クラ、こちらへおいで」
 細君のやさしい声がした。我が輩はいそいそと細君の側にいき、その胸に抱かれた。
「おお、いい子だ、いい子だ」
 細君の胸の中で、我が輩にはもうなんの不満も不安もなかった。玄関から外へ出て遊びたい気持ちなどはふしぎになくなってしまうのである。
 この槇野家では、いつも身体を動かして働いているのは細君の花ひとりであった。炊事、洗濯、お掃除、お買い物、それらのすべてを花ひとりがやっていた。それに町内会の副会長であり、民生委員までしていたのだ。孝太郎といえばほとんどが三階の書斎で過していた。片目が不自由となってからは、本もそう読めないらしく、物干し場の椅子にいることが多くなった。椅子は上野公園で時々開催される全国の陶器市展で買い求めた頑丈な木製の優れものらしかった。座りながら三百六十度に回転した。好天の日には、孝太郎はこの椅子から隅田川の河畔にひろがる風景を眺めて過すのである。春は上野公園の桜、それが散る頃には大学のレガッタが望め、夏には花火大会があった。そのあいだには下谷の朝顔市、浅草寺のほおずき市、年末にはおとり様が三日間、大鳥神社で開催された。祭は下谷から始まって、三社祭、鳥越の大神輿、そして上野寛永寺の除夜の鐘で一年がおわるのである。
 孝太郎は三階の物干し場に、ガジュマルの樹を鉢に植えてから、さまざまな植木を買い求めて並べるようになった。そもそもガジュマルの苗木を孝太郎にくれたのはあのオジサンであった。オジサンは旅行が好きで、旅先から孝太郎へ絵葉書をよく送ってくれたのだ。生涯を独身で通したオジサンは、キリスト教の信仰に帰依していながら、また、マリア様への信仰にも篤いものがあった。孝太郎にはこのオジサンは理解を超えた人であった。ときおり孝太郎は息子の健太郎がこのオジサンの血を受け継いでいるのではと想像することがないではなかった。ガジュマルの苗木は力強い成長を示し、根元ちかくに小さな気根を生やした。それは小さくはあったが、男のあるものを連想させる形をしていた。そこから細い根を土へと垂らし養分をとらんとしているのだった。植物でありながらその生命力は孝太郎を感嘆させるものがあった。
 あるとき、孝太郎は物干し台にきた花にこう言った。
「ほら、なんだかおもしろいものが生えた」
「なんですの・・・」
 近づいてきた花はそれを目にすると、
「まあ」と言っただけで目をそらしてしまった。
 それからオジサンから屋久島の写真葉書が届いた。ガジュマルの大樹が堂々と青い空を背に、風に吹かれ、辺り四方に豊かな気根を垂らしている姿は壮観であった。孝太郎はその亜熱帯地方の樹が、幸福をもたらす樹だと知ると、出来るだけ大事に太陽の陽ざしを浴びさせ、せっせと水やりを欠かしたことはなかった。
 だがある日の朝であった。このガジュマルの気根が無惨に囓られていた。犯人は夜中に出没するネズミに違いなかった。孝太郎が花の反対をおしきり猫を飼おうと言い出したのは、そんなことも手伝っていたのだ。
 孝太郎はそれから俄然、植物の収拾に凝りだしたのであった。
 葉蘭は郊外に住む義父の家の庭から持ってきた。義父が亡くなりしばらくほっておいたその家の庭には、多くの植木があったがそれらはみな新しい家の買い主に譲ってしまった。ただ大きく育った柊の木には孝太郎の思い出があった。子供たちが小さい頃、渋谷の代々木公園で売っていた苗木を義父の庭に植えたものであった。それは大層に大きく育ち東京へ持ってくることができなかった。それで孝太郎はネットで同じ柊の植木を求めた。だがそれは家に届いたときから元気がなく、そのまま枯れてしまった。やはり植物は鉢では育ちようがないのだと知ると、こんどはナナカマドをネットで見つけ、玄関の側の土に植えた。ナナカマドは本来寒冷地の植物であるが、雪よりも白い花を咲かせるといううたい文句に惹かれた。事実、写真にみたその花の白さには、孝太郎をうっとりとさせるほどの魅惑があった。それからローズマリーやら他に数点の植物への傾倒が孝太郎をしばらく夢中にさせた。盆栽をやる趣味はなかったが、それほど手間のかからない植物ならば、孝太郎はネットで買い求めた。細君の花は郊外での一時の経験からも、植物を育てることに関心がないことは、孝太郎は承知していた。花は三階の物干し場に転がっている鉢を邪魔者扱いにするだけではなかった。土や肥料類が家に過分な重量をかけることを心配していた。それで孝太郎が次々と求める品物が届くと嫌な顔をした。猫を飼うことも反対した。がいまでは主人の孝太郎いじょうに、クラノスケを可愛がっているのは花のほうであった。
 事実、飼い猫クラへの愛情はじつに細やかで、孝太郎の比ではなかった。孝太郎がいると遠慮をするようになった花は、主人がいないと膝にのせ胸に抱いて可愛がった。クラノスケもその花の抱擁をいまでは当たり前のように満足げな貌を隠さない。だが孝太郎が近づくとクラノスケは薄目をあけた。
「クラノスケはお母さんの抱っこが大好きなんだ」
 孝太郎がそういうとクラノスケは、花の膝から身を翻して降りた。だがそれだけではなかった。孝太郎が花のいる居間に降りる階段の跫音を聞いただけで、花の膝から素早くクラノスケは降りるような繊細な行動をみせたのであった。
 花によると遠くから孝太郎が家に帰る気配がすると、クラノスケは玄関にでて孝太郎の帰宅を待っているとのことだった。だが孝太郎は花がフォークダンスから帰るときも同じように、花が家に近づく気配にクラノスケは玄関に出て花の帰宅を待っていた。それどころか、クラノスケは大きな声で啼くのであった。
 孝太郎にはその声が猫のそれとはまるで思えなかった。
「マーミイ・マーミイ・・・」
 クラノスケが花を呼ぶ声は、ほとんど人間の子どもと同じであった。
 花が居間で座布団の上に横になると、クラノスケもいそいそと花の身体に身を寄せて、眠る光景がよく見られた。

 夕方、階段の下で孝太郎が武道の稽古疲れもあり、ぼんやりと佇んでいたときである。
ふと気配を感じて見上げると、死んだオジサンが立っていた。
オジサンは全身骨ばかりで、その骨が青白く光っている。まるでネオンサインがオジサンの格好をしているようである。顔は骸骨顔であったが、孝太郎を見下ろして頬笑んでいるかに見えた。
「あッ、オジサン」と声が喉からでかかり、孝太郎が花を呼ぼうとすると、そこにはもうオジサンの姿はなかった。
 オジサンについて、孝太郎は母から色々な話しを聞いていたが、そうしたことの事実の詳細を知りたいと思っているうちに、母を追うようにオジサンはこの世の人ではなくなった。オジサンは槇野家では毀誉褒貶の人で、孝太郎はその真偽をいちど確かめたく思っていた。七年も大学に通って何を勉強していたのか。いつも読んでいた聖書からえた信仰とはどんなものであったのか。日本が戦ったあの戦争の末期に出兵した朝鮮で何をみてどんな体験をしたのか。オジサンが行った旅先での見聞などであった。
 孝太郎の秘かな関心は、生涯独身で文字通り単独者であったオジサンが、世間の目を気にもせず自分独自ともいうべき多彩な人生を生きながら、それ故に幸福なエピキュリアンの様子をしていられた秘密はどこからきていたのかという素朴な疑問であった。孝太郎は戦前からみると落ちぶれた槇野家の中で、唯一自分だけが「変人」と陰口をたたかれたオジサンを理解できる者であると自負していた。オジサンもそれを承知してくれて、どこかで互いに通じ合うものがあったような気がしていた。
 するとどこからともなく笑い声が聞こえた。それはあの世からのオジサンの孝太郎への哄笑であったのかも知れなかったが・・・・。
 孝太郎はなんとなくクラノスケを探した。近頃のクラノスケが自分から離れて、細君の花にしか関心がない素振りが孝太郎は気になった。また花の膝のうえで毛を梳かれて、ウットリとしているのではないか。胸に抱かれて目をつぶっているクラノスケの面貌がうかんだ。クラノスケに餌をあげているのは孝太郎だが、朝と晩の二回の餌の補給をうっかり忘れるとクラはソワソワして落ちつきがなくなるのだ。最近ではあげた一皿の餌をアッというまに平らげてしまう。そのせいかクラノスケの軀つきは一段と大きくなった。いつも長い尾をピンと天井に立てているので、お尻がまる見えであった。普通ならあるオスの印がなにもない。それで肛門だけがばかに目立った。軀が大きくなり、砂を敷いた便器の外にまで糞が散乱した。それを拾い片付けるのは孝太郎の役目なのだ。臭いを厭がる花は糞尿の処理に手を貸すことはない。その毎日の仕事は孝太郎の日課であった。身体が硬くなり節々が痛い孝太郎はその仕事が一苦労であった。まずかがみ込むことがやりづらい。そんな仕事の最中に孝太郎は尿意を催したが、すこし我慢をしているともういけないことになるのであった。
 主人は細君との会話より、猫のクラノスケに話しかけることが多くなった。
「クラノスケ、おまえはいいご身分であるな。たらふく食べるとすぐにそうやって眠っている」
 そういう孝太郎の顔をクラノスケは神妙な顔つきで眺めていた。
 我が輩は動物である。人間の言語を解さない獣である。もし我が輩が人間のように話すことができたらどんなことになるだろうか。
「ご主人さま、我が輩をペットとしてこの家に呼んだのは、あなたではないのですか。それをいまさらぐずぐずいうなんて、恥ずかしくはないのですか。あなたは物知りだ。わたしたちの動物の世界から、ずいぶんと進化した人間がそれなりの義務を果たすのは当然ではありませんか。わたし達動物は無駄なことはしません。単純な生活を心がけています。単純な生活とは、喰い寝る交わるです。我が輩にはこの最後のやつが断たれているようですが、それはわたし達の思いもよらぬことなのです」
 こんなやりとりが、主人の孝太郎とペットの間で交わされていたら、花はどう思うだろうか。
 歳をとるにつれ、花はこうした類いの話しを、たとえそれが冗談にしろ、なぜか冷淡な素振りをみせるようになっていた。
 先日の昼食時の憩いの時だった。
 イチジクを栽培する農家からのテレビ中継があった。
孝太郎がひとり言のように、むかしを振り返り、こんなことを話しだした。
「おれはどうも年齢相応に知るべきことを、あまりに知らなすぎた。あるとき目黒川の畔に住んでいた頃だ。道路にイチジクの形をした小さな袋が落ちていて、おれはそれをめずらしいものと思い手にとった。すると側にいた友達が『それって汚いものだ』と教えてくれた。おれはそいつを即座に捨てたことがある」
 ここまではまだしも好かった。孝太郎はその「知らな過ぎ」を思春期のあることにまで広げて、こんなことを話した。
 テレビでは二人のタレントさんが、アダムとイブはリンゴを食べたことになっているが、あれは実はイチジクなので、それで神様が怒って、イチジクの木には花を咲かせなくしたのだと、「無花果」という漢字の由来を説いていた。
 花はそのテレビのやりとりをのんびりと聞いていた。隣の孝太郎がその手の話しをつづけていたのがいけなかった。
「おれが十四・五歳の頃だった。えらく堪えがたい痒さを感じていたことがあった。それで自然に手がそちらへのびるのを止められなかった。そのうち、からだの中に得もいえない衝撃が走った。これまで体験したことのない眩暈がした・・・」
 そこまできたときであった。細君の花が、突然にこう言ったのであった。
「うるさい!」
 二人のそばに寝ていた我が輩は、その凄まじい声に吃驚して飛びあがった。
 以来、我が輩は舌をちぢめたようにおとなしく過すようになった。
 しかし、我が輩は、花の姿を追うことがやめられなかった。孝太郎とじゃれあっているときでさえ、花がその傍らを通るとそのあとを追いかけた。すると孝太郎が我が輩へ無礼な冗談を飛ばした。
「クラノスケはママが大好きで、ママのお尻ばかり追っている」
 花は老いた孝太郎のこうした軽口を平気で聞き流すことができた。

 ある日の真夜中のことであった。孝太郎は立て続けに厭な夢をみた。それは孝太郎によれば、長い人生の澱の中から出てくるらしかった。心房細動の薬を飲んでいた孝太郎の心臓ははげしく震えだした。手足が痺れそのうち胸が苦しくなった。一階下の部屋に寝入る花を呼ぼうとした。がまるで悪夢に囚われたように、声が口からでてこない。孝太郎はやむなく枕元の目覚まし時計を床に投げた。依然、花が起きてくる様子はなかった。床を拳で叩いてみた。それでも花が気がつく気配はなかった。心臓の脈動は凄まじいまでになった。孝太郎は身近に迫る死を予感した。それは孝太郎がこれまで幾度も予習していた最期の光景といってよかった。

 その異変に花の部屋で寝ていた我が輩が気がつかないはずはなかった。花の部屋の引戸をこじ開け、我が輩は階段を上がった。主人の部屋の扉は開いていた。主人は寝床から半身を起こして前屈みに突っ伏していた。
 思わず我が輩は声をあげた。
「マーミュウー・マーミュウー」
 それは我が輩の知るよしもない母を呼ぶ声であった。だがそんなことはまったく我が輩のあずかり知ることではなかった。
 我が輩の啼き声に、驚いたのは細君の花であった。
 しばらくすると、救急車がやってきた。
「クラノスケ、おまえはあっちへ行っておいで」
 細君の花が興奮して、我が輩に投げつけた一言が我が輩の胸を刺した。
我が輩の居場所はそれからなくなった。

 孝太郎は墨東にある病院に入院した。幸いなことに、カテーテル手術を施したあと、三週間ほどの安静と療養後に、どうにか元気な様子で、柳橋の家に戻って来ることができた。だが、どうしたわけかなんとか見えていた片目は完全に失明し、残りのほうはおぼろにしか見えなくなった。光を失ってからの孝太郎はまた一段と老いを深めた。
「クラノスケは何処にいる」
 ほとんど盲人も同様の主人は、隅田川を望む物干し台の椅子に座って、そう言うのが常の事となった。
 細君の花は相変わらずよく働き始終身体を動かすことをやめなかった。甲斐がいしく孝太郎の世話をすることに怠りはなかった。その分我が輩への思いは薄れたようで、一日二度の食事も事欠く有様となった。
 空腹は我が輩をイライラとさせ、花の手や足に飛びかかって爪を立てた。
「なにをするのです! クラノスケ」
 我が輩は叱られてばかりの飼い猫となった。もう以前のような幸福なひとときは来なかった。花のあの広い胸に抱かれることもなく、柔らかい膝の上で毛をやさしく梳かれることもなくなった。
「クラノスケは何処にいる」
 そうした主人の声は、もう、我が輩には虚しく聞こえるばかしであった。我が輩はしきりと家の外へと眼をさまよわせはじめた。外には何かかがあった。こころをときめかしてくれるなにかが、我が輩を呼んでいるような気がした。
 主人同様に、我が輩も三階の物干し台で過すことが多くなった。孝太郎はぼんやりとけむるような隅田川沿いの風景に顔を向けていた。そこに吹きぬける風と季節の折々に照りつける太陽の光に顔をほころばせていた。主人はまるで植物と変わりがなくなった。自分の部屋の窓を開け放って、CDから流れる音楽に身を任せるだけとなった。一人二人と孝太郎に親しかった者たちはこの世から去っていった。
 我が輩といえば、物干し台から外に徘徊する野良の仲間の姿を見たくて仕方がなかった。奴らの暮しは汚らしいが、あそこにはここにはない自由がありそうだった。そして何を食べているのであろうか。腹がくちくて仕方がない我が輩にはそれが知りたいことであった。そこにはひりつくような冒険がありそうな気がした。だがこの家の中には、昨日とおなじ今日が、今日とおなじ明日があるだけではないだろうか。
 年老いたこの家の孝太郎や花には、それが一番の良い日々なのであろう。
 そのうち、我が輩は堪えがたい眠気に襲われた。
「クラノスケ、おまえはよくそんなに眠れるものだ」
 孝太郎が呆れたようにそう呟くのが聞こえた。
「猫はよく眠る子。だからネコというのよ」
 花は我が輩を微笑ましそうに見つめてそう言った。

 あるとき戸外の工事が始まり、大きな騒音に我が輩は目を覚ました。喉が渇き物干し台の如雨露に首を突っ込んで水を飲んだ。そのとき、我が輩の視界にいつか出会った黒のボス猫の姿がみえた。尻には大きな玉が揺れ動いていた。我が輩は身を起こし、三階の柵をくぐって、堤防の上に降りた。するとそこには黒のほか多くの野良たちが群れをなしていたのだ。戸惑いながらも、我が輩もその群れのなかへ走り込んだ。どの猫も我が輩に目もくれなかった。それが野良猫たちの生き方であった。どいつも自分の分際を弁え余計な計らいをしないのであった。
喰いたいときに餌をあさり、遊びたいときに仲間で遊ぶ。疲れたらたらふく眠り、くちいときは雑草や花までも食べる。互いになんの干渉もしなかった。そこには独り生きるけだものの自由があった。どこから聞いてきたのか、我が輩を「オジサン」と呼ぶ訳知りの奴がいたが、我が輩にはなんのことだが分からなかった。我が輩は主人の孝太郎も可愛がってくれた花も忘れて過した。ふんわりとした膝で毛を梳かれる喜びも得もいえない抱っこもなかったが、野外に眠り飛び回る快活な自由があった。
 あるところで、仲間の独りが車に轢かれて死んでいた。ぺちゃんこになった身体は路上に落ちた鳥の影のようにみえた。すでにカラスが数羽腹を突っつき食べ荒らしていた。だが我が輩たちの中では誰ひとりそいつに関心を持つ奴はいない。みごとなほどの無関心こそ我が輩たちのルールであった。
「死んだらマンホールになるだけのことさ」
 独りがそういうとみんなが笑いだした。
マンホールとは路上にみえる鉄の蓋のことだ。その中を誰独りのぞいてみた奴はいなかった。

 こうして数ヶ月が過ぎた。
 我が輩はあるところでふと二人の姿をみた。みたというよりその臭いでそれと知られた。
動物の記憶は身体に消えない臭いにあった。臭いこそ人間が失った貴重な感覚であった。
 二人とは、槇野家の孝太郎と花であった。二人はよろよろといった風に、路地裏を歩いていた。我が輩はふと人間の世界を思いだした。無駄なことばだらけの世界。善いとか悪いとか、理解できないことばに満ちていた。そいつがどれだけ我が輩の頭を悩ましたことか。
「マーミー」
 我が輩の身体のどこからか、そんな声が身内の谺のように響いた。
自然と我が輩の尾っぽは左右に揺れ動いた。
 我が輩はこの二人の歩き方につられて、細い路地を渉ろうと前へ四つの足を動かした。
そのときだった。自転車がスーっと我が輩の身体のうえを走っていった。そいつは音もなく近づく怖ろしい速さをもった獣のような奴だ。呻いたが声にならなかった。
 チリンチリンと軽快な鈴音を鳴らして、孝太郎の腕を支えて歩く花の脇をそいつは抜けていった。我が輩のいない二人の孤独な暮しぶりが目にみえるようだった。
花が振り向き、一瞬、我が輩をみた。
「あら、クラノスケじゃない」
 花は自分の腕にすがって歩く孝太郎の耳元につぶやいた。
孝太郎が首をねじり、我が輩のほうへ目を動かそうとした。片目だけがぼんやりと辺りの風景をみたように思われた。我が輩の腰を一瞬細い自転車の車輪が春風のように通りすぎていった。
 花が孝太郎の腕を引っ張るように、横たわる我が輩に近づいてきた。逃げようとしたが無駄だった。

 我が輩は再び槇野家の飼い猫となった。腰を小さな箱型の車椅子に乗せられた障害のある猫として、孝太郎と過した一年。それはまた花に抱かれた幸福な一年であった。
 ある春の日の午前、陽は潸々と物干し台を照らしていた。川面は陽光に煌めいていかにものどかな昼下りで、花は町医者に出かけて留守であった。
「さあ、クラノスケ」
 その声の響きで、我が輩は孝太郎が我が輩をどこへ連れていきたいのか動物的なカンで察知した。我が輩はいわば主人の形代のようなものであった。
 孝太郎はふんわりした春物のコートの内に我が輩を抱きかかえ、隅田川のテラスをまるで幽霊が散歩でもするかのように、杖を曳いて歩きだした。
「まだ水は冷たそうだけれど、おまえも直に馴れるさ」
 それが年老いた主人の、どこか若やいだ最後の声であった。
 その孝太郎の目の中に、幻影のような風景が浮んだ。
 それは一年も過していない郊外の新婚の家の中であった。庭から明るい午後の陽ざしが照り、畳の上で寝そべる花の安らぎにみちた姿があった。最初の子供を身ごもった花が膨らんだお腹を上にねむっていた。部屋の外では強い陽ざしが庭の草を緑に染め、真っ赤な鶏頭の花が寂として動かない夏の真昼の光景であった。
             
 水に流されながら主人はうっすらと広がる青い空に顔をのけぞらせていた。波がときおりその顔を濡らしていた。誰か大事な人の名前でも呼んでいるのか、口がパクパクと動いていた。
 水が嫌いな我が輩は前足を必死に動かして、岸壁へと泳ぎだしていた。
「クラノスケ、おまえは生きるんだよ」
 その我が輩のうえに、主人の声が空から降ってきた。そんな気がした。
                                    (了)





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Author:masuryuu
仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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