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短篇小説「夜の動物園」

 夜もだいぶ更けた頃でした。
「動物園へ行ってみない?」
 恵美はぼくにこう言いました。
「もう真夜中なんだぜ」
「だから行きたくなったのよ」
 目がキラキラ光っていました。それはこの天王寺の町にかがやくネオンのせいではありません。昼間はごちゃごちゃしていた町だったのに、いまは灯りが消えたようにひっそりとしていたからです。
 恵美とういう子は、ぼくが沖縄の海で知り合った可愛い女の子でした。とても面白い子なのにそんなことを言い出すなんて、ぼくは呆れてしまいました。
「夜の動物園なんて、なにもいないぜ。それに鍵がかかって動物はみなおねんねの時間じゃないのかな」
「あなたってほんとうに何も知らない人ね。泥棒が入らないところなんだから鍵なんてかかっていないことよ。動物達の夜の世界がどれだけ面白いか、あなたに見せてあげたいものだわ」
 口をとがらした恵美の顔が、しゃべるごとに百面相のように変わりました。
 実は、夜の海に潜ってみないこと、と恵美がいいだしぼくが大反対したことがありました。ぼくは明るい海が好きでした。太陽の光りをうけて青くキラキラと輝く海こそぼくが愛する海でした。夜の海は真っ暗闇の世界です。そんな怖ろしい海に誰が入ってみたいと思うでしょう。でもちがいました。魚たちは透明な毛布をかけて眠っていました。蛸もウツボもフグも亀もひっくり返って居眠りをしていました。それはビックリ仰天の世界でした。ぼくはテレビの魚くんではありませんが、目をまん丸くして笑ってしまいました。
 動物園は天王寺公園にあります。下町のど真ん中なのです。昼は労務者風の人たちがたくさんいて、売り子の姿も見かけないのに、立食いの寿司屋があり道路には牛乳瓶がおきっぱなし、それでも串カツ、100円の土手焼きを食べたらとても美味しいものでした。
 それなら恵美のいう動物園もきっとなにか面白いにちがいないとぼくは誘惑に負けてしまったのでした。
 案の定、鍵のない動物園で、柵を乗り越えることもなく中へ、僕たちは入ったのです。
恵美は先に立ってスタスタと歩き出しました。ぼくはその恵美のあとを怖々とついていきました。なんだって夜の動物園です。遠くで象が寝返りをしたり、猿の親分が尻をボリボリと掻く音が聞こえてきます。シマウマの島模様は、ときどき白と黒が入れ変わるようにできていることがわかりました。キリンは長い首を木の枝に巻き付けて眠っているのには驚きました。スカンクのおならは夜は匂わないことも初めて知りました。臭い休みの時間だそうです。そのすぐそばで狸と狐が抱き合っているのには目が点になりました。獰猛なライオンと虎の檻にも鍵がかかってはいなかったのにまた吃驚です。夜の動物園には鍵というものが存在しない。平和そのものでした。ぼくは恵美からそんな世界があり得ることを知らされたのです。
「昼と夜がどんなにちがうかわかったかしら」
 恵美は満足そうな顔を、お月様に向かって頬笑ませていました。がそのお月様もその夜は十五夜なのに、ぼんやりとした霞をかけて居眠りをしているようでした。
「ねえ、いいこと、世界がいままでと違ってみえること、それが大事なことじゃないかしら。それさえ忘れなければ世界は変えることができるということなのよ」
 ぼくは恵美を見直しました。ただ可愛いと思っていた女の子が、まるで革命家のように見えたからです。その声に夜の海の中から聞こえた恵美の笑い声を思いだしました。
 ぼくはそれから、恵美と一緒に昼の動物園でカミツキガメに飼育員がエサをやっているのを幼稚園の子どもたちの後で見ていました。
 子どもたちはワイワイとはしゃいでいました。
「カメは静かなところが好きなのだ。こんなにうるさいとカメだってノイローゼになるんだ」
 飼育員さんは一人ぶつぶつ、そんな不平を鳴らしていました。
「動物だって、昼になるといろいろあるんだね」
 ぼくは恵美にそういいました。
                      (了)




(添え書き)本短篇は一女性から仄聞した話しを素に即日で書き上げたものです。私は大坂の天王寺へ行ったことがありません。機会があったらこの夜の動物園に、足を運んでみたいものです。貴重な材料に感謝します。




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仮に「異邦人」としておく。あられもない空想から、科学的「真実」まで、詩、小説、歴史、哲学、政治、経済、趣味等、この世の人事、出来事、万般に、興味を寄せる者の総称とします。

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